まず何を守らねばならないのか。子どもに関わるすべての人に問いかけている。
北海道旭川市の市立中学2年生、広瀬爽彩(さあや)さんが2021年冬、市内の公園で凍死体で見つかった。それがいじめに起因する自殺だったと明確にした再調査委員会の報告書である。
市教委の第三者委がいったん報告書をまとめていたが、いじめと自殺との因果関係を「不明」としたことに遺族が反発。あらためて市の再調査委が検証してきた。
いじめ防止対策推進法は「被害者が心身の苦痛を感じる行為」をいじめと定義している。ところが学校や市教委は広瀬さんの訴えを受け止められなかった。
自閉スペクトラム症などの発達特性があり、小学生の頃から人間関係で苦労した。張り切って入学した中学でもクラスで孤立し、学級外に居場所を求めた。そこで男子生徒らの性的な要求に応えるうち自尊感情が低下し、追い詰められていった姿が浮かぶ。
学校側は母親の訴えで他の生徒らとのトラブルを把握したが、一貫して本人の特性の問題、家庭の問題として対処した。道教委はいじめと認知した上で対応するよう求めたが、なぜか市教委はこれを拒否。加害生徒らに「心身の苦痛」を理解させる指導もせず、形式的な謝罪に終わらせた。
何がいじめなのか。子どもがそれを認識し、被害を自覚できるとは限らない。自分が悪いと受け止め、声に出せないことも多い。
広瀬さんは自らの特性をクラスで説明しようとしたが果たせなかった。SNSで助けを求めてもいた。その思いをすくい取れなかったことが悔やまれる。
いじめや自殺を防ぐ態勢を整えるのは社会の責任である。各学校は「いじめ防止対策組織」の設置を義務付けられているが、多忙を理由に形骸化している―と報告書は指摘する。実際に機能する体制と運用が必要だ。
広瀬さんの母親は、再調査で明らかになったいじめは「どこの地域でも起こり得ること」と感じてほしいとコメントした。いまも私たちの身近で苦しんでいる子どもがいるに違いない。声なき声に耳を傾け、心身の苦痛に目を凝らさなければならない。
報告書は教育評論家の尾木直樹氏を委員長に、児童生徒や教師ら延べ34人に事情を聴き、遺族が提供したSNSの履歴約4千件を分析した。市のホームページで公開されている。すべての教育関係者が共有したい。
再調査委は2カ月前の概要発表でいじめと自殺の因果関係を認定したが、今回は自殺に至る事実関係の詳細などを示した。
広瀬さんは2019年の入学後、特徴的な行動がクラスで笑われるなどした上、校外で性的いじめも受け、心に深い傷を負って1年半余り苦しめられた。文面から広瀬さんの恐怖心や孤立感、悲しみが迫ってくる。
臆測や誤情報をなくしたいという遺族側の要望で、プライバシーに当たる情報も明らかにされた。無念の死から3年半を経て完成した報告書の重みをかみしめ、教訓とせねばならない。
再調査委は第一線の専門家で構成された。心理学や精神医学の観点から先進的分析を行い、第三者委が認めなかった校内のいじめを含む7件を認定した。
悲劇的だったのは校内でのいじめで疎外感を深めた広瀬さんが他の人間関係に救いを求め、その先で性的な写真の送信を強要されるなどしたことだ。これは性暴力に他ならない。
いじめがトラウマとなって心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、自殺リスクを高めたとの指摘も重要である。
症状は時とともに悪化した可能性があり、自殺がいじめの直後でないことを理由に影響を低く見積もることは正当ではないとした。教育界はいじめの行為だけを見ずに、被害者の心身の苦痛に寄り添う必要がある。
報告書は多岐にわたる再発防止策も提言した。全国の教育現場で活用できる内容である。
性交を含め生命の誕生に関する正しい知識を教えなければ、ネット上の有害な性情報から子どもを守れない。政府は真摯(しんし)に受け止めてもらいたい。
問題発覚後、学校や市教委の事なかれ主義の対応が批判された。なぜいじめを防げず、自殺との因果関係も認定できなかったのか。悲劇を繰り返さぬため、自ら検証する必要があろう。
いじめ対応は救済が最優先だ(2024年7月10日『日本経済新聞』-「社説」)
北海道旭川市で2021年、いじめを受けた当時中学2年の女子生徒が凍死した問題で、市が設けた再調査委員会が凍死は自殺であり、いじめが主因となった可能性が高いとの結論を公表した。問題の発覚から死といじめの関係が解明されるまで3年超を要した。
この間の遺族の心痛や教育行政の信頼失墜を思えば遅すぎたというほかない。文部科学省によると、いじめが自殺未遂などにつながった「重大事態」は22年度で過去最多の923件に上る。教育委員会や学校は責任の重さを自覚し、被害者の救済を最優先にした対応を改めて徹底してほしい。
