DNA型抹消判決に関する社説・コラム(2024年9月14日) 

DNA型抹消判決 運用ルール、明確な法整備を(2024年9月14日『河北新報』-「社説」) 
 
 犯罪捜査の過程で収集された「究極の個人情報」が明確な規定もないまま保管、利用されている現状に対し、裁判所が深刻な懸念を示したと言える。司法の警告を重く受け止め、国と国会は法整備の検討を急ぐべきだ。
 暴行罪に問われた裁判で無罪となった男性が警察に保管されているDNA型や指紋、顔写真のデータ抹消を求めた訴訟で、名古屋高裁が先月、国に抹消を命じた控訴審判決が確定した。
 きのうの期限までに国が上告を断念。国・県への賠償請求が退けられた男性も判決を受け入れた。DNA型などのデータ抹消を巡る訴訟で、国の敗訴は初めてとみられる。
 男性は2016年、自宅前のマンション建設に抗議。現場責任者を突き飛ばしたとして現行犯逮捕され、DNA型などを採取されたが、公判では防犯カメラ映像などから無罪が言い渡され、確定した。
 容疑者のDNA型のデータベースは05年に運用が始まり、23年末時点で約175万件が登録されている。
 消去の条件は国家公安委員会規則で容疑者が死亡した場合と「保管の必要がなくなったとき」とされるが、必要性は「事案ごとの判断」(警察庁)とされ、曖昧さが残る。
 多くの欧米諸国では法律で抹消時期などを規定しており韓国も無罪となった場合の削除を明記している。
 名古屋高裁判決は「無罪確定後も意に反してデータが保管されているのは『法の下の平等』に反する」と指摘。その上で、法律より下位の規則で運用されている現状について「憲法の趣旨に沿った立法的な制度設計が望まれる」と踏み込んだ。
 注目したいのは、高裁判決がDNA型は人の尊厳に関わる個人情報だとした上で「公権力によってみだりに保有されない自由」が保障されるとの判断を示したことだ。
 犯罪捜査にDNA鑑定が導入された三十数年前には想像できなかったほど、DNA型の活用法が広がっている現状を軽視してはなるまい。
 個人識別の決め手となるDNA型は捜査に不可欠な証拠として、冤罪(えんざい)防止や未解決事件の捜査の進展に役立ってきたのは間違いない。
 東日本大震災では、おびただしい数の傷ついた遺体の身元がDNA型で特定され、遺族に引き渡された。行方不明になった家族や親類の手掛かりを求め、多くの人々が切実な思いで試料を提供した。
 国民が安心して警察による採取に応じ、その後のデータ管理、利用に信頼を寄せ続けられるようにするためにも法律による規制は必要だ。
 高裁は、立法に際しては法務省や捜査当局だけの検討ではなく、「独立した公平な第三者機関による監督」が必要だと注文した。科学の進展を踏まえ、捜査上の必要性と人格権保護の均衡を図るためにも重要な指摘だろう。

DNA型の保管 立法による縛りが要る(2024年9月14日『信濃毎日新聞』-「社説」)
 
 判決が出た事案に限ってDNA型のデータなどを削除すれば済むことではない。立法によって、運用そのものに明確な縛りをかけることが不可欠だ。
 無罪が確定した男性が、逮捕時に採取されたDNA型と指紋、顔写真を警察庁のデータベースから抹消するよう求めた裁判で、国が最高裁への上告を断念した。男性側の訴えを認め、抹消を命じた名古屋高裁の判決が確定する。
 高裁は、憲法が保障する人格権を侵害していることは明らかで、法の下の平等にも反するとして、データの保管を違憲と断じた。さらに注目すべきは、警察庁の内規による現在の運用では不十分だと指摘し、憲法の趣旨に沿った立法を強く促したことだ。
 警察庁は、抹消するという結論について争う理由がないと判断した、と説明する。一方で、立法には後ろ向きだ。露木康浩長官は、最終的には立法府の判断だとしつつ、直ちに立法措置が必要とは考えていないと述べた。
 上告して最高裁で厳しい判断が確定するのを避けたようにも映る対応である。高裁の判決を表向き受け入れつつ、その根幹をゆるがせにすることは認められない。
 警察当局による個人データの収集や利用は、判決が述べるように〈公権力による管理、統制につながりかねず、国民の権利と自由に対する重大な脅威となり得る〉。それだけに、データベースの運用を当局の一存に委ねているに等しい現状は、極めて危うい。
 DNA型は、鑑定の識別精度が向上して、捜査の有力な手がかりになり、冤罪(えんざい)の防止にも役立ってきた。2005年以降、既に175万件が登録されている。
 しかし、取得したデータを警察がどう使っているか、実態はうかがい知れない。死亡するか、保管する必要がなくなった時は抹消すると内規は定めるが、警察が必要と判断しさえすれば、死亡するまで保管できるということだ。
 高裁は、ドイツや韓国をはじめ各国で法による規制措置が取られていることを挙げ、取得や保管の要件を明確にする立法を求めた。独立して監督にあたる機関を置くことや、データの開示、抹消を求める権利にも触れている。いずれも重要な指摘である。
 捜査に有用だからと、警察の都合に任せてしまえば、権限の逸脱や乱用への歯止めを欠き、人権侵害を防げない。個人データの収集や利用を、どのような形で認めるか。国会、政府は立法に向けた議論を先送りしてはならない。