バイデン氏撤退 混乱収め充実の論戦を(2024年7月23日『北海道新聞』-「社説」)
再選を狙った現職が撤退に追い込まれるのは56年ぶりだ。
バイデン氏は現職大統領として史上最高齢の81歳だ。先月行った共和党のトランプ前大統領との討論会で言葉が詰まるなど精彩を欠いたことで、急速に撤退圧力が強まっていた。
オバマ元大統領や党幹部も撤退を検討するよう求めた。候補を正式指名する党大会まで1カ月を切り、本人も受け入れざるを得なかったのだろう。
バイデン氏はハリス副大統領を事実上の後継に指名した。本選が迫る中、共和党は候補に指名したトランプ氏の下で結束し選挙戦を本格化させている。
民主党は混乱を拡大させずに候補を選出し、早期に態勢を立て直すことが求められよう。
当面の焦点は民主党が候補を円滑に選出できるかだ。候補は党大会で代議員の投票で指名される。バイデン氏は各州の予備選などで代議員の99%を獲得しているが、一方的にハリス氏を選べば反発を招きかねない。
59歳のハリス氏は初の女性、黒人・アジア系の副大統領だ。バイデン氏も就任当初は後継として期待をかけていたとされるが、担当した不法移民対策などで目立った成果を上げられず、支持率は低迷してきた。
民主党は党内が納得できる透明で公平な手続きを経て候補を選出する必要がある。
共和党からはバイデン氏の即時辞任や後継の正当性を問う声が上がる。党派対立をあおるだけでなく、大統領選の冷静な実施に取り組むべきである。
バイデン政権は国際協調を重視し、トランプ前政権の自国第一主義から転換を図った。
強権的な国が各地で台頭する中、自由や民主主義といった普遍的な価値は極めて重要だ。それを守るためにも米国は国際協調を維持しなければならない。
11月の米大統領選で再選を目指していた民主党のバイデン大統領が、撤退を表明した。返り咲きを狙う共和党のトランプ前大統領は、暗殺未遂を乗り切った勢いを背に民主党たたきを加速させており、民主党は対抗できる後継候補の早急な選定を迫られている。
撤退は苦渋の決断であった。バイデン氏は声明で「再選を目指してきたが、身を引いて残り任期に専念することが、民主党や米国にとって最善だと考えた」と悔しさをにじませた。
バイデン氏は初当選した2020年選挙で激戦の末、当時の現職トランプ氏を破り、念願の大統領に就任。新型コロナウイルス感染拡大で疲弊した経済立て直しに尽力し、地球温暖化対策枠組み「パリ協定」とイラン核合意からの離脱など、トランプ政権の「米国第一主義」による外交的損失の修復に追われた。
国内的には格差解消、外交面で国際協調主義を掲げ、2期目で集大成を目指す考えだったが、結局は81歳という高齢による心身の衰えを危惧する国民の不安を覆すことはできなかった。
年齢問題は政権発足当時から指摘されており、後継問題も含めてなぜもっと早く決断できなかったのか。遅きに失したとの感は否めない。投票まで4カ月を切る中での撤退表明は、選挙戦立て直しに向けたぎりぎりのタイミングであり、支持者にとって「最善」ではなかったはずだ。
問われるのは、民主党がこうしたマイナス状況を克服するため、求心力を回復できる候補を選び、バイデン氏の撤退を巡り分裂した党内の結束を図れるかどうかだ。当面はバイデン氏の推薦を受けたハリス副大統領を軸に党内調整が進む見通しで、副大統領候補を巡る動きも注目される。
一方共和党側は、党大会でトランプ氏を正式指名しバンス上院議員を副大統領候補に置いた。暗殺未遂で命の危機にさらされたトランプ氏は、同情論や負傷しながらも戦うポーズを見せた強さへの称賛を受け、勢いを増している。
トランプ氏は党大会の指名受諾演説で「米国の半分ではなく米国全体のため」と国民の融和と結束を訴えた。しかし、その後間もなく開いた選挙集会では「バイデンは知能指数(IQ)が低い」「頭がおかしいハリス」などと人格否定の発言を連発、国民的な融和を実現できる指導者ではないことを露呈した。
米国内には、国民の生活を圧迫する高いインフレ率への対処や不法移民対策、人工妊娠中絶を巡る是非など、課題が山積している。特に移民と中絶問題は、深刻な対立の細部を解きほぐしながら政策を決定する必要がある。大統領選キャンペーンを、安易なライバル批判に費やす余裕はない。
残念ながら民主党が後継候補を模索する途中では、実のある議論はできまい。しかし双方の候補が確定次第、両党は改めて諸問題に正面から向き合う論戦を再開させるべきだ。国内政治や外交をどう進めていくのか、選挙集会やテレビ討論会などの場を使って、国民に分かりやすい形で示してほしい。
バイデン氏撤退 非難合戦、抜け出すときだ(2024年7月23日『河北新報』-「社説」)
少なくとも史上最高齢の候補者同士がゴルフの腕前や認知機能検査を巡ってののしり合うような光景を二度と見なくて済むのは、有権者にとって幸いと言うべきだろう。
論争の焦点が年齢や資質への懸念を離れて内政や外交の課題に移れば、米社会の根底にある「分断」にどう対処すべきか、冷静に議論する道も開かれるのではないか。