再調査委は新たに被害生徒のSNSの発信履歴約4000件を分析。いじめ被害や恐怖、死への言及が亡くなる直前まで続いていたことなどから「いじめがなければ自殺は起こらなかった」とした。
心理学や医学の知見も活用して導いた結論には説得力がある。SNS履歴を分析する手法は、見えにくいネット空間でのいじめの実態解明に役立つ可能性もある。
重大事態の調査を巡っては、当初の結論が被害者側の納得を得られず、再調査などを余儀なくされるケースが全国で相次いでいる。調査組織には初めから外部の専門家などを起用し、学校の落ち度の有無に踏みこんだ実効性ある調査を断行することを求めたい。
より重要なのはいじめ自殺の防止である。重大事態に直面した際、教委や学校は必ずしも被害者の救済を最優先とせず、加害者の保護や学校運営への影響回避などと同列に置くことがある。意識改革が強く求められる点だ。
いじめには子どもの発達上の特性や家庭の状況など複雑な要因も絡む。心理や福祉分野の専門職との連携が重要だ。心身への加害や金品の要求を伴う事案では直ちに警察に援助を求めるべきだ。
北海道旭川市で2021年、いじめを受けた中学2年広瀬爽彩さんが凍死した問題を巡り、市の再調査委員会は、凍死を自殺とし、いじめとの因果関係を認めた。真相にたどりつくまで3年余を要した。学校や市教委の責任は重い。
市教委の第三者委員会は22年、いじめとの因果関係は不明と結論づける調査結果を公表したが、遺族側の反発を受け、今津寛介市長が教育評論家の尾木直樹氏を委員長として、弁護士、精神科医、心理学者ら新たな委員からなる再調査委を設置。報告書をまとめた。
再調査委は、広瀬さんがSNSに残した約4千件の発信履歴を分析。亡くなる直前までつづられた恐怖や死に関する言葉から、いじめの被害に苦しみ続け、死を決意した因果関係を示した。
再調査委は、学校と市教委が当初、事態を早く終わらせるため、意図していじめ問題ととらえず、加害生徒の問題行動としていたと指摘。いじめがなければ自殺は起きなかったと結論づけた。いじめとして認識せず、リスクの早期発見、低減ができなかった学校と市教委側の落ち度は免れまい。
このいじめ問題を巡り、22年の調査報告書とみられる文書が、プライバシーにかかわる非公開部分が「黒塗り」されていない状態でインターネット上に公開されていた問題も発覚した。
このため、再調査委の報告書も市長への答申時期が延期される事態になっている。市側の情報管理体制を整えた上で、年内にも答申される見通しだという。
市教委は警察と相談して対応を協議しているが、悪質で意図的な情報漏えいには、法的措置も辞さない態度で臨むべきだ。
いじめ問題は、再調査を必要とする事例が増えているが、時間がたつほど調査は難しくなる。教育現場に事なかれ主義がまん延し、被害者に寄り添わず、真相に迫ることを阻害してはいないか。
わが子がなぜ死を選んだのか、理由や背景を遺族が知りたいと思うのは当然だ。旭川いじめ事件が投げかけた重い教訓と課題を、教育行政は受け止めねばならない。
市教委の第三者委員会は22年の報告書で広瀬さんが自殺で亡くなったとしたが、いじめとの因果関係を「不明」としていた。再調査委は先進的手法も取り入れ、因果関係を認定した。
被害者が長期間苦しめられた過程を丹念に追った。抱え続けた恐怖や孤立感をなきものにしないという意思がうかがえる。
再調査委は同様の問題が「どこで起きてもおかしくない」と訴えた。相次ぐいじめ被害の防止に何が必要か。今回の報告を広く教訓とせねばならない。
いじめ防止対策推進法は周囲の行為で心身の苦痛を感じるものをいじめと定義し、自治体や学校などは連携していじめの克服を目指すとの理念を示す。
再調査委は因果関係を調べるため、医学的・心理学的見地での検討を重視した。法の趣旨に沿った取り組みと言える。
デジタルデータの分析技術も生かし、説得力のある根拠を示したと評価できる内容だ。
学校や市教委に対しては、いじめではなく生徒の問題行動と見なし、終結を急ぎたい意図が強く働いていたと指摘した。
第三者委の調査が不十分な例は全国で見られる。委員の人選や手法、中立性の確保策など課題の整理が必要だ。推進法は施行から9月で11年となるが、いじめは続いている。自治体の調査体制の構築が難しい場合もあろう。国の支援は欠かせない。
今回の公表に先立ち、市教委第三者委の調査報告書案とみられる文書の流出が発覚した。再調査委は市の情報管理に懸念があるとして報告書全文の答申を延期し、概要報告にとどめた。
流出は被害者の尊厳を踏みにじる行為で許されず、市の責任は重大だ。経過や原因の特定を急ぎ再発を防ぐ必要がある。