検事正の性暴力に関する社説・コラム(2024年7月18日・10月31日・11月1・3・8・10日)

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北川健太郎被告
北川被告は、故郷・石川の金沢大在学中に司法試験に合格。検事に任官すると大阪、京都、神戸の各地検で要職を務めて「関西検察のエース」と呼ばれた。大阪高検次席検事、最高検刑事部長を歴任、2018年に大阪地検のトップ・検事正に上り詰める。退職後は弁護士になったが、検事正時代に部下だった女性検事への準強制性交罪の容疑で、今年6月に大阪高検に逮捕、7月に起訴された。

性犯罪の被害者支える社会に(2024年11月10日『日本経済新聞』-「社説」)
 
 元大阪地検検事正が準強制性交罪に問われた事件の公判が始まった。審理を通じ、性犯罪・性暴力の被害者が声を上げにくい実態が浮かび上がっている。
 部下だった女性が被害を申告したのは5年以上たってからだ。誰にも打ち明けられず、一人で苦しみを抱え込む人も少なくない。被害者に寄り添い、声を上げやすい環境づくりを進めねばならない。
 元検事正の北川健太郎被告は2018年に女性に性的暴行を加えたとして起訴され、10月25日に初公判が開かれた。
 検察側の冒頭陳述などによると、元検事正は犯行後に「(公になれば)検察が機能しなくなる」などと口止めをした。その結果、女性は周囲に迷惑が及ぶと考え、被害を申告できなかったという。この間、心的外傷後ストレス障害PTSD)にも苦しんだ。
 女性の尊厳を踏みにじったうえ、隠蔽しようとした行為は言語道断だ。検察内に女性を蔑視するような体質がなかったか。被害を申告した後の対応は適切だったか。組織としての検証も必要だ。
 昨年施行された改正刑法は強制・準強制性交罪を一本化して「不同意性交罪」と改め、処罰要件を明確にした。公訴時効も10年(改正前の強制性交罪)から15年に延長した。被害を訴えにくい犯罪の特質を踏まえたものだ。
 とはいえ、泣き寝入りしている人はなお多い。面識のある相手が加害者となるケースが多く、人間関係が壊れたり、仕事に支障が出たりすることを恐れるためだ。「被害者側にスキがあった」などの偏見も当事者を苦しめている。
 刑事手続きや医療支援を他人に知られずに相談できるワンストップ支援センターが、各地に設けられている。こうした制度を周知し、被害者を支える仕組みを充実させなければならない。
 被害女性は記者会見で「経験を話すことで、苦しんでいる被害者に寄り添いたい」と語った。その覚悟を社会全体で受け止め、忌むべき犯罪の撲滅につなげたい。

検事正の性暴力 被害者の訴え受け止めよ(2024年11月10日『新潟日報』-「社説」)
 
 地検トップにあるまじき卑劣な言動に憤りを覚える。検察組織は被害者の勇気ある訴えを重く受け止めねばならない。
 
 酒に酔った状態の部下の女性検事に性的暴行をしたとして、準強制性交の罪に問われた元大阪地検検事正で弁護士の北川健太郎被告の刑事裁判が始まった。
 被告は「争うことはしない」と起訴内容を認め、被害者に重大で深刻な影響を与えたと謝罪した。
 起訴状などによると被告は検事正在職中の2018年、同僚らとの懇親会後、泥酔した部下の女性に自身の官舎で性的暴行をした。
 公判で検察側は、帰宅しようとする女性の車に被告が強引に同乗したことや、意識が戻った女性が暴行をやめるよう伝えても聞き入れず、「これでおまえも俺の女だ」と言い、犯行を続けたことを明らかにした。
 事件後に被告が「(証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件に)匹敵する大スキャンダルになる」「事件が公になれば自死する。検察庁に対し強烈な批判が出て仕事にならなくなる」などと女性を脅し、口止めを求めていたことも判明した。
 真実を追及すべき立場の地検トップによる性暴力は言語道断で、部下の女性に組織を持ち出してまで口止めしていたのなら悪質だ。
 初公判後、被害に遭った女性検事は涙ながらに会見し、被告が起訴内容を認めても「私の処罰感情が和らぐはずがない」と述べた。
 当初、自分が検察を辞めたり、家族に迷惑をかけたりすると考えて被害を申告できなかった。
 だが心的外傷後ストレス障害(PTSD)やフラッシュバックで働けなくなり、事件から6年近くたって被害を訴えた。長年の苦しさ、絶望は察するに余りある。
 「魂の殺人」と言われる性被害の詳細を会見で語ったのは、性被害に苦しむ人に寄り添い、力になりたいという検事としての強い思いがあるからに違いない。
 女性の勇気を、司法関係者はもとより、社会全体でしっかりと受け止める必要がある。
 見過ごせないのは、被害を訴えて捜査が始まった後も女性が「事件をつぶされるかもしれない」と不安を感じていたことだ。
 懇親会に同席した女性副検事が被告側に捜査情報を漏らし、被告をかばう発言をしていたとして、名誉毀損(きそん)や犯人隠匿などの疑いで女性副検事大阪高検に告訴・告発した。しかし検察からの説明や謝罪はないという。
 検察は隠蔽行為がなかったかどうかきちんと解明すべきだ。
 女性は「金目当ての虚偽告訴ではないか」という趣旨のうわさも広められ、中傷する人を自分の職場から異動させるよう求めたが、放置されたという。
 被害者の傷をえぐる二次被害は許されない。検察は被害女性の尊厳回復に全力を注ぐ必要がある。

