政治不信の流れ断ち切れ/安倍元首相銃撃2年(2024年7月6日『東奥日報』-「時論」)

 演説中の政治家を狙った卑劣な犯行だった。白昼の悲劇が脳裏に焼き付いて離れない。国内外に衝撃を与えた安倍晋三元首相の銃撃事件から8日で2年になる。いかなる理由があろうと、暴力による言論封殺は断じて許されない。志半ばの逝去に改めて哀悼の意を表したい。

 他方、安倍氏が残したものを検証し続け、きちんと総括しておく必要がある。歴代最長政権を誇った希有(けう)な政治家は不幸にして凶弾に倒れたが「1強政治」がもたらした政治不信は今なお国民の心に居座っている。

 功罪半ばする足跡のうち「負の遺産」の流れを断ち切る作業を、自民党議員だけに任せてはおけない。全ての有権者が向き合うべき課題であり、権利でもあろう。

 最たるものは安倍派を中心に党内で横行していた政治資金パーティーの裏金事件である。「令和のリクルート事件」と深刻さを指摘されながら、裏金の使途など実態解明は全く進まず、再発防止の法整備も中途半端に終わった。

 岸田文雄首相はひと区切り付けたつもりかもしれない。だが内閣支持率の低さをみると国民が納得したとは言い難い。安倍派会計責任者の最近の公判では同派幹部らの関与を示す新証言もあった。

 岸田首相の党総裁としての任期切れは9月。総裁選や次期衆院選自民党の候補者が何を語り、何を公約するのか。裏金問題への姿勢をよく吟味して一票を投じたい。

 「政治とカネ」に先行し取り沙汰されたのが森友、加計両学園問題など一連の疑惑であった。安倍氏の家族や親しい人物が関わっていたことから「権力の私物化」とも言われた。公文書の隠蔽(いんぺい)・廃棄や改ざんが相次いで発覚したのに説明責任は果たされていない。渦中に自殺した財務省元職員の遺族が真相究明のため法廷闘争を今も続けている。

 文書改ざんの背景に、官邸による官僚人事への過度な介入があったのは明らかだ。忖度(そんたく)が官僚組織全体に蔓延(まんえん)していた。安倍政権に近いとされた検察官の定年延長のために法解釈が変更されたと、大阪地裁が先月下旬に認定したことも記憶に新しい。「政と官」の節度ある距離感を取り戻す必要がある。

 忘れてはならないのが銃撃事件をきっかけに表面化した自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との深い関係だ。実行犯として起訴された被告は母親が教団に多額の献金をしたとして、「寄付で家庭が崩壊した」と供述。信者らの生活破綻が社会問題化した。

 国民が最も知りたいのは、宗教活動を助けることになった安倍政権時代の教団名変更の経緯であり、安倍氏が関連団体にビデオメッセージを送った真意だ。夫婦別姓反対など教団の保守的な主張が自民党の政策に影響を与えたことはなかったのか。岸田政権は疑問に答えようとしない。

 国会軽視という悪弊も安倍政権で顕著になった。集団的自衛権憲法解釈変更は、戦後歩んできた平和国家の道を忘れたかのように、国会審議を経ることなく与党協議のみで方向性が固まった。

 「今、国民の間には政治が信頼できないという切実な声が満ちあふれている。信なくば立たず。わが国の民主主義が危機にひんしています」。3年前の総裁選に出馬した際の岸田氏の発言だ。初心を忘れてほしくない。