石破、河野、小泉…自民党の「総裁選有力候補」たちの「金融政策」を比べて見えてきたこと(2024年8月21日『現代ビジネス』)

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岸田首相が総裁選の不出馬を表明したことで、政治が一気に動き出した。金融市場は日銀と政府の連携ミスから混乱した状態にあるが、次の首相が誰になるのかで相場の流れが大きく変わる可能性もある。
岸田首相の「サプライズ」
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岸田文雄首相は2024年8月14日、9月に行われる自民党総裁選に出馬しない意向を表明した。岸田氏の不出馬に関しては、永田町では噂としてくすぶっていたものの、このタイミングで発表されるとは多くの人が予想しておらず、ある種のサプライズとなった。
最終的に誰が出馬するのかは、その時になってみなければ分からないが、石破茂元幹事長、河野太郎デジタル相、茂木敏充幹事長、小泉進次郎環境相小林鷹之前経済安全保障相など、当初から名前があがっていた人物に加え、林芳正官房長官上川陽子外相、加藤勝信官房長官など、現職閣僚を含む10人以上が、事実上、名乗りを上げる状況となっている。
林氏と上川氏は同じ岸田派に属しており、茂木氏と加藤氏はともに茂木派である。二階派である小林氏は安倍派の若手が推進するなど、派閥を超えた動きとなっており、従来型の派閥は瓦解しつつあるように見える。一方で、森喜朗元首相や麻生太郎副総裁など、いわゆる長老が影響力を残そうと水面下で激しい駆け引きを行っており、結局のところ派閥力学が維持されているとの指摘もある。
いずれにせよ、誰が総裁になってもおかしくない状態であり、総裁が決まった後、政治運営が安定する保証もない。市場の不確実性は一気に高まったといっても過言ではないだろう。
市場関係者が現在、もっとも注目しているのは、次期首相の金融政策である。
日銀は7月31日に行われた金融政策決定会合において、政府からの強い要請を受け、突如、追加利上げに踏み切ったことで株式市場は大混乱となった。日銀の方向性にブレが生じた矢先に、政権が突如、終了する形になるので、金融政策の先行きを見通すことが難しくなった。
方針が明確に分かっているのは石破氏だけ
先ほど名前が挙がった人物の中で、金融・財政政策に関して、明確な意思を表明しているのは石破氏である。
石破氏は、最近、刊行した著書において、異次元金融緩和が長期化することで国の財政と日銀の財務が悪化したと明確に指摘しており、大規模緩和策による弊害を強く認識していることを伺わせる。加えて、日本のマクロ経済運営が危機的な状況になっているという認識も持ち合わせており、新たな組織を設置すべきだとの考えも示している。
仮に石破氏が首相になった場合には、日銀の金融正常化がさらに進められ、財政健全化が進む可能性が高い。一方で、正常化を進めれば景気に逆風となるのはほぼ確実だろう。石破氏の主張の是非はともかく、方向性がはっきりしていることだけは間違いない。
次に注目されるのは、やはり日銀の金融政策に対する批判的な発言を行った河野氏と茂木氏だろう。
河野氏は7月17日、米紙とのインタビューに応じ、日銀に対して強く利上げを求める発言を行い、22日には茂木氏が「正常化の方針をもっと強く打ち出す必要がある」と日銀に再度、念押しした。政府幹部からの相次ぐ利上げ要請を受けた日銀は「秋にゼロ金利解除、本格的な利上げは来年以降」という従来方針を転換。追加利上げに踏み切ったことで円が急騰し、前代未聞の株価下落を招いた。
色がついてしまった河野氏と茂木氏
河野氏と茂木氏は日銀に金融正常化を強く求めたわけだが、両名が金融政策に対して明確で強い意志を持っているのかは何とも言えない。
岸田政権は円安の進行で輸入物価が上昇し、国民生活が苦しくなっていることについて神経質になっていた。総裁選を控え、円安阻止の観点から利上げを望んでいたのは事実である。だが、こうした政府のスタンスは円安進展以後のことであり、つい最近まで政府はまったく異なる要請を日銀に対して行っていた。
政府・与党内部には、安倍派を中心に、アベノミクス継続を強く主張するグループがあり、日銀に対しては、むしろ利上げをしないよう強く求めていた。特に茂木氏は安倍政権時代から要職に就いており、アベノミクスについて批判的だったわけではない。
両氏は円安による物価上昇で政治的環境が厳しくなっていることをふまえ、総裁選を前に政治的に発言したと考えられる。だが、現実問題として2人が強く日銀に利上げを迫り、結果として株式市場が大混乱に陥った以上、金融正常化を強く求める人物という認識が市場には浸透したはずだ。仮にどちらかが首相になった場合、正常化がさらに進むというイメージが出てくる可能性が高く、円高が進みやすいだろう。逆に言えば、首相就任後、正常化路線を急に撤回するようなことがあれば、金融市場は再び大混乱となるかもしれない。
上記3名に対して、全く方向性が読めないのが小泉氏だ。
小泉氏は、再生可能エネルギーを強く推進していることや、ライドシェアの推進など菅義偉元首相と政策的に近い面があると言われている。ただ金融・財政政策についてはほとんど口にしたことがなく、どのような価値観を持っているのか現時点ではまったく分からない。
政策の方向性が見えない小泉氏
石破氏と並んで国民からの人気が高い小泉氏に対しては、自民党の重鎮を含め、複数のグループが推しているともいわれる。場合によっては総裁選における最有力候補に躍り出る可能性もある。
永田町の力学という点では、一匹狼的な石破氏や、麻生派に属していながら、麻生氏との距離があった河野氏、あるいは自らの派閥を軸に麻生氏から支持の取り付けを狙っていた茂木氏らと比較すると、小泉氏をめぐる動きは分かりにくい。今回の総裁選で小泉氏が注目された場合、極めて政治性の高い総理候補者ということになり、党内バランスの観点から、金融・財政政策については、なおさら明確な意思表示をしない可能性もある。
若手という点では小林前経済安全保障担当相の動きも注目を集めている。小林氏はもともと二階派だが、安倍派の保守系若手議員らを中心に、党内で新しいグループを形成しつつあるとも言われ、場合によってはそれなりの政治勢力になる可能性もある。
小林氏は財務省の出身だが、経済活性化が財政に優先するという趣旨の発言も行っており、どちらかというと積極財政派と認識されている。このため金融政策についても、緩和的な方向性を示す可能性がある。
加藤氏は財務省出身であり、林氏は岸田政権の幹部であることを考えると、現在、進めている金融正常化の方向性と大きな差異はないだろう。斉藤健経済産業相も出馬を検討しているとされるが、斎藤氏もどちらかというと財政再建を優先しており、考え方としては石破氏に近いと思われる。
現時点で首相になる可能性は低いとされているが、高市早苗経済安保相も出馬を検討中だ。高市氏はアベノミクス継続と積極財政を主張しており、高市氏が首相になった場合には、金融政策は元の状態に戻る可能性が高い。
いずれにせよ 新しく選出された首相は、金融市場安定化のため、一刻も早く 金融・財政政策の方向性を市場に示す必要がある。さらに言えば、選挙の顔としての首相ということであるならば、総選挙が近いことを意味している。国民の信を問うのなら、金融・財政政策について、より明確な道筋を示す責任があるだろう。
加谷 珪一