地検トップの性加害 勇気ある女性検事の告発(2024年11月8日『山陽新聞』-「社説」
 
 勇気ある告発を検察組織はもちろん、社会全体で受け止め、性犯罪の根絶に向けた取り組みを進めねばならない。
 「被害者の過酷な実態を正しく知っていただき、性犯罪を撲滅したいという思いで会見を開いた」。地検トップの検事正から性被害を受けた女性が記者会見し、自らを「現職の検事」と明かした。「女性として、妻として、母として、そして検事としての尊厳を踏みにじられた」との訴えは胸に迫る。
 大阪地検の検事正だった北川健太郎被告が在職中、酒に酔って抵抗できない状態の女性に性的暴行をしたとして準強制性交罪に問われている。先月下旬の初公判で被告は「争うことはしない」と起訴内容を認め、謝罪した。女性の会見は閉廷後に行われた。
 被告は最高検の監察指導部長や刑事部長なども歴任した。法秩序を守り、不正をただすべき検察組織の要職にあった者が性犯罪の加害者となった衝撃は大きい。公判で事実関係を徹底的に解明し、厳正に処罰してもらいたい。
 検察側の冒頭陳述によれば2018年9月、検事正の就任を祝う職場の懇親会の後、酔った女性が「一人で帰る」と言って乗ったタクシーに被告が強引に同乗し、自身が住む官舎に連れて行き、眠っていた女性に性的暴行を加えた。意識が戻った女性に「これでおまえも俺の女だ」と言い、犯行を続けたという。
 加害者が検事正という立場だったため、女性は「検事の職を失いたくない」と考え、すぐに被害を申告できなかった。被告は「事件が公になれば自死する」「検事総長以下が辞職に追い込まれ、組織として立ち行かなくなる」などと再三にわたって口止めをしたという。犯罪もその後の言動もあまりにも卑劣だ。
 被害を忘れようと女性は仕事に没頭したが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、休職を余儀なくされた。被告が事件を隠したまま退職して弁護士になり、検事らと酒を飲み歩いていると知り、「検事正であった人間がこれほどまでに罪深く不道徳で、非常識なことに誰も気づいていない」と訴えることを決意したという。
 今年2月、女性が検察組織に被害を打ち明けるまで、事件から5年以上を要した。「魂の殺人」といわれる性犯罪によって深く傷つけられた被害者が、組織の中で声を上げることがいかに難しいかを示しているといえよう。
 被害を訴えた後、女性が「組織につぶされるかもしれない」と不安を感じたことは重大な問題だ。女性は同僚の副検事が捜査情報を被告側に漏らし、女性を中傷する虚偽の内容を吹聴したとして名誉毀損(きそん)などの疑いで告訴したことも明らかにした。こちらも厳正な捜査を求めたい。
 検察組織は被告の処罰を求めるだけでなく、組織として隠蔽(いんぺい)などはなかったのかを検証し、明らかにすべきだ。

検事正が部下に性暴力 権力かざす非道許されぬ(2024年11月3日『毎日新聞』-「社説」)
 