再選を狙った現職大統領が撤退に追い込まれるのは、ベトナム戦争の反対運動に直面した1968年のジョンソン大統領以来56年ぶり。二大政党の候補者選びが事実上終わった段階での撤退は異例だ。
バイデン氏は後継の民主党候補としてカマラ・ハリス副大統領(59)を支持すると表明し、団結を呼びかけたが、立て直しは容易ではない。
副大統領としての実績に乏しく、国民からの人気も低迷しているだけに、中西部シカゴで8月19~22日に開かれる党大会までにハリス氏で一本化できなければ、混乱が生じる余地もある。
ただ、民主党候補が誰になっても、これまで相手への攻撃に終始しがちだったバイデン、トランプ両氏の論争がリセットされる意義は大きい。
バイデン氏撤退の端緒となった6月27日の討論会は、まさに侮辱合戦だった。
終盤にはトランプ氏がゴルフを話題にして「彼は50ヤードも打てない」とからかうとバイデン氏も「自分でバッグを運べるなら付き合ってやる」と応酬。認知機能検査までも持ち出す始末だった。
調査機関ピュー・リサーチセンターの分析(5~6月)によると、バイデン、トランプ両氏ともに好ましくないとする「ダブルヘイター」の割合は25%に上り、歴史的な高水準だったという。
バイデン氏撤退で、二大政党候補のどちらも好きになれないという絶望的な状況は改善する可能性もあろう。有権者が希望を託せる大統領選になることを期待したい。
出処進退(2024年7月23日『福島民友新聞』-「編集日記」)
▼「進むと出ずるは上の人の助けを要さねばならないが、処(お)ると退くは人の力をからずとも自分でできる」。司馬遼太郎の長編小説「峠」には、30代前半の継之助が藩から大役を依頼された際、「退いて野(や)に処る」とかたくなに断る場面がある。身の処し方は自ら決めるーとの信念を貫く男として描かれた
▼バイデン米大統領が大統領選からの撤退を表明した。決戦まで100日余りに迫るなか、現職大統領が再選断念を余儀なくされた。先日のトランプ氏の銃撃事件に続き、極めて異例の選挙戦だ
▼6月の討論会では言葉に詰まるなど精細を欠き、最近は自力で歩くことさえままならなかった。民主党内で交代論が強まっても、本人は再選に意欲を示していただけに、苦渋の決断だったはずだ
▼部下へのパワハラを告発された知事、有権者に違法に香典を渡した政治家など、身の処し方を真剣に考えなければならない人は国内にもいる。「最善の判断をするとの思いだろう」とコメントしたリーダーも4文字が頭をよぎっただろうか。
【バイデン氏撤退】大統領選 真価試される(2024年7月23日『福島民報』-「論説」)
米大統領選は一国の命運にとどまらない。国際社会に与える影響を考えれば、バイデン大統領が撤退を表明したのは、やはり賢明な決断と言えるだろう。米国の分断は世界の分断を助長しかねない。苛烈な批判の応酬で亀裂を一段と広げ、米国社会に深い遺恨を残さぬよう、民主党の新たな候補者によって民主国家たる政策本位の選挙が展開されるよう願うばかりだ。
共和党のトランプ氏との6月のテレビ討論会で、バイデン氏は沈黙が続いたり、言い間違えをしたりして、高齢による心身の衰えへの懸念が再燃した。先の北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議で、ウクライナのゼレンスキー大統領をロシアのプーチン大統領と誤って紹介したのは記憶に新しい。
バイデン氏は高齢の影響を否定したものの、米国世論の危惧は拭えず、トランプ氏の格好の攻撃材料にもされた。それでも、トランプ氏と戦えるのはバイデン氏のみとする岩盤支持層に応える姿に強い自負は感じながらも、大統領選の行方が案じられた。
撤退に際してバイデン氏は米国民への声明を出した。「私たちが力を合わせれば、米国にできないことは何もない。私たちがアメリカ合衆国だということを忘れてはならない」との呼びかけは、分断から協調への転換を求めているように聞こえる。
トランプ氏については、凶弾をはねつけた場面を奇跡と捉え、神格化する風潮が支持者に広がっているという。銃撃直後は、一転して米国民の団結を叫んでいた。撤退表明を受けた投稿では、バイデン氏をペテン師とし、精神的、肉体的、認知的な衰えを巡って周囲の関係者をうそつき呼ばわりした。過激な発言で社会をあおり、支持を取り込む本質は変わらずある中で、神格化が高じる危うさを思わずにはいられない。大統領選は新たな構図の下でも分断を深める結果を招くのか、真価が試される。
昨年5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)を議長国の日本と共に主導し、ウクライナへの各国の支援もけん引するなど、国際社会に果たしたバイデン氏の役割は改めて評価、検証されるべきだろう。分断が進む国際情勢に対する残る任期の手腕にも注目したい。(五十嵐稔)
米大統領選を11月に控える中での異例の撤退劇である。混乱は避けられまい。
