冤罪覆すのに43年、袴田事件再審無罪が突きつけた重い現実 「救済は民間任せ」の日本は変わるのか 専門家は「最後のチャンス」を政治の力に期待する(2024年10月13日『南日本新聞』)

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「再審の法整備は議員立法しかない」と語る指宿信教授=東京都世田谷区の成城大学
 1966年の静岡県一家4人殺害事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)が裁判のやり直し(再審)で無罪となり、再審制度の法整備を求める声が高まっている。最初の再審請求から43年もの年月を要し、冤罪被害者の救済手段として有効に機能していないためだ。刑事司法に詳しい成城大の指宿信教授(刑事訴訟法)に問題点や課題を聞いた。
 -再審制度の現状は。
 「再審は有罪が確定した判決の誤りを是正する非常救済手続きだが、請求に何重ものハードルがある。無実を明らかにするための証拠は警察や検察の手元にあり簡単にアクセスできない。法律の専門家である弁護士もボランティアだ。社会の注目を恐れ、声を上げられない人もいる」
 「(1979年に大崎町で男性の変死体が見つかった)大崎事件をはじめ、日弁連が支援する再審事件は全国に10ほどあるが、要件が厳しい。この国は冤罪の救済が民間任せで、絶望や諦め、わずかな善意の下に辛うじて成り立っている。こうした現実は国民にほとんど知られていない」
 -裁判所によって手続きの進行が異なる「再審格差」という言葉がある。
 「再審事件は裁判所の中で『雑事件』として扱われ、裁判官の能力評価に全くカウントされない。さらに再審開始決定を出したら不利益人事を被ることがある。裁判官にとっては先輩のあら探しでもあり、積極的にやろうとはしない」
 -刑事訴訟法の再審規定は19カ条しかなく、法の不備が指摘されている。
 「日弁連は再審における証拠開示制度の整備、再審開始決定に対する検察官抗告の禁止などを提言している。これらの法整備でハードルを下げていくことはできるだろう。ただ、裁判所の姿勢が変わらない限り制度はうまく機能しない」
 -1980年代に死刑4事件で再審無罪が出たが、法改正は実現しなかった。
 「当時は政治が動かなかった。今回大きく違うのは超党派議員連盟が発足し、政治家が声を上げ始めたことだ。国会議員の約半数が加入している。再審に反対する検察と一体の法務省が法改正に動くはずがない。袴田事件が無罪となった今、議員立法で変える最後のチャンスと言っていい」
 -冤罪被害者を救うにはどうすべきか。
 
 「捜査書類の廃棄を促す鹿児島県警の内部文書が報じられた。再審における証拠開示制度はもちろんだが、まずは将来証拠となる可能性がある捜査書類を保管するルールを定める必要がある。検察へ全て送るとも明記すべきだ。英国やノルウェーなどが設置している再審請求のための独立した審査機関も求められる」
【略歴】いぶすき・まこと 1959年京都市生まれ。北海道大大学院博士課程単位取得退学。法学博士。鹿児島大や立命館大の教授などを経て2009年から現職。専門は刑事訴訟法。著書に「証拠開示と公正な裁判 増補版」など。
◇大崎事件
 1979年10月、大崎町井俣の農業男性=当時(42)=の変死体が自宅牛小屋の堆肥の中から見つかった。鹿児島地裁は80年3月、殺人と死体遺棄の罪で原口アヤ子さんに懲役10年を言い渡した。満期服役後の95年に再審請求。地裁は2002年3月に開始決定を出したが、高裁支部が取り消した。第2次請求も退けられた。第3次請求は17年6月に地裁、18年3月に高裁支部がいずれも認めたものの、最高裁は19年6月に再審開始を認めない決定をした。現在、第4次請求中で最高裁に特別抗告している。 
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