〝復活劇〟の背景に何が、X上で告示前から広がった「印象」と「誤情報」   斎藤氏のピンチ、擁護のきっかけに?ポスト解析で実態が垣間見えた【データ・インサイト】(2024年12月28日『47NEWS1』)

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兵庫県知事選で再選を決めた斎藤元彦氏=2024年11月17日、神戸市
 11月17日に投開票された兵庫県知事選。パワハラなどの疑惑を受けて失職した斎藤元彦氏が再選され、2期目をスタートさせた。この「復活劇」を後押ししたのが交流サイト(SNS)だ。斎藤氏も「SNSは大きなポイントだった。草の根的に政策や動画を発信して拡散いただいた」と振り返っている。
  一方、次点で落選した稲村和美氏は選挙戦で誤情報を拡散された。敗戦後には「斎藤氏と争ったというより、何と向き合っているか違和感があった」と語っている。多くの有権者が情報をインターネットから得る現状を考えれば、利用者が多いX(旧ツイッター)やユーチューブ動画などにおける扱われ方が候補者の得票に多かれ少なかれ影響した側面は否定できない。
 では、実際にSNSで何が起こっていたのだろうか。手がかりを探るため、Xで兵庫県知事選や候補者に言及したポスト(投稿)を解析した。すると、斎藤氏が「ピンチ」を迎えた日に擁護の声が拡大し、稲村氏を巡る「デマ」(稲村氏)が告示直前から広がるなど、知事選を巡る「SNS世論」の実態が見えてきた。(共同通信兵庫県知事選データ分析班) 
▽関連ポスト上位に「パワハラ」「デマ」、稲村氏巡る誤情報も多数
 X分析にはNTTデータのSNS分析サービス「なずきのおと」を使用した。兵庫県知事選や斎藤知事に言及したポストに加え、「知事選」と併せて候補者7人それぞれに触れた投稿も対象とし、計10種類以上の調査を実施した。各調査で対象期間中に投稿された日本語ポストを全量取得し、1日当たり最大約1万件を抽出。使われた語句を日ごとに上位100位まで検出した。 
 まず、知事選に関するワードについて紹介する。告示日の10月31日から、選挙戦最終日である11月16日の17日間を対象とした。期間中のポスト計約224万件から、1日当たり約1万件を抽出した。 
 その結果、「#さいとう元知事がんばれ」など、斎藤氏を応援するフレーズが連日上位に登場。斎藤氏ほどではないが、稲村氏を応援する語句もあるし、斎藤氏応援のため出馬し、動画配信などで「援護」した政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏の名前もあった。
 それ以外で目立ったのは「パワハラ」「デマ」といったワードだ。斎藤氏の疑惑に関する言葉は「百条委員会」なども含めるとほぼ連日上位だった。 
 選挙中、斎藤氏の疑惑を虚偽だと主張する発信も見られたことから、デマも上位に来たのだろう。後述する稲村氏を巡る誤情報に関連して使われたケースもあるとみられる。 
 「マスコミ」「オールドメディア」なども連日多用された。報道機関としては耳の痛い「マスゴミ」が上位の日もあった。他に「既得権益」という言葉もあった。
  稲村氏は選挙戦で「外国人参政権を進める」といった事実無根の情報を広められた。こうした稲村氏を巡る誤情報に関する語句が上位に来た日も多い。「外国人参政権」や「極左」といった稲村氏の不利益につながるワードは8日間、上位に登場していた。
 一方で政策関連の用語は低調だった。斎藤氏が知事時代の実績として訴えた「65歳以上の県職員OBの天下り廃止」を指すとみられる「天下り」が2回登場するなどにとどまった。X上の関心は候補者の「印象論」に偏っていたように見える。 
 ユーチューブ動画を引用する際に使われる「@YouTube」も頻出しており、Xが動画の拡散を促したことがうかがえる。
 ▽辞職要求表明されると「がんばれ」が目立つように
  次に斎藤氏に関するポストを見ていく。県議会の調査特別委員会(百条委員会)で県職員の証人尋問が始まった8月23日から、知事選投開票日の11月17日までを調査。失職前も含むため知事選に触れていない投稿も取得した。全部で計約729万件に上り、1日当たり約1万件を解析した。
 その結果、8月23日~9月9日の上位100番以内は「パワハラ」など批判的とみられる言葉が多かったが、9月10日に「#斎藤知事がんばれ」が登場。その後は同種の語句が連日上位に入り、パワハラ疑惑に関する単語よりも目立つようになった。 
 9月10日は自民党など兵庫県議会の複数会派が、無所属議員と共同で12日に知事の辞職要求を行うと発表した日だ。日本維新の会はすでに9日に申し入れていたため、全県議が斎藤氏に辞職を迫ることにつながる。10日の発表で斎藤氏は窮地に立たされたのだ。
 だが、辞職要求された12日以降は「マスコミ」や「デマ」といったワードが上位に入るようになった。斎藤氏のピンチは疑惑自体を疑う声が広まる契機となったのかもしれない。