民主党のバイデン大統領が「再選を目指すつもりだったが、撤退する」と表明した。「党と国にとって最善の利益になる」と判断したという。
先月の討論会で共和党のトランプ前大統領を相手に精彩を欠いたことで高齢不安が高まり、党内に撤退要求が広がっていた。
後継に副大統領のハリス氏を推薦した。今後は来年1月の任期まで大統領職に専念するという。
1カ月後に迫る党全国大会までに結束し、一枚岩の態勢を整えられるかが問われる。
ハリス氏は女性、黒人、アジア系で、多様性を体現する。バイデン氏から離れた若者や黒人の支持を取り戻すことが期待される。
人工妊娠中絶の権利擁護に熱心で女性の支持も厚い。78歳のトランプ氏に対し、59歳の「若さ」もアピールできるだろう。
ただし、懸念もある。政治手腕への評価が高くないことだ。
担当の不法移民対策では、南部国境から流入する移民への対応が後手に回り、混乱を生じさせたことが批判された。副大統領としての支持率も低迷を続けている。
バイデン氏は、党大会で指名投票するほぼすべての代議員を獲得している。撤退を受けて代議員は自由に投票先を決めることができるようになる。候補者調整が整わず、複数の候補が名乗りを上げれば、混乱は深まる。
「表紙」を替えるだけで支持が広がるわけではない。候補交代によるメリットを生かす知恵を働かせるべきだ。
前回と同じ組み合わせとみられていた選挙戦の構図はがらりと変わる。戦略の見直しを迫られるのは、トランプ陣営も同じだ。
これまではバイデン氏に対する雪辱戦という目標が支持者を駆り立てていた。新たなライバルには通用しないだろう。
米国の分断は深刻だ。民主、共和両党が互いに「民主主義の破壊者」とレッテルを貼り、非難の応酬を繰り広げている。
重要なのは、内向きにならず、幅広い訴求力を持つ政策を競い合うことだ。バイデン氏の撤退を、その転機とすべきだ。
「ジョンソン大統領が次期大統領選に立候補しないのだから…(2024年7月23日『毎日新聞』-「余録」)
昨年2月の民主党の行事でつないだ手を掲げてアピールするバイデン大統領(左)とハリス副大統領=AP
「ジョンソン大統領が次期大統領選に立候補しないのだから佐藤もやめろなど、迷論盛んに出てくる」。佐藤栄作首相は日記に書いた。1968年3月末、ジョンソン米大統領がテレビ演説でベトナム戦争での北爆停止と再選不出馬を表明した
▲現職の再選断念はそれ以来だ。バイデン米大統領が選挙戦からの撤退とハリス副大統領の出馬支持を表明した。トランプ前大統領との討論会で高齢不安が顕在化した中での決断である
▲「全世界が見ている」。デモ隊の連呼で始まるロックの名曲「流血の日(1968年8月29日)」が思い浮かぶ。往年の人気グループ「シカゴ」が地元で開かれた民主党大会での警官隊とデモ隊の衝突をテーマにした
▲大統領の撤退表明から5カ月後の大会ではハンフリー副大統領が候補者に指名されたが、談合の結果と受け止めた反戦派の反発で大混乱に陥った。党内分裂の末、本選で共和党のニクソン氏に僅差で敗れたことが歴史の教訓だろう
▲やはりシカゴで開く党大会まで1カ月足らずだ。透明性や民主的手続きを確保しつつ、米国の多様性を体現する女性のハリス氏で党内が一致団結できるかが最大の焦点である。果たして「確トラ」なのか。米国流民主主義の行方を国民だけでなく世界も見守っている。
バイデン氏撤退 仕切り直しで混乱を収拾せよ(2024年7月23日『読売新聞』-「社説」)
6月末に行われた大統領選のテレビ討論会で、バイデン氏は言葉に詰まり、衰えが目立った。本人は再選になお意欲を示したものの、ペロシ元下院議長ら党内の有力者から撤退を強く促され、抗しきれなくなったのだろう。
バイデン氏は後任の大統領候補としてハリス副大統領を支持し、ハリス氏も受け入れた。
ハリス氏は副大統領として、女性の中絶の権利を擁護するよう訴える一方で、担当した移民政策ではメキシコ国境に足を運ぶのが遅れ、批判された。党内には別の候補を推す声もくすぶっている。
8月にシカゴで開かれる民主党大会で、一致してハリス氏を指名することができるかどうか、党の団結が問われることになる。
再選を目指す大統領が途中で出馬を辞退するのは、1968年3月に民主党のリンドン・ジョンソン大統領が撤退を表明して以来、56年ぶりとなる。党大会直前の候補差し替えは前例がない。
これまでの各州の党予備選では、支持者の多くがバイデン氏に投票した。民意で選ばれた大統領候補を、党や本人の都合で差し替える以上、公正で開かれたプロセスを通じて、支持者や有権者の理解を得る努力が欠かせない。
トランプ氏は遊説中に銃撃された直後の共和党大会では、「すべての国民の大統領になる」と、団結を訴えたのではなかったか。
大統領選は新局面に入った。候補者同士が 罵ののし り合う不毛な争いとは決別し、米国や世界をどう導くのかを論じ合ってもらいたい。
バイデン米大統領の大統領選からの撤退は世界に混乱をもたらすおそれがある=AP