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「被害を受けて6年間、苦しんできた」と初公判後の記者会見で訴える女性=大阪市北区で2024年10月25日午後4時9分、土田暁彦撮影
 地検のトップが部下に性暴力を加え、口止めを図る。非道な行為であり、許されない。
 元大阪地検検事正の北川健太郎被告が在任中の6年前、女性検事に性的暴行をしたとして準強制性交等罪に問われた。初公判で起訴内容を認め、謝罪した。
 検事正就任を祝う懇親会で泥酔し、抵抗できない状態だった女性を、自分の官舎に連れ込んだとされる。
 公判で検察側は、被告が事件後に女性に渡した直筆の書面を証拠提出した。「公になれば、大スキャンダルになる。大阪地検は組織として成り立たなくなる」と書かれていた。
 組織防衛を理由に、自身の罪を隠蔽(いんぺい)しようとする卑劣な行いだ。大阪地検では過去に、証拠改ざん事件で特捜部の存廃が議論になったことがある。
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犯罪被害者支援で連携を始める大阪弁護士会の大橋さゆり副会長(右)と大阪地検の北川健太郎検事正=大阪市北区で2019年2月27日14時6分、戸上文恵撮影
 指揮・監督する立場を悪用し、権力を振りかざす振る舞いは言語道断である。
 初公判後に記者会見した女性は、組織に迷惑をかけるのではないかと危惧し、長く被害を訴えられなかったと語った。
 今回の事件の捜査情報を被告側に漏らしたり、検察庁内で女性を中傷するうわさを広めたりしたとして、同僚だった副検事名誉毀損(きそん)容疑などで告訴したことも明らかにした。
 事実であれば、看過できない。検察は調査を尽くし、実態を解明すべきだ。組織として、性暴力に対する認識や対応を点検する必要がある。
 検察は警察を指揮しつつ犯罪を捜査し、容疑者を訴追する権限を持つ。被告は要職を歴任しており、事件は国民の信頼を損ねた。
 性犯罪は「魂の殺人」と呼ばれる。女性は「尊厳を踏みにじられ、家族との平穏な生活を壊された」と話す。心的外傷後ストレス障害PTSD)と診断され、休職を余儀なくされた。
 過酷な実態を知ってもらいたいと考え、身分を明かして会見したという。
 「声を上げられない被害者の力になりたいと思い、検事になった。同じ被害に苦しむ人に『あなたは何も悪くない』と伝えたい」
 その言葉を社会全体で重く受け止めなければならない。

検事正の性暴力 被害者が沈黙した5年の重み(2024年11月3日『読売新聞』-「社説」)
 
 大阪地検トップの検事正から性暴力を受けた女性検事が、勇気を振り絞って声を上げた。 渾身 こんしん の告発を、検察組織は重く受け止めるべきだ。
 大阪地検の検事正だった北川健太郎被告が、酒に酔って抵抗できない状態だった部下の女性検事に性的暴行を加えたとして準強制性交罪に問われた。初公判で北川被告は起訴事実を認め、反省と謝罪の意思を示した。
 事件は北川被告の検事正就任から半年後の2018年9月に起きた。検察側の冒頭陳述などによれば、北川被告は自身の就任祝いの宴会後、酔って歩けなくなった女性をタクシーに押し込み、官舎に連れ込んで性的暴行を加えた。
 北川被告は、官舎で目を覚まして抵抗する女性に「これで俺の女だ」と述べ、暴行を続けたという。その後も「表沙汰になれば検事総長が辞職しないといけなくなる」「私は死ぬしかない」と女性に伝え、口外しないよう強要した。
 検察官は本来、事件の真相を究明し、加害者への適切な処罰を求めることが使命だ。その検察組織の責任者が、性犯罪の加害者になるとは信じ難い。しかも口止めまでするとは卑劣極まりない。
 公判では、事実関係を徹底的に解明してもらいたい。検察は厳しい処罰を求める必要がある。
 女性は、同僚の副検事が上司だった被告側に捜査情報を漏らし、女性の言い分を「虚偽だ」と吹聴したとも主張している。事実であれば、組織的な 隠蔽 いんぺい を疑われても仕方あるまい。検察はこの件も厳正に捜査してほしい。
 女性が検察組織に被害を申告したのは今年2月で、事件の発生から5年余りを要した。このことは、性犯罪の被害者が受ける心身の傷の深さと、組織の中で声を上げることの難しさを示している。
 女性は記者会見で、「ずっと苦しんできた。女性として、検事としての尊厳を踏みにじられた」と苦悩を語った。ただ、検察の要職にある被告に自死をほのめかされ、組織への影響を思うと、被害を言い出せなかったという。
 性犯罪は、多くが密室で行われるため、客観的な証拠が乏しく、立件が難しいとされる。加害者が「合意の上だった」と主張するケースも珍しくない。
 性被害に悩みながら、声を上げられない人は、企業などにもいるのではないか。今回の被害者は、同じように苦しむ人たちが泣き寝入りをしないようにと、記者会見に臨んだ。その覚悟を、社会全体で受け止めねばならない。

