◆「わけあって、職員手製のポスターです!」
「わけあって、職員手製のポスターです!」と記された青森県選管のポスター(左)。右は一部を拡大したもの
「駄目だ。これじゃあ、間に合わない」。青森県選挙管理委員会の担当者は国会が解散した9日、頭を抱えていた。若者の関心を集めたいとこれまではご当地アイドルらを起用し、啓発ポスターを製作。畠山裕太主査は「アイドルの王林さんがいたりんご娘さんにお願いする予定でしたが、準備期間が短く撮影日程が合わず、出来上がるのは23日。がくぜんとしました」と明かす。
代わりに、明るい選挙推進運動のイメージキャラクター「めいすいくん」を使い、職員が自前でポスターを印刷。「わけあって、職員手製のポスターです!」との文言を添えた。「やれる範囲でやるしか…」
◆就任前の「解散」宣言は選管の準備のため?
前回2021年衆院選も解散から投開票まで17日間と短かったが、任期満了が近く、行政は当初予算で選挙費用を確保するなど準備できた。ただ今回の選挙日程は直前まで見通せず、石破氏は首相就任前の9月30日に異例の解散言及。「全国の選管で準備を進める観点」と理由を述べた。
そもそも石破氏は、天皇の国事行為を定めた憲法7条を根拠に党利党略で解散時期を決めることには否定的だった。ところが首相として臨んだ衆院代表質問では一転、「国事行為に踏み込んだとの指摘は当たらない」と答弁。野党から「大義なき解散」と批判された。
◆恒例イベント延期、職員大会中止
選挙準備を巡る混乱は、東京の各地でも相次ぐ。
投票所となる港区立障害保健福祉センターでは、投開票日の27日に予定していた障害への理解を深める催し「ヒューマンぷらざまつり」が延期に。1000人ほどが参加する恒例行事だが、区選管の中山勝係長は「投票所を変えると混乱する。参院選のように任期満了なら会場を確保しておけるが、解散となると…」と口ごもる。島しょ部では27日が三宅島など各島の自治体職員が親睦を深める「職員大会」の日だったが、こちらは中止に。八丈町選管の河野周平主任は「選挙は職員総出になる」と落胆する。
◆期日前投票開始に間に合わない!
投票所入場券が期日前投票が始まる前に届けられず、四苦八苦する自治体も。杉並区選管の石田幸男事務局長は「配る世帯は約38万通。さすがにこのスケジュールでは無理」と疲れた声。印刷会社と契約できたのは解散2日前の7日。郵便局と調整し、18日から順次配送予定だ。
◆投票率アップが課題なのに…
前回衆院選の投票率は選挙区で55.93%と低落傾向で、投票率アップが重要課題だ。元川崎市選管事務局長で「選挙制度実務研究会」の小島勇人理事長は「今回の解散がメルクマール(指標)とされると困る。解散から公示まで最低2週間は必要だ」と強調する。
投票用紙の梱包作業を進める三重県選管の職員=12日、津市で
今回は解散から公示まで6日しかなかった。「選挙の適正執行のためにも準備期間は必要。バタバタの状況で行えばミスも出る。結果的に民主主義の冒瀆(ぼうとく)につながりかねない。地に足の着いた選挙を遂行して初めて民意を問うたといえる」
◆在外投票のハードルがどれほど高いか
衆院選の過密スケジュールは、16日から世界各地で始まった「在外投票」にも影響をもたらしている。
「いつも以上に不可能のハードルが上がった。この10年欠かさず投票してきたが、今回は九割九分諦めていた」。ニュージーランド北部に暮らす看護師栗村亜紀さん(55)は17日、早朝から車で6時間かけてオークランドの総領事館に行きようやく投票できた。その直後、こちら特報部のオンライン取材に応じた。
2010年6月、上海で在外投票の制度を利用し、参院選の投票をする人たち
海外に住む有権者が現地で投票するには、在外公館で投票するか、郵便で投票するかに限られる。ただこれが容易ではない。