民主主義の盟主である超大国のリーダーを決めるまで3カ月あまりに迫ったタイミングでの異例の事態である。安全保障や経済など幅広い分野で世界に混乱をもたらす恐れがあり、その影響を最小限に食い止めなければならない。日本も警戒を怠らず、秩序の安定に貢献すべきだ。
■大統領選の混迷避けよ
残りの任期は大統領の職務を全うするのに専念するとしたうえで「これがわが党とこの国に最善の利益になると信じている」とSNSへの投稿で表明した。
バイデン氏は現職の大統領としては最高齢で、仮に2期目を最後まで務めていれば86歳になっていた。6月末には共和党のトランプ前大統領との討論会で言葉に詰まる場面が目立つなど、高齢による健康不安を理由に党内から撤退の圧力が強まっていた。かねて党の一部にあった反対論を押し切って出馬に踏み切った経緯がある。
影響力の大きいオバマ元大統領やペロシ元下院議長はこれらの懸念に十分に耳を傾けず、討論会の直後もバイデン氏を擁護した。その後に同氏が失言などを重ねて撤退論が広がると、オバマ氏らは態度を翻したと伝えられる。
国内外への影響の大きさを考えれば、バイデン氏本人の判断が遅きに失したというだけではない。党のガバナンスそのものが問われる失態と言わざるを得ない。
現職の米大統領が再選出馬を見送るのは、1968年の民主党のジョンソン氏以来56年ぶりだ。ベトナム戦争の反戦運動で支持率が低迷した末の決断は党内を大混乱に陥れ、後任の候補は本選で共和党のニクソン氏に敗北を喫した。撤退の表明から投開票まで7カ月ほどだった当時と比べ、今回は時間の猶予はさらにない。
民主党は遅くとも8月中旬の党大会までに後任候補を決める必要がある。最有力視されるハリス副大統領はバイデン氏らが支持を表明した。ただ、目立った実績がないハリス氏ではトランプ氏に苦戦は免れないとの見方がある。
幅広い候補が参加する討論会などを通じ、党勢の回復につなげるべきだとの意見も浮かぶ。
後継選びがスムーズに進むかは見通せない。党内の対立が先鋭化し、傷ついた党のイメージが失墜する展開を避けるためにも、挙党態勢を早期に構築しなければならない。トランプ氏の暗殺未遂事件に続く異常事態で大統領選の混迷が深まり、米国の民主主義が機能不全に陥っているとの印象を国際社会に与えないかが心配だ。
共和党はトランプ氏が求心力を高め、大統領選で優位に立ちつつある。連邦議会の上下両院選も共和党が多数派を制した場合、トランプ氏の自由度が大幅に増すのは政策運営にとどまらない。上院が承認権を持つ政府高官や、社会的に重要な問題で判断を下す連邦最高裁の人事にまで及ぶ。
バイデン氏のレームダック化は避けられず、政策は停滞を余儀なくされる。とりわけ心配なのは、バイデン政権が積極的に関与してきたウクライナや中東の紛争の行方だ。収束への道のりは一段と険しくなったが、多数の犠牲者を出し続けている惨劇を早く終わらせるよう努めなければならない。
■世界経済への波及防げ
バイデン氏は強権色を強める中国やロシアに対抗するため、民主主義の勢力の立て直しを呼びかけてきた。中ロや北朝鮮が今回の事態に乗じ、新たな挑発行為に動く可能性は否定できない。日本は欧州をはじめ同志国と協力し、世界の安定に向けてバイデン氏が主導してきた国際協調を支えなければならない。
バイデン政権が推進してきた気候変動や脱炭素のエネルギーといった看板政策は推進力を欠くことになる。共和党のジョンソン下院議長は「立候補にふさわしくないというのなら、大統領の任務も果たせない」とバイデン氏に即時の辞任を求めた。こうした言辞が政権の失速に拍車をかける面もある。バイデン氏が就任時に掲げた米国の分断の修復が進まなかったのも残念というほかない。
世界経済は新たな不確実性を抱えることになった。地政学リスクの高まりは、大統領選をにらむ市場の変動を激しくしかねない。インフレと景気の状況を見極めて微妙なかじ取りを迫られる主要な中央銀行の政策運営に難しい材料が加わる。各国の政策当局は経済やマーケットの動きを注意深く監視し、必要に応じて機動的に対応できるよう備えてほしい。
米デラウェア州の空軍基地で、専用機に乗り込み敬礼するバイデン大統領(AP=共同)
米民主党のバイデン大統領が、11月の大統領選挙からの撤退を表明し、後継候補としてハリス副大統領を支持した。
バイデン氏はX(旧ツイッター)へ「(民主党の)候補者指名を受諾しないことを決めた。残る任期は大統領の責務に全力を注ぐ」と投稿した。ハリス氏は声明で8月の党大会での候補者指名を目指す考えを示した。本選で共和党のトランプ前大統領に勝つために「全力を尽くす」と訴えた。
81歳のバイデン氏は6月、78歳のトランプ氏との討論会で返答に詰まったり、脈絡のない発言をしたりした。不安視されていた執務能力への懸念が一層強まり、民主党の議員や支持者から撤退論が出ていた。
一方、トランプ氏は選挙集会での暗殺未遂の際、銃撃後に立ち上がって拳を突きあげ、強い指導者を印象付けた。両氏のイメージの差は歴然となった。
