小渕優子・選対委員長は次の党役員人事で真っ先にクビに…ロクな仕事もできず「自民党のおごりを象徴するような人事だった」(2024年6月17日『デイリー新潮』)

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 自民、またまた選挙で敗北──。6月9日に投開票された栃木県鹿沼市長選では、無所属新人で、立憲民主党県連幹事長を務めた元県議の松井正一氏(58)が当選。同じく無所属新人で自民・公明両党が推薦した元県議会議長の小林幹夫氏(70)は落選した。栃木県は自民党の候補が強く、“保守王国”と呼ばれてきた。担当記者が言う。
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「栃木県で衆議院選挙の小選挙区は5つあります。自民党議員は1区で船田元氏(70)、3区で簗和生氏(45)、4区で佐藤勉氏(71)、5区で茂木敏充氏(68)が当選し、さらに2区では五十嵐清氏(54)が比例復活を果たしました。参議院の栃木県選挙区も定員2に対し、自民党上野通子氏(66)と高橋克法氏(66)が独占。全部で9人の国会議員のうち7人が自民党、2人が立憲民主党と、まさに保守王国でしょう」(同・記者)
 鹿沼市は五十嵐氏の選挙区内にあり、自民党幹事長である茂木氏の“地元”でもある。人口約9・8万人の市長選とはいえ敗戦の衝撃は大きく、メディアは『自民党、また選挙で敗れる』と全国ニュースで詳報した。
 鹿沼市長選の敗因について、大手メディアの多くは「裏金事件が原因で、自民党には強い逆風が吹いている」と解説した。もちろん正しい分析なのだが、実は自民党、裏金事件が発覚する前から選挙で敗れていることをご存知だろうか。
自民党の5派閥で政治資金収支報告書に不記載の疑いがあると、捜査機関に告発状が提出されたことが明らかになったのは昨年11月のことでした。ところが自民党は昨年9月の東京都立川市長選、10月の立川市の都議選補選、11月の東京都青梅市長選でも敗北を重ねたのです。ここで注目したいのが小渕優子氏(50)です。昨年9月に自民党の党役員人事が行われ、選対委員長に小渕さんが就任しました。そして彼女が委員長に就任してから、自民党の“敗北率”が急上昇してしまったのです」(同・記者)
小渕氏は選挙の“現場監督”
 自民党の場合、党四役は総務会長、政務調査会長、そして幹事長と選対委員長を指す。幹事長は「最大の仕事は選挙対策」(註)と言われ、選対委員長は文字通り選挙の総指揮を執る。選挙において幹事長と選対委員長の仕事は、どのように線引きされているのか、政治アナリストの伊藤惇夫氏に訊いた。
自民党の幹事長は、立候補者の公認権を握っているのが最も重要なポイントでしょう。つまり幹事長は『自民党は、こういう顔ぶれで選挙を戦う』というグランドデザインを描くのが任務だと言えます。一方の選対委員長は選挙の実務を担当します。幹事長が選んだ候補者の顔ぶれをもとに、各選挙区の情勢分析を行ったり、選挙が始まったら自身が応援演説に立ったり、応援弁士を手配したりするなどします。まさに選挙における“現場監督”というポジションでしょう」
 今年4月に行われた衆院補選は島根1区で敗北し、東京15区と長崎3区は不戦敗。さらに5月の静岡県知事選でも敗れたことは記憶に新しい。
「これほど自民党が選挙で負け続けたというのは、私の記憶を振り返っても思い当たりません。当然ながら党内から敗戦の責任を問う声が噴出しても不思議ではないでしょう。その際は首相の岸田文雄さん(66)、幹事長の茂木さん、そして選対委員長の小渕さんの“連帯責任”が俎上に載せられると思います」(同・伊藤氏)
小渕氏の能力に疑問視