検事正の性加害 組織の隠蔽、徹底調査を(2024年11月1日『信濃毎日新聞』-「社説」)
 
 検察官は刑事事件の起訴権限を独占している。不正義をただし、犯罪者の適正な処罰を使命とする。
 大阪地検のトップである検事正が、性的暴行の加害者となっていた。前代未聞の事態である。
 大阪地検の元検事正で弁護士の北川健太郎被告が、部下の女性に対する準強制性交罪に問われた裁判が、大阪地裁で始まった。被告は起訴内容を認めて謝罪した。
 手口は卑劣で醜悪極まりない。検察側によると、被告は在職中の2018年9月、女性や同僚らとの懇親会後、泥酔状態の女性が帰宅しようと乗ったタクシーに強引に同乗し、自身の官舎で性的暴行をした。意識が戻った女性がやめるよう訴えたのに聞き入れず、「これでおまえも俺の女だ」などと言い犯行を続けた。
 さらに悪質なのは、被告が女性を脅して隠蔽(いんぺい)を図ったことだ。事件が表に出るまでに6年かかっている。この間、被害者の尊厳は幾重にも踏みにじられてきた。
 被告は女性に対し「事件が公になれば自死する」「検事総長検事長以下が辞職し、検察庁は当面仕事ができない」などと言い、書面などで再三口止めをした。
 初公判後、女性は記者会見し自ら現職の検事と明かした。「なぜもっと早く罪を認めてくれなかったのか」と涙ながらに訴えた。
 「女性として、妻として、母としての私の尊厳、そして検事としての尊厳を踏みにじられ、身も心もぼろぼろにされ、家族との平穏な生活も、大切な仕事もすべて壊された」。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ、現在は休職している。
 女性は今年に入り被害を申告した。見過ごせないのは、被害を訴えた後に誹謗(ひぼう)中傷されたりうわさを広められたりしたことだ。「検察庁内でセカンドレイプが起きているというのが信じ難かった」
 傷ついた被害者に寄り添うべき検察が、被害者をおとしめて加害者に加勢しているとすれば、その存在意義が大きく揺らぐ。
 6月に大阪高検が北川被告を準強制性交容疑で逮捕した際も、対応の異例さが際だっていた。容疑の詳細や認否も「被害者のプライバシー」を理由にほとんど説明しなかった。
 被害者のプライバシー保護は重要だが、それを盾に取り身内をかばったとみられても仕方ない。
 組織的な隠蔽はなかったか。被害者の尊厳を回復するためにも、検察庁は自ら徹底して調査しなくてはならない。

検事正の性暴力 高まる検察不信、直視を(2024年10月31日『京都新聞』-「社説」)
 