民主党は態勢立て直しを迫られているが、自らが招いた事態といえる。6月に同党予備選は終了したが、バイデン氏を圧勝させてきたのは同党だ。もっと早く立候補断念を働きかけることはできなかったのか。
8月の党大会で後継候補を正式指名する。ハリス氏が指名されれば、初の黒人女性・アジア系の候補として注目されよう。ただし、副大統領としてのハリス氏の支持率は低く、担当している移民対策を含め特段の実績は見当たらない。
ハリス氏や、今後同党の指名を求めて名乗りをあげようという人物は、経済的にも軍事的にも世界で最も大きな国のリーダーにふさわしい見識、政策を有していると示す必要がある。
現職のバイデン氏が執務能力を疑われ再選断念に追い込まれたことで、中国やロシアなどの専制主義の国々は「力による現状変更」の好機とみなすかもしれない。来年1月の交代までバイデン政権は外交安全保障に万全を期してもらいたい。
バイデン氏撤退 分断と混乱に終止符を(2024年7月23日『東京新聞』-「社説」)
バイデン氏は2020年の大統領選で当選したが、トランプ氏の支持者が21年1月の就任直前に連邦議会を襲撃。バイデン氏は米国の分断修復を目指して団結や結束を訴え、今回の大統領選でも民主党候補に事実上決まっていた。
しかし、トランプ氏との6月のテレビ討論では言葉に詰まるなど精彩を欠き、その後も記者会見で言い間違いを連発。高齢への不安に拍車をかけ、党内有力者から撤退要求が相次いでいた。
これまでの予備選や党員集会の結果を自ら覆す、遅きに失した判断だが、やむを得ないと考える。法規などに基づき、後継候補の決定手続きを進めてほしい。
大統領選ではトランプ氏の優位が伝えられ、併せて行われる連邦上下両院選挙でも、共和党が多数派を占める可能性がある。
トランプ氏が返り咲いた上、共和党が両院で多数を占めれば、政策面で「米国第一」が強まり、国際社会への影響は甚大だ。バイデン氏撤退が選挙戦の流れを変える契機となるのか注目したい。
副大統領として目立つ実績がないハリス氏の政治手腕には厳しい評価もあるが、父親がジャマイカ出身、母親がインド出身の移民2世。女性、黒人として米国史上初の副大統領に就き、バイデン政権の多様性の象徴でもあった。
民主党の後継候補には、米国内や国際社会に広がった分断の修復と民主主義の立て直しを掲げ、支持拡大に全力を挙げてほしい。
ダンスパーティーに行くことになった少年。父親のシャツを借りることにしたが、袖口を留めるカフスがない
▼母親が工具箱のナットとボルトを出してきた。これで袖を留めなさいという。少年は「いやだよ。ママ。みんなに笑われる」。母親は譲らない。「何か言われたらこう言ってやるの。こんなの持ってないだろって」。少年はその通りにした
▼少年とはバイデン米大統領。大統領選からの撤退表明にこの逸話が浮かんだ。誰かに笑われても気にするな。そう教えられてきた人には無念の撤退だったに違いない
▼トランプ前大統領との討論会での不振と、民主党内に高まっていた「バイデン大統領では勝てない」の声。大統領は不安と疑問のカフスを付けてでも選挙戦を続けたかっただろうが、最終的には意地よりもトランプ氏に再び政権を渡さぬ道を選んだのだろう
▼これで民主党の候補選びは振り出しに戻った。副大統領のカマラ・ハリス氏が後継候補の筆頭だが、党内はすんなりとまとまるか。ハリスさんで本当にトランプ氏に勝てるかどうかの疑問も出るだろう。大統領選まで時間もない
▼妻、ジル・バイデンさんの自伝によるとバイデン家には「頼まれてからやるのでは遅すぎる」という家訓があるそうだ。困っている人には早く、手を差し伸べなさいという意味だが、今回の撤退表明は少し、遅すぎたかもしれない。
バイデン氏撤退 活発な論戦で後継選出を(2024年7月23日『信濃毎日新聞』-「社説」)
11月の米大統領選で再選を目指したバイデン大統領(81)が撤退を表明した。
これまで年齢問題ばかりに焦点が当たる状況を招いてきたが、民主党内の撤退圧力に抗してきた。
後継にハリス副大統領(59)を挙げた。候補を指名する党大会は来月だ。残された時間は短い。
バイデン氏は声明を出し、就任から約3年半で「国家として偉大な進歩を達成した」と胸を張ったが、成果は十分とは言い難い。
社会の分断を招いたトランプ氏を前回選で破り、就任演説では「米国を結束させる」と訴えた。
トランプ氏は敗北を認めず、双方の支持者間で埋め難い溝ができた。党派対立が深まり、ロシアの侵攻を受けるウクライナ支援予算の議会審議も滞った。
トランプ政権で損なわれた国際協調路線へ回帰し、同盟国との連携の再構築に努めてきた。だがロシアのウクライナ侵攻をとどめることができなかった。
後継候補は現政権の対応を正面から総括した上で、世界最大の軍事力と経済力を持つ大国の指導者として国内外の安定をどう取り戻すか、道筋を語る必要がある。
トランプ氏は「電話一本で戦争を止められる」とうそぶき、具体策や実現性を欠いた政策を唱える。選挙戦では、候補同士の理性的な議論を通じて問題点を明確にしていく過程が欠かせない。