 ところが連帯責任ではなく、「小渕氏の責任だ」との指摘が少なくないのだ。例えば昨年の10月、朝日新聞の朝刊に掲載された「小渕氏『選挙の顔』果たせず 世襲批判受け隠密行動 采配に批判も 自民選対委員長『初陣』」との記事だ。
 昨年10月22日、衆院長崎4区と参院徳島・高知選挙区の衆参2つの補欠選挙で投開票が行われた。岸田首相は「2戦必勝」を掲げて挑んでいたが、長崎4区では勝利を収めたものの、徳島・高知選挙区では敗北するという「1勝1敗」に終わった。
朝日新聞は岸田首相が小渕さんを“選挙の顔”とでも言うべき選対委員長に抜擢したのは、元首相の小渕恵三さん(1937~2000)を父に持ち、高い知名度を持っているためと解説しました。つまり応援演説で多数の聴衆を集める“動員力”に期待したというわけです。ところが衆参ダブル補選で小渕氏の知名度は充分に機能しませんでした。さらに参院補選では選対会議を高知だけで開き、移動の負担が大きかった徳島側から不満の声が漏れたことを紹介。《選挙実務者としての資質に疑問符がついた》と厳しい評価を下したのです」(前出の記者)
表舞台に立てない小渕氏
 朝日新聞が指摘した小渕氏の知名度の問題だが、これには詳しい解説が必要だろう。長崎4区の補選に自民党の候補として立候補したのは金子容三氏(41)。実はこの金子氏、祖父も父親も自民党の国会議員だったという“3代目”の世襲候補だったのだ。
 
「今の有権者は国会議員の世襲に批判的です。そのため長崎4区の補選が告示されると、陣営側など関係者が『世襲議員の小渕さんが、世襲候補の金子氏を積極的に応援すると、批判的な有権者が増えてしまう』と懸念したのです。そのため小渕氏は選挙期間中、“隠密行動”を余儀なくされました。ここで思い出すのは5月の静岡県知事選と、6月7日に告示された沖縄県議選です」(同・記者)
 自民党に対する逆風の強さから、静岡県知事選でも小渕氏は“隠密行動”に徹した。沖縄県議選でも6月3日に応援のため現地入りしたが、同じ理由から街頭演説は断念。企業関係者との面談にとどめた。
 世襲は小渕氏の問題で、裏金事件は小渕氏だけの問題ではない。それぞれの選挙で事情は異なるとはいえ、複数の選挙で“顔”としては機能していないのだ。何のために小渕氏を選対委員長に抜擢したのかという話になるのは当然だろう。
自民党の病根
 さらに幹事長を務める茂木氏との関係も気になる。デイリー新潮は5月14日、「静岡県知事選で茂木幹事長が不可解な動き…小渕選対委員長は呆れ顔で『推薦出ちゃったよ』」との記事を配信した。
自民党静岡県連は元県副知事の大村慎一さん(60)の推薦を党本部に上申していましたが、情勢調査などの結果から、上層部は二の足を踏んでいました。それを茂木さんが説得し、推薦することが決まったのです。すると小渕さんは『推薦出ちゃったよ、どうするんだろうね』と周囲に漏らしました。小渕さんの態度はまるで他人事です」(同・記者)
 一体全体、小渕氏と茂木氏は充分にコミュニケーションが取れているのか疑問だ。ベテランの政治記者が言う。
「実は岸田首相、この夏に内閣改造と党役員人事を考えています。もし実現すれば真っ先にクビになるのは小渕さんだと言われているのです。自民党が選挙でこれだけ負け続けている原因が小渕さんにあるのは明らか、ということなのでしょう」
 前出の伊藤氏は「自民党の根深い病根と、岸田さんの誤算を象徴する存在が小渕さんと言えるのではないでしょうか」と指摘する。
世襲議員に肩入れする傾向
「率直に言うと、例えば小渕さんは応援演説が上手ではありません。元首相を父に持つ彼女は選挙で苦労したことなど一度もないでしょう。そんな政治家が選挙のノウハウを持っているはずもなく、選対委員長としてリーダーシップを取ることなど土台が無理な話なのです。それでも自民党は小渕さんを要職に就けました。これが自民党の病根を象徴していると思うのは、議員の世襲を問題視するどころか、『父の無念を娘に晴らさせてやろう』と考える自民党幹部が少なくないことです。この問題は新聞社など大手メディアの政治部も一枚噛んでいます」(同・伊藤氏)