 性暴力で尊厳を踏みにじられ、苦しみ続ける被害者の叫びを、被告はもとより、検察組織も重く受け止めねばならない。
 大阪地検トップの検事正が、酒に酔った部下の女性検事に性的暴行をしたとして準強制性交の罪に問われた裁判が始まった。
 起訴内容によると、元検事正の北川健太郎被告は現役当時の2018年、女性や同僚との懇親会後、泥酔状態の女性が乗るタクシーに強引に乗り込み、自身の官舎で性的暴行を加えた。
 被告は事件後、女性に対し「事件が公になれば自死する」「検事総長が辞職し、検察庁は当面仕事ができない」などと脅し、口止めしたという。
 あまりに卑劣で身勝手な行為に憤りを禁じ得ない。被告は逮捕前の聴取に「同意があると思っていた」との趣旨を述べていたが、裁判では起訴内容を認めた。どれだけ反省しているのか。
 同時に浮かび上がったのは、検察の隠蔽(いんぺい)体質である。
 被害者の同僚だった女性副検事が、今回の事件の捜査情報を被告側に漏らした上、虚偽告訴だと検察内で吹聴したとして、名誉毀損(きそん)などの疑いで被害者が告訴した。信頼していた上級庁の検事も被害者を誹謗(ひぼう)中傷したという。
 加害者を守るために組織ぐるみで女性を孤立させ、「セカンドレイプ」を引き起こしたのではないか。大阪高検も逮捕を公表した際、「被害者のプライバシー」を理由に容疑内容を一切明かさなかった。元幹部の不祥事を伏せようとしたとしか思えない。
 「魂の殺人」とも言われる性暴力は被害を訴えづらく、相手が上司であればなおさらだ。被害者は6年近く苦しみ、ようやく申告に至った。
 検察は事件を検証し、組織の問題点を明らかにすべきだ。
 被告は定年の3年前に「一身上の理由」で辞職した。退職金も手に入れ、弁護士として検察での実績を誇示してきたという。
 一方、女性はフラッシュバックに苦しみ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)で休職している。会見で「身も心もボロボロにされた」といい、「実態を正しく知ってもらい、性犯罪を撲滅したい」と涙ながらに語った。悲痛な訴えを無駄にしてはなるまい。
 冤罪(えんざい)事件をはじめ検察の不祥事が相次ぐが、反省や責任を明確にした改革案は見えない。検察組織全体に国民の不信感が高まっている危機的な現状を自覚すべきだ。

元検事正の起訴 情報の非公表は不信を招く(2024年7月18日『読売新聞』-「社説」)
 
 事件の捜査に強大な権限を持つ検察の元幹部が性犯罪で起訴された。
 検察は、身内に甘いという疑念を持たれないよう、説明を尽くす必要があったにもかかわらず、対応は極めて不十分だった。
 大阪地検が、元大阪地検検事正の北川健太郎被告を準強制性交罪で起訴した。北川被告は検事正だった2018年9月、大阪市の自身の官舎で、酒に酔った部下の女性を暴行したとされる。
 検事正は、捜査や公判を指揮する地検のトップである。北川被告はそれまでも、最高検刑事部長などを歴任し、「関西検察のエース」と呼ばれていた。
 検察の要職を務めた幹部が性犯罪で逮捕、起訴されるなど、あってはならない異常な事態だ。検察は実態を解明し、公判を通じて厳しい処罰を求める必要がある。
 理解に苦しむのは、事件の捜査にあたった大阪高検の対応だ。
 高検は先月、北川被告を逮捕した際、犯行の日時や場所、経緯などの事件概要を一切公表しなかった。「被害者の特定につながる恐れがある」ためだという。
 性犯罪の場合、捜査機関が被害者のプライバシーに配慮するのは当然だ。だからといって、説明義務を果たそうとしない姿勢は不適切だと言うほかない。
 これでは身内の不祥事を隠したように映るうえ、検察当局の、逮捕という強力な権限行使の妥当性を誰もチェックできなくなる。
 まして今回は5年以上前に起きた事件である。北川被告は事件の1年後、検事正を最後に辞職し、弁護士に転向した。検察内部では、定年まで3年を残した退官をいぶかしむ声があったという。
 なぜ今になって逮捕したのか。検察は当時から被害を把握していたのではないか。こうした疑問が拭えない。犯行日時や経緯の一部を公表したとしても、被害者の特定につながるとは思えない。
 社会的影響の大きい事件については、たとえ性犯罪であっても、事件ごとに公表できる範囲を丁寧に検討することが重要だ。
 近年、検事が取調室で容疑者に暴言を吐いたり、捜査の筋書きに沿うよう供述を誘導したりする問題が起きている。検察に向けられる国民の視線は厳しい。
 今月、検事総長に就任した畝本直美氏は「常に『検察の理念』に立ち返り、公正誠実であることが大切だ」と述べた。倫理規定「検察の理念」には、権限の行使が独善に陥ることなく、謙虚な姿勢を保つべきだ、と書かれている。