民主党が危機感を抱くのは、同日程の上下両院選でも敗北し、トランプ氏が意のままに政治を操る事態だ。6月の討論会でバイデン氏が失態を見せ、党内では撤退論が急速に高まった。
高齢のバイデン氏は当初から、1期で退く可能性も指摘されていた。次世代を担う候補が挑むこともなく予備選を終え、本選を目前に差し替えるのは、対応が場当たり的で遅過ぎたとも言える。
バイデン氏 高齢不安撤退やむを得ず(2024年7月23日『新潟日報』-「社説」)
かつてのような精彩を欠き、身体的な衰えも明らかだった。高齢不安を打ち消すことができず、撤退はやむを得ない判断だ。
その後も演説で名前を言い間違えるなど失態が続き、民主党内外から撤退論が上がっていた。
トランプ氏が暗殺未遂事件に遭い、共和党の結束を強めて支持を高めたことも、撤退の流れを加速させることとなった。
再選を狙った現職大統領の撤退は、ベトナム戦争の反対運動を受けた1968年のジョンソン大統領以来56年ぶりとなる。
バイデン氏は声明を発表し、「再選を目指してきたが、身を引いて大統領の残り任期に専念することが民主党や米国にとって最善だと考えた」とした。
バイデン氏は2020年11月の大統領選で、現職だったトランプ氏を破り大統領に就いた。
世界情勢が揺れ動く中、世界をリードする大国の大統領が高齢問題を抱えることは不安で危険でもある。撤退はやむを得ず、賢明な判断と言える。
バイデン氏は後継の民主党候補としてカマラ・ハリス副大統領を支持すると発表した。
59歳のハリス氏は米国初の女性、黒人、アジア系の副大統領として知られる。バイデン氏の支持を「光栄だ」とし、「党候補指名を勝ち取る」と立候補表明した。
民主党は候補を正式指名する党大会を8月に開催する。
時間が限られる中、トランプ氏への対抗軸となる候補と政策を国民にしっかり提示できるかどうかが当面の課題となる。
トランプ氏は暗殺未遂事件後の共和党大会で、「社会の不和と分断を修復しなければならない」と融和的な姿勢を強調していた。
しかしその後は、「バイデンは知能指数が低い」「頭がおかしいハリス」とののしるなど、事件前と同様に戻っている。
バイデン氏の撤退表明に対しても「米国史上、最悪の大統領だ」と、なお批判した。
これ以上、分断を進めてもらっては困る。真に米国、世界のための政策論争が展開される大統領選となることを期待したい。
(2024年7月23日『新潟日報』-「日報抄」)
80歳でエベレストに登頂した冒険家の三浦雄一郎さんは2019年、南米大陸最高峰のアコンカグアに挑んだ。このとき86歳。頂上まで900メートル余の6千メートル地点まで到達したが、同行した医師がこれ以上は危険と判断し登頂を断念した
▼「頂上まで行けるという自信があったが、医師の判断に従うことにした」。直後、無念の思いをこう語った。年齢を重ねてもなお挑戦を続ける姿に世間は拍手を送ったが、内心は相当悔しかったらしい。後に振り返っている。「勇気ある撤退と言われたけれど、僕としては不本意。不平、不満たらたらでした」
▼この人の胸中はどうだろう。米大統領選からの撤退を表明したバイデン氏だ。米大統領としては史上最高齢の81歳。宿敵トランプ氏との討論会では言葉に詰まり、国際会議ではウクライナのゼレンスキー大統領をロシアのプーチン大統領と紹介してしまった
▼職務執行能力を疑問視する声が高まったが、トランプ氏に対抗できるのは自分しかいないと大統領選に挑む姿勢を崩さなかった。それでも、身内の民主党内から撤退論が高まった。もはや出馬を断念せざるを得なかった
▼トランプ氏を打倒するには、このタイミングで候補者を交代するしかないと判断したのか。盟友のオバマ元大統領は「自分自身よりも国民の利益を優先した」と決断をたたえた。「勇気ある撤退」と言いたいのだろう
▼本人がそう思っているかは分からない。この決断が吉と出るか凶と出るか。答えは11月の選挙で出る。
11月の投票まで4カ月を切った。民主党にとって厳しい選挙が予想される中、新たな候補者選びを通して党内が結束し、国民に向き合えるかどうかが問われよう。
電撃的ともいえるバイデン氏の撤退表明だが、「遅すぎた」との受け止めは少なくない。為政者が自らの出処進退を判断する難しさを、改めて示す結果となった。
6月の共和党候補トランプ前大統領との討論会で、バイデン氏は言葉に詰まったり、言い間違えたりする場面が目立った。以前から民主党内には、高齢による大統領の心身の衰えを懸念する声があった。討論会の失態で不安は増大し、撤退論が広がり始めたが、本人は2期目への意欲を示し続けた。
潮目が劇的に変わったのは、今月13日に起きたトランプ氏の暗殺未遂事件である。事件の2日後に開かれた共和党全国大会は、前大統領の称賛一色に染まり、「トランプ党」への変質を強烈に印象づけた。民主党内や大口献金者からの撤退圧力は日増しに高まり、バイデン氏は抗しきれなかった。
民主党はこれから候補者の選定に入る。党が分裂するような事態は何としても避けねばならない。