  なお、斎藤氏を巡っては「広報全般を任された」とするPR会社経営者が斎藤氏と共に公選法違反容疑で告発されるなど、混乱が生じている。この経営者がネットに掲載した記事には、10月7日に斎藤氏の応援アカウントをXに開設し「#さいとう元知事がんばれ」のフレーズを広めた旨が記載されている。確かに10月7日以降、使用ワードの上位に連日陣取っていた。 
▽告示2日前から頻出した「外国人参政権」、稲村氏否定も収まらず
 稲村氏関連のポストで多く使われたワードも紹介したい。稲村氏の出馬意向が広く報じられた9月29日から11月17日の間、知事選と併せて稲村氏に触れた投稿を調べた。全体で約81万件あったが、11月1日まで1日当たり数百~9000件台にとどまっていた。 
 多用された言葉には支持や応援にまつわるものもあったが、それ以上に目についたのは誤情報に関する語句だ。10月28日までは「外国人参政権」が10月10日に上位に挙がった程度だったが、告示2日前の29日以降は「極左」などと共にほぼ連日登場。稲村氏のネガティブキャンペーンに使われたとみられる言葉の使用頻度が上位に来なかったのは11月12、14、17日の3日間だけだった。
 稲村氏は選挙期間中、誤情報をホームページで否定。11月9日付で「外国人参政権を進めません」などの文章を動画と共に掲載したが、解消されなかったもようだ。
 ▽「レッテル」が告示時点で定着?自民党総裁選や衆院選の影響指摘も
  X分析からは、斎藤氏擁護の声は同氏が追い込まれた時期から広まり、稲村氏への誤情報拡散は告示直前から本格化した推移がうかがえる。この結果を、法政大大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)は「告示前から候補者を巡る印象付けや、レッテル張りがSNS上で広がっていたのではないか」と見る。
 白鳥教授は知事選前にあった国政の出来事にも着目する。9月27日に自民党総裁選が行われ、10月1日に第1次石破茂内閣が発足。9日の衆院解散後、27日に衆院選が投開票され与党が大敗した。兵庫県知事選の告示は、その4日後の10月31日だ。
  こうした時系列から、白鳥教授は「知事選告示直前まで報道や多くのSNS利用者、有権者の目は主に国政を向いていた」と分析し、こう語る。「兵庫県知事選への関心が高まり、多くの人が情報を見始めた頃には、知事選や候補者を巡る印象が方向付けられる環境がSNS上にかなりの程度で作られていたと推測される」 
 つまり「改革派の斎藤氏を県議やマスコミなど既得権益層がつぶそうとしている」という〝構図〟や「稲村氏は外国人参政権を進める」といった〝印象〟が、告示時点で「事実」として定着していた可能性があるということだ。
 ▽知事選ポスト数は告示後に急伸
 白鳥教授が述べた通り、知事選への関心は告示頃に高まったと言えそうだ。兵庫県知事選に言及したポスト数はその直前までは低調だった。8月23日以降の日本語ポスト数を見ると、斎藤氏が失職した9月30日などに1万件を超えたものの、その後10月27日までは最大8000件台で推移。5万件を超えたのは告示の10月31日だ。そして、その後は連日大量に投稿され、11月16日には約33万件に上った。
 同様の傾向は斎藤氏関連のポスト数でも見て取れる。告示後こそ約38万件に上った日もあったが、10月の多くは比較的低調で、26日は約1万3000件まで落ち込んだ。 
 ポスト数が控えめだった時期に使用頻度が上位に来たワードを考えれば、関心の薄かった有権者らが情報をチェックし始めた告示頃には、すでに「印象」が方向付けられる環境が一定程度できていた可能性はあるだろう。
 ▽効能の一方で、「公平な情報を知る権利」阻害も?
  こうした分析をすること自体、「オールドメディアがSNSのあら探しをしている」と腹を立てる読者もいるかもしれないが、そうでないことは断っておきたい。 
 白鳥教授はこう述べている。「兵庫県知事選の投票率が上がったことはSNSの効能だ」。その通りだと思う。今回の投票率は55・65%。前回2021年より14%以上高い。2000年以降で50%を超えたのは01年、13年と今回の3回のみ。過去2回は参院選と同日で投票率が上がりやすかった。知事選だけだった今回、投票率が上がったのはSNSのおかげだろう。 
 また、斎藤氏が改革姿勢や実績、政策を評価されて得票を伸ばしたことも間違いない。有権者のそうした声も実際に耳にしたし、知事選の結果に何ら異論はない。
 だが一方で、Xやユーチューブ動画などがつくった印象が有権者に影響を与えた可能性は否定できない。今回のX分析からは、その形成過程が垣間見える。
 白鳥教授は、SNSで特定候補への過度な印象付けが行われると「有権者が『公平な情報を知る権利』を阻害しかねない」と警鐘を鳴らす。そしてこう指摘する。「SNS運営者側の対応や、情報リテラシーを高める主権者教育を検討する必要がある。選挙報道も見直すべきだ」 
 今回の知事選では、オールドメディアの影響力の低下をまざまざと見せつけられた。有権者に貢献できる報道とはどういうものなのか、「SNS選挙」時代の本格的な到来を機に、いま一度見つめ直したいと思う。