「かご」から出られぬ私たち 精神医療のあり方、国に責任ないのか(2024年9月30日『毎日新聞』)

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伊藤時男さんの猫の絵=群馬県の伊藤さんの自宅で2023年7月18日、小国綾子撮影

 

 

 鳥は空に、魚は水に、人は社会に――。そんな合言葉のもと、多くの精神障害当事者や家族、医療従事者に注目されてきた精神医療国家賠償請求訴訟の判決が10月1日、東京地裁で言い渡される。判決は、日本の精神科医療のあり方に一石を投じることができるのだろうか。【オピニオン編集部・小国綾子】
 <外に出たい かごの鳥/毎日えさを ついばむ/可愛想だ/しかし 私もかごの鳥/私も同じ運命(中略)早くこの病棟から出たい>
 これは、国賠訴訟の原告、伊藤時男さん(73)が福島県精神科病院に入院していた時に書いた詩だ。タイトルは「夢」。2021年3月1日、国賠訴訟第1回口頭弁論で、伊藤さんによって朗読された。
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口頭弁論後、誕生日会を兼ねた報告会。支援者の前で美声を披露する伊藤時男さん。新沼謙治の「青春想譜」だった=東京都千代田区で2024年2月27日、小国綾子撮影
 伊藤さんは10代で統合失調症と診断され、合計40年以上も精神科病院に入院させられてきた。東日本大震災福島県の病院が被災し、茨城県の病院に転院。それを機に主治医から退院を勧められ、グループホームを経て、今は群馬県で1人暮らし。精神疾患の患者らに地域で暮らす自由と喜びを伝える「ピアサポート」の活動を続けている。
 提訴は20年9月30日。伊藤さんは自分と同じ「社会的入院」をなくしたい一心で、国賠訴訟の原告に立つと決めた。今年2月27日の口頭弁論では、原告代理人に「東日本大震災がなかったらどうなっていたと思いますか」と問われ、こう答えた。「病院で死んでいたと思います」
 証人台で「家庭を持てなかった。(長期入院がなければ)恋愛して結婚して子どももいたかもしれない」と無念を訴えた。長期入院のせいで、慕う父の死に目にも会えなかった。退院を求め、看護師にしかられ、鉄道自殺した患者仲間もいる。長期入院が彼の退院意欲を奪い、「死ぬまで病院」とあきらめさせた。しかも病院のカルテはずさんで、入院形態についての記録すら残っていない。
 支援者の一人で、ソーシャルワーカーとして長く勤めてきた東谷幸政さんは、伊藤さんのカルテを見て「入院中はほとんど精神症状はなく、本来1、2年で退院できるケース」と語った。「伊藤さんは入院中、週5日間、鶏舎の糞(ふん)出しなど院外作業にも従事していた。言わば“フルタイム”で働ける人が、なぜこんなに長期に入院しなければならなかったのか」とも指摘する。
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伊藤時男さんが入院中に書いた詩=群馬県の伊藤さんの自宅で2023年7月18日、小国綾子撮影
 厚生労働省によると、精神疾患の入院患者は約28万8000人(20年度「患者調査」)。20年以上の入院患者は2万人を超え、年間約2万人が退院できないまま病院で亡くなっている。平均入院日数も世界各国に比べ極端に長く、本人の同意のない「強制入院」が過半数を占める。しかも受け入れ先があれば退院できる「社会的入院」は約7万人と言われている。
 原告弁護団は、伊藤さんの長期入院もこのような状況下で起きたと指摘し、国が精神障害者の人権侵害を漫然と放置している不作為の結果だと主張している。また、精神障害当事者や家族、支援者らから長期入院に関する体験談を募り、130人の証言を証拠として提出した。
 一方、国側は「国賠法上の請求理由に当たらない」「適切な行政施策を行ってきており、不作為はない」と全面的に争う姿勢を示してきた。
 私はこの訴訟の口頭弁論を途中から毎回傍聴してきた。東京地裁で一番大きい103号法廷は、いつも支援者であふれていた。入院で心に傷を負った当事者やその家族、医療従事者らや若者たちが、この国の精神科医療のあり方を変えたい、と切実な思いを抱え、全国から手弁当で駆けつけていた。
 精神疾患患者は増え、13年度から国の5大疾病にもなっている。介護施設で対応できない認知症患者が精神科病院に入院するケースも増えている。精神科医療のあり方を問うこの裁判は、誰にとっても無関係ではない。