58年を経て再審無罪の袴田巌さん ドキュメンタリー「拳と祈り」の笠井千晶監督に聞く(2024年10月7日『日刊スポーツ』)

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笠井千晶監督
 58年を経て再審無罪を勝ち取った袴田巌さん(88)の半生を追ったドキュメンタリー映画「拳と祈り」が19日に公開される。静岡放送の報道記者として取材してから22年。カメラを回し続けた笠井千晶監督(49)に聞いた。
 -報道記者として関わったさまざまな事件の中で、特に袴田さんを追い続けたのはなぜでしょう
 笠井 冤罪(えんざい)かどうかを検証したかったわけではないんです。隔離された独房の中で、この瞬間もひっそりと息をしている人がいる。22年前の私にとってはそれが衝撃でした。独房から家族に送られたたくさんの手紙を見たい。触れてみたい。それが始まりでした。
 -袴田さんが勤務していたみそ会社の専務一家4人が殺害されたのは1966年(昭41)6月。犯人とされた袴田さんは47年7カ月の獄中生活を送りました
 笠井 無罪を訴え続けた袴田さんは、80年に死刑が確定してから、少しずつ変調をきたしはじめます。91年頃には完全に手紙が途絶えてしまいます。最後はもう面会すらできない状態になっていました。私が知ったのはそうなってからなんですね。
 -映画のオープニングにもなっていますが、14年に東京拘置所から釈放された袴田さんを間近に映した映像にはインパクトがありました。拘禁症状なのでしょう、47年ぶりに外の風景を見たのに、表情ひとつ変えませんでした
 笠井 確定死刑囚が死刑囚のまま世に出ることはあり得ないことなんです。再審開始が決定したその日、急に今日釈放と言われ、本人がその事実を飲み込めないくらい突然のことだったんですね。考えてみれば(無表情も)当然の反応だったのかもしれません。私はお姉さんの秀子さん(91)の付き添いという形で同じ車の中で撮影ができました。この映画の象徴的なシーンにもなりました。
 -映画ではその秀子さんの明るさが弟の袴田さんを支え、救いになっているように思います
 笠井 20年以上前は袴田事件は箸にも棒にもかからない状況でした。再審無罪なんて想像もできない。その頃ももちろん明るい方でしたけど、重荷を背負い、今思えば心の底から笑っている感じはありませんでした。弟さんがいつ処刑されるか分からない。世間から白い目で見られる。当たり前ですよね。釈放で帰ってきてからです。本当に明るくなったのは。
 -帰宅してからの袴田さんは自分を「神」といい、ボクサー(日本フェサー級6位)だった頃のゆかりの場所で手を合わせたりします
 笠井 巌さんが理想とする世界が実現するために、本人は「儀式」というんですけど、それを日々実践しているんです。解釈するのではなく、ただじっとカメラで追いました。
 -拘禁症状は改善に向かっているのでしょうか
 笠井 最初は家の中を歩くだけだったんですけど、1年くらいたって、1人で外に出るようになった。今では日常的な意思疎通は問題なくなっています。一方で、高齢による体の衰えも確かにありますし、「神」の世界は強固に変わりませんね。
 -取り調べの音声記録も作品の中で紹介されます
 笠井 最初は袴田さんの「やれるものならやってみろ」みたいな姿勢がうかがえます。裁判をやれば無実は証明される。こんなおかしなことが通用するわけがないという自信なのでしょう。もともとボクサーですから、多少のことでは負けることがない、と。48時間の記録が残っているんですけど、最後の方はひと言も発しなくて、「お前が犯人だ」「反省しろ」という捜査官の言葉だけでしたね。朝から晩まで延々と続く取り調べがどういうものか。聞いていただければ分かると思います。
 -釈放後しばらくたってから、官庁街を歩いていた袴田さんが検察庁に差しかかったときに突然逃げ出してしまうシーンが印象的でした
 笠井 警備員の制服姿を目の当たりにしたからなんです。「やつらはばい菌」と。くるっと向きを変えて、離せ! と私たちの手も振り切って。ここは近づいちゃいけないという意識があるんですね。
 -そもそもドキュメンタリー作家になったいきさつを教えてください
 笠井 子どもの頃から1つのことをじっとやり続ける方だったんですね。工作したり絵を描いたり…。静岡放送でも、抜いた抜かれたよりは1つのことを掘り下げる方が性に合いました。映像を作るのがあまりにも楽しくて。作る喜びが取材の原動力にもなりました。0から10まで全部自分1人でやる。人にお願いするとなると、説明しなくてはならない。そのワンクッションがたいへんで、自分でやる方が早い。音楽だけはよく分かっている方(スティーブン・ポティンジャー氏)にお願いしてますが。1人で仕事をして電池が切れたように寝る。その繰り返しですよ。
【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)
 ◆袴田事件の再審請求
 第1次(81~08年) 地裁、高裁、最高裁いずれも棄却。
 第2次(08~24年) 14年静岡地裁が再審開始。18年東京高裁が再審開始取り消し。20年最高裁が高裁決定を取り消し、高裁に審理差し戻し。23年東京高裁で再審開始確定。24年静岡地裁で無罪判決。
 ◆笠井千晶(かさい・ちあき) 1974年山梨生まれ。静岡放送を退社後ニューヨーク留学を経て08年から中京テレビ。15年からフリーに。初の長編ドキュメンタリー「Life 生きていく」(17年)で山本美香記念国際ジャーナリスト賞。今回が長編2作目。

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解説
死刑囚として47年間の獄中生活を送った袴田巖さんの闘いの軌跡を追ったドキュメンタリー。
 
 
1966年6月に静岡県で起きた味噌会社専務一家殺人放火事件の犯人として死刑判決を受け、47年7カ月もの獄中生活を送ってきた袴田巖さんが、2014年3月に突然釈放された。プロボクサーとして青春を駆け抜けた袴田さんは30歳の時に逮捕され、無実の訴えは裁判所からも世間からも黙殺された。明日にも死刑が執行されるかもしれないという恐怖の日々を耐え続け、釈放時には78歳になっていた。
 

死刑囚が再審開始決定と同時に釈放されるという前代未聞の事態が劇的に報道されるなか、22年間にわたって袴田さんを追い続ける笠井千晶監督が、その舞台裏を記録。カメラは半世紀近く引き裂かれていた袴田さんと姉・秀子さんの2人の生活をとらえ、対話を重ね、袴田さんの心の内面深くに迫る。( 映画.com)
 
2024年製作/159分/G/日本
配給:太秦
劇場公開日:2024年10月19日


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