現時点ではハリス副大統領が有力とされる。しかし国民の人気は低迷しており、他にも複数の政治家が取り沙汰される。8月の党大会までに候補を一本化できなければ、話し合いや投票により選出することになりそうだ。副大統領候補の指名も焦点となる。透明性の高い手続きが求められる。
米社会の分断は深刻さを増すばかりである。民主党と共和党の支持者は、党派を超えた議論の土台となる客観的な事実の共有すら難しくなっており、「パラレルワールド(同時並行的に存在する異世界)」に暮らしているようだとも評される。民主主義を脅かしかねない危険な状況であり、深く憂慮する。
大統領選を、国民の融和へとかじを切る契機とするべきだ。候補者は相手への憎悪をあおるような言動や、事実に基づかない不正確な主張はやめ、政策を競い合ってほしい。民主主義の根幹である選挙そのものへの信頼を取り戻す責任を、両党は果たさねばならない。
バイデン氏撤退 国際的役割踏まえ論戦を(2024年7月23日『中国新聞』-「社説」)
現職大統領の撤退は56年ぶりとなる。暗殺未遂事件を切り抜け、勢いに乗る共和党のトランプ前大統領に、このままでは勝てない―。そんな強い危機感が、異例の決断を後押ししたのは間違いない。
とはいえ、バイデン氏の任期は来年1月まで残っている。米政権がレームダック(死に体)も同然となれば、国際社会や同盟国日本にも大きな影響が及ぶ。選挙結果にかかわらず、大国の責務を全力で果たすよう求めたい。
とりわけガザを巡っては、バイデン氏がイスラエルとハマスの停戦案を示すなど重要な役割を担ってきた。イスラエルのネタニヤフ首相は近くバイデン氏と会談するが、今回の表明がガザ情勢の混迷に拍車をかける可能性もある。
ウクライナでは、米国の支援に消極的なトランプ氏への警戒感が強い。ゼレンスキー大統領は「バイデン氏はこの恐ろしい戦争の間、ずっと私たちを支え続けてくれた」と交流サイト(SNS)に投稿。支援の継続を訴えたが、心中は穏やかではあるまい。
日本にとっても人ごとではない。岸田文雄首相はバイデン氏と蜜月関係を築き、東アジアを超える「グローバル・パートナー」として防衛や経済安全保障での結び付きを強めてきたからだ。
米国偏重も目に余るが、実態が「バイデン偏重」であったなら影響は計り知れない。自国第一主義を掲げるトランプ氏は友好国でも関税を引き上げるよう主張する。同氏との接触を含め、政府は関係の再構築への備えを急ぎたい。
バイデン氏が後継候補として支持を表明したのはハリス副大統領だ。ジャマイカ系の父とインド系の母を持つ女性で59歳と若い。78歳のトランプ氏に、年齢や多様性で対抗できると踏んだのだろう。
ハリス氏が最有力候補とはいえ、無条件で承認されるわけではない。属性だけでなく、指導者にふさわしい能力や政策のビジョンが問われる。何よりも公正で透明な手続きがなくては、民主主義大国の名折れとなろう。
新たな候補者は8月19~22日の民主党大会で約3900人の代議員が選ぶ。「副大統領としての実績は乏しい」とも指摘されるハリス氏ら候補者が、国内外の課題解決に向けた政策を明確にして結束を固める場とするべきだ。
米ホワイトハウスで演説するバイデン大統領(右)とハリス副大統領=14日(ロイター=共同)
「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」。1951年4月、連合国軍最高司令官を解任されたマッカーサー元帥が米国議会で退任演説した際の言葉だ。朝鮮戦争でのトルーマン大統領の戦略を批判した後、士官学校時代に流行した歌の一節を引用したとされる
▼<老いぼれた兵たちは戦場で死ぬことなく(去っていく)>の歌詞の通り、自らを「戦場で死に損なった老いぼれ兵」と自嘲したのか。あるいは「これだけ実績を挙げた私を老いぼれ兵と呼ぶなら、勝手に呼べ」と、自らを解任した大統領に当てつけたのか。当時71歳だった元帥の真意は解釈が分かれる
▼さて、この人の本心はどうだろう。11月の米大統領選で再選を目指した民主党のバイデン大統領(81)が撤退を表明した。高齢不安が顕在化した6月下旬の討論会後、党内で高まり続けていた撤退圧力に屈した格好だ
▼「米国民の皆さまへ」との言葉から始まる声明文で「身を引いて大統領の残り任期に専念することが民主党や米国にとって最善だと考えた」と説明。ただ3年半に及ぶ大統領としての実績が全文の半分以上を占めていた。大統領としての自負だろうか。あるいは撤退を求めた人たちへの当てつけだろうか
▼「私の決断の詳細は今週、国民に話す」とバイデン氏。一体何を語るのか。9月の自民党総裁選への出馬断念を求める声が上がる、わが国の66歳の宰相も気になるのではないか。(健)
81歳のバイデン氏の高齢不安が再燃したのは6月下旬、トランプ氏とのテレビ討論会だった。声がかすれ、何度か言い間違えて精彩を欠き、民主党内で候補者交代を求める声が高まった。
認知能力の低下といった懸念は今に始まったことではない。前回2020年の大統領選でも、高齢はバイデン氏にとって最大の弱点だった。