最寄りの公館があるオークランドが遠方のため、栗村さんはおおむね郵便投票を選んできた。そのためには、日本で暮らしていた市町村の選管に郵送で投票用紙を請求して取り寄せ、投票先を記入して返送する必要がある。
◆投票用紙を日本に返送していたら間に合わない
任期満了で迎える参院選などと異なり、解散総選挙はいつもスピード勝負。速達を用いた費用は自己負担で2万円前後かかる。栗村さんはマスコミで解散風が指摘され始めた4月には、投票用紙を請求していた。それでも急な解散で、投票用紙が自宅に届いたのは今月16日。日本への返送は半月以上かかる見通しで、27日の投開票に「間に合わない」と思っていた。
幸運だったのは、用紙が届いた翌日に、オークランドに出かける予定があり、仕事の休みを申請していたこと。この機会を利用して公館で投票できた。「オークランドは泊まりがけでなければ行けないので、事前の予定がなければ無理だった。在外投票は、毎回ハラハラドキドキの綱渡り。ハードルが高すぎてほとんどの人が投票を諦めていると思う」と指摘する。
総務省によると、前回2021年衆院選で、在外投票に必要な在外選挙人名簿に登録した有権者は約9万6000人。このうち小選挙区投票率は約20%にとどまった。名簿に登録するには日本の地元の選管に事前申請する必要があり、登録していない人を含めると海外有権者は全部で100万人程度いるとみられている。仮に推定通りなら投票率は実質2%弱になる。
海外で暮らす日本人でつくる「海外有権者ネットワークNY」によると、交流サイト(SNS)では選挙のたびに「公館までバスで12時間」(ザンビア)、「飛行機で往復6万円」(米国)などの「遠すぎる在外公館」や、「投票用紙が届くまで速達で20日」(イタリア)といった「間に合わない郵便投票」を嘆く声があふれる。総務省の公表データを分析すると、前回衆院選の比例代表では、日本に返送された投票用紙のうち14.8%が開票日に間に合わなかったという。
◆区割り変更を確認しないと「投票無効に」
急な選挙となれば、候補者などの情報を集めるのも一苦労だ。竹永浩之共同代表(58)は「在外投票はもともと無理ゲー。今回の選挙では、在外投票した人の中に『区割り変更を確認せずに投票し無効になった』という声も出ている。時間がなかったからだろう。制度として破綻している」と指摘し、オンライン投票の実現を求める。
衆院の解散を伝える電光ニュース=9日、東京都渋谷区で(平野皓士朗撮影)
一橋大大学院の只野雅人教授(憲法学)は在外投票の困難について「以前から指摘されており、今回の急な解散とは別に、改善を図っていく必要のある問題だ。ただ、解散をもっと先にしていれば、もう少し余裕を持って対応できた面はあるだろう」とした上で、今回の選挙がはらむ課題をこう指摘する。
「首相が代わったことの当否を国民に判断してもらいたいなら、判断の材料を示す必要があった。ところが予算委員会をやると言いながら返上し、党利党略で解散を優先したようにみえる。これが今回の解散の最大の問題だ」
◆デスクメモ
今回の衆院選で在外投票は世界231カ所でできるが投票期間は平均4日程度という。在外公館のない国もあり確かに「無理ゲー」だ。日本国内でも引っ越して3カ月は現住所で投票できないと会社の先輩が嘆いている。マイナ保険証をごり押しする前に投票の不便を解消してほしい。(恭)
【関連記事】「投票所」まで往復3日、送料1万7000円…海外の有権者の残念すぎる現実 なぜ改善されない?
【関連記事】<衆院選ちば>急な解散で船橋市選管 入場整理券の公示日前配布「難しい」 期日前投票は宣誓書記入方式か
【関連記事】衆院選と同時なのに影薄い「国民審査」 最高裁裁判官を「クビ」にできる、世界でも珍しい制度を生かすには
【関連記事】<衆院選ちば>急な解散で船橋市選管 入場整理券の公示日前配布「難しい」 期日前投票は宣誓書記入方式か
【関連記事】衆院選と同時なのに影薄い「国民審査」 最高裁裁判官を「クビ」にできる、世界でも珍しい制度を生かすには