参院のドン”と呼ばれた青木幹雄氏(1934~2023)や、元首相の森喜朗氏(86)が「憲政史上初の女性首相に就任させる」と小渕氏を強く後押ししていたことはよく知られている。
 これは父親の小渕恵三氏が首相の任期途中で急逝したことも大きな影響を与えている。「父が首相としてやり残した仕事を、娘が成り代わって完遂する」という“浪花節”が依然として共感を集めるのだ。
 伊藤氏によると、自民党の国会議員や大手メディアの政治部幹部が世襲議員に肩入れする傾向は、自民党幹事長など要職を歴任した河野一郎氏(1898~1965)、党総裁を務めながら首相にはなれなかった河野洋平氏(87)、そして現在、デジタル相を務める河野太郎氏(61)の3代にも見られるという。
小渕氏は姪っ子──の政治部幹部
河野一郎さんは国民から首相待望論が出るなど、非常に人気のある政治家でした。ところが総裁選では佐藤栄作さん(1901~1975)に破れ、その翌年に急逝します。そして河野洋平さんが世襲議員として登場すると、自民党の一部議員だけでなく、河野番を担当していた政治部の記者たちも『次は洋平さんが首相になる番だ』と応援したそうです」(同・伊藤氏)
 1993年7月の衆議院選挙で自民党過半数割れとなり、細川護熙氏(86)を首相とする非自民・非共産の連立政権が発足した。
 下野した自民党の総裁選は河野洋平氏が勝利し、自民党の歴史で初めての「首相を兼任しない党総裁」となった。これに同情する声は強く、自民党が政権与党に返り咲いてからは「河野首相」を求める動きもあった。だが実現することはなかった。
河野洋平さんにも同情の声はありましたから、洋平さんが引退すると今度は河野太郎さんに期待の声が集まるわけです。同じ文脈で小渕優子さんも後押しされている。父親の小渕恵三さんの番記者は、今や政治部の幹部です。彼らにとって優子さんは姪っ子のような感覚でしょう。とはいえ、これでは選対委員長が“充て職”のような扱いですし、政治家の能力ではなく、世襲を積極的に評価して任命しているのですから大問題です。裏金事件が発覚する前の人事のため『誰が選対委員長でも自民党は選挙に勝つ』という奢りを読み解くことも可能です」(同・伊藤氏)
壊れた“岸田人事”
 今年1月、小渕氏は所属する茂木派に退会届を提出。さらに青木幹雄氏の長男で参議院議員青木一彦氏(63)も退会する意向を示した。青木氏が小渕氏に肩入れしていたことを考えると興味深いが、大手メディアは「茂木氏に対する反発が強まった結果」と報じた。
 
 小渕v.s.茂木という対立関係が鮮明になっているわけではない。とはいえ、肝胆相照らす仲であれば脱会するはずもない。幹事長と選対委員長のコミュニケーションが疑問視されるのは当然だと言える。
平成研究会は現在、茂木派となっていますが、もともとは竹下登さん(1924~2000)の竹下派であり、小渕恵三さんの小渕派でした。小渕優子さんは『本来なら派閥の領袖は私』だと考えていたはずで、それが脱会の大きな原因の一つだったでしょう。実は岸田さんが小渕さんを選対委員長に抜擢したのは、茂木さんと小渕さんの微妙な人間関係を利用し、茂木さんを牽制するという意図もあったのです。岸田さんがご自身の権力基盤を安定化させることも狙っての人事だったわけですが、自民党に吹く逆風が強烈なので、そうした布石が裏返ってしまうという皮肉な状態になっていると言えます」(同・伊藤氏)
 岸田首相の人事は巧みという評価は少なくないが、茂木─小渕の件ばかりは“策士策に溺れる”だったのかもしれない。
註:[New門]自民幹事長 カネと人事で「次の首相」左右(読売新聞朝刊:2020年8月11日)
 
デイリー新潮編集部