米大統領は核戦争を命じることができる「核のボタン」を持つ。日々刻々と変化する世界情勢に対し、重大な決断をしなくてはならないリーダーの一人である。
高齢が再選の支障になり得ることは、本人はもちろん、民主党の首脳陣も分かっていたはずだ。
3カ月半後に迫る大統領選に向け、バイデン氏は後継候補としてハリス副大統領を支持すると発表した。
ハリス氏は59歳で、米国初の女性、黒人、アジア系の副大統領だ。女性の昇進を阻む「ガラスの天井」を打破することが期待されている。
バイデン政権では、人工妊娠中絶を積極的に擁護する発言が注目された。その半面、担当した移民政策をはじめ国民の関心が高い分野で芳しい成果を残していない。最近の各種世論調査では支持率が40%を下回る。
民主党の新たな候補選びはハリス氏を軸に展開される。公約作りと併せ、バイデン氏撤退の是非を巡って意見が割れた党内の結束強化も喫緊の課題となろう。
現職大統領が再選を諦めて撤退するのは異例の事態だ。これを落ち着いた選挙戦に転じるきっかけとしたい。
今月中旬の銃撃事件で負傷した直後、共和党の候補者指名受諾演説では国民に団結を呼びかけたが、分断と対立をあおる言動に戻った。
バイデン氏を「老いぼれ」「知能指数(IQ)が低い」と口汚くののしった高齢批判は今後、78歳の自身に向けられる鋭いやいばとなる。
撤退表明(2024年7月23日『長崎新聞』-「水や空」)
結婚披露宴で司会者が「今から新婦は衣替えをいたします」と言い間違えた話を、何かで読んだ覚えがある。言うまでもなく「お色直し」。横山ノックさんは生前、ある喜劇人の法要で「私が黙とうの音頭を取りますので…」と珍妙なあいさつをしたらしい
▲言い間違いの事例集に、味のある一作を見つけた。「思い出し笑い」を「思い出笑い」。人は皆、顔から火の出るような失敗をまき散らし、いつかそれを穏やかな笑い話、「思い出笑い」に変えて生きるものだろう
▲残念ながら笑いにならない失敗もある。ハリス副大統領を「トランプ副大統領」と宿敵の名で呼び、ゼレンスキー大統領を間違ってプーチン大統領と紹介する…。「よりによって」の失態を重ね、身を引く決断を迫られたらしい
▲米大統領選で再選を目指したバイデン大統領が撤退を表明した。もともと“高齢不安”はあったが、肝心な時に言葉に詰まり、大事な時に言い間違えるさまは、支持離れを決定付けた
▲暗殺未遂事件を切り抜けたトランプ氏は勢いを増す。その矢先の撤退表明。大統領選は過去にないほど混乱を極める
▲選挙は11月に迫り、本来は論戦が盛んな時期だが、あざける、ののしる、こき下ろす-と、感情あらわな言葉の応酬になるのかどうか。穏やかな笑いを挟む隙もない。(徹)
バイデン氏撤退 本来の論戦に戻す時だ(2024年7月23日『沖縄タイムス』-「社説」)
高齢不安が露呈した6月の討論会以降、党内外で撤退を求める声が高まっていた。それでも継続に意欲を見せていたバイデン氏だったが、ついに追い込まれた形だ。
二大政党の候補選びが事実上終わった段階の撤退は極めて異例だ。
バイデン氏は撤退について「米国にとって最善だと考えた」との声明を出し、後継にハリス副大統領を名指しした。
今後、民主党はハリス氏を軸に新たな候補者選びを本格化させるが、それで党内がまとまるかどうかは現時点で見通せない。このまま混乱が続くようであれば、本選への影響は避けられないだろう。
今回、世論調査でハリス氏支持はわずかにバイデン氏を上回った。一方、トランプ氏には僅差で及ばない。
バイデン氏でも、トランプ氏にも嫌気が差している有権者「ダブルヘイター」は誰を選択するのか。ハリス氏がその受け皿となるかが鍵となるだろう。
問われるのは党として結束できるかどうかだ。
論戦を通して国民の融和を呼びかけることができる候補者の擁立が求められる。
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今回は、選挙演説中にトランプ氏が銃撃されるという衝撃的な事件も起きた。返り咲きを狙うトランプ氏は、事件後、求心力を強めている。
共和党の正式指名を受け「米国の半分ではなく米国全体のため」と国民の結束を訴えた。
しかし、その後の選挙集会では再びバイデン氏の人格を否定する発言を連発しており、国民的融和を実現できる指導者像とはかけ離れているというほかない。
影響力が強い米外交には安定的な対応が求められる。
対中政策では、「台湾有事」をあおり緊張を高めるようなことは慎んでもらいたい。平和を維持し国際協調を全面に出した外交政策を進めるべきだ。
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米国内でも高いインフレ率への対処や不法移民対策、人工妊娠中絶を巡る是非など課題が山積している。互いに敵意むき出しの中傷合戦をしている場合ではない。
両党は改めて諸問題に正面から向き合う論戦を再開させるべきだ。