◆「普段は見られませんが…」大屋根の中に豪華な装飾
大屋根が開けられた総黒漆(そうくろうるし)塗りのピアノの内側を見ると、弦の張力を支える金属製の「フレーム」に、色鮮やかな菊唐草模様が描かれていた。取材で訪れたとき、東京芸術大の文化財保存工芸のチームが修復に向けて調査を進めていた。
同館学芸員の野口朋子さん(48)は「普段は大屋根が閉じられ、内部の様子を見ることができませんが…」と話し始めた。
このピアノは1903(明治36)年3月、静岡県浜松町(現浜松市)の日本楽器製造(現ヤマハ)が完成させ、同月から7月まで大阪市で開催された第5回内国勧業博覧会に出品された。ピアノの展示場は明治天皇・昭憲皇太后の休憩所となり、昭憲皇太后が8月に購入。12月、ピアノをたしなむ、皇太子妃時代の貞明皇后に贈られた。
貞明皇后は元華族の九条家出身。30年、港区赤坂の旧氷川小学校(93年に廃校)の建て替えの際、向かいに居を構えていた九条家が「皇太后(貞明皇后)使用のピアノ」としてこのピアノを同校へ寄贈した。東京大空襲の戦火を免れて長らく用いられ、昨年1月から同館で公開されている。
◆金色の鳳凰や尾長鳥が、光沢ある漆を舞う
どんな特徴があるのか。現行のモデルは鍵盤数が88あるのに対し、85と少なく、幅はやや狭い145センチ、奥行きは185センチ。ボディーや弦の振動を増幅させる響板は日本製で、音を鳴らす仕組み「アクション」の部品などは輸入品が使われている。
目を引くのは施された装飾の素晴らしさだ。側板(がわいた)に11個の金(きん)平蒔絵(ひらまきえ)があり、描かれているのは鳳凰(ほうおう)や尾長鳥(おながどり)など公家社会で用いられた有職文(ゆうそくもん)にちなんだ図柄。フレームの装飾とともに、現存唯一とされる。さらに曲線的な脚柱(あしばしら)、彫刻仕様の譜面台も優美だ。
ピアノの外装は欧州などで木目が主流だったが、国産の初期では高級感がある上、湿気が多い日本の風土に適した漆が使われた。現在は光沢がある硬いポリエステル塗装が一般的だ。
◆「伝統工芸の技法を使った遺産、後世に」
東京芸術大の松本達弥さん(62)によると、調査では漆塗りの膜の劣化が目立った。長年の紫外線の影響でつやが失われ、ひび割れが多く見つかっている。松本さんは「文化財は現状維持が基本。漆を塗り直すのではなく、汚れを除去した上で漆を吸わせる修復を検討中」と説明する。
内部の修理はヤマハが行う。野口さんは「伝統的な漆の工芸技法を用いた国産最初期の楽器の遺産を後世に長く伝えたい」と話す。
ピアノの見学は7月17日まで。午前9時~午後5時(土曜は午後8時まで)、毎月第3木曜休館、入館無料。問い合わせは電03(6450)2107へ。
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◆ヤマハ最初期のピアノ、歴史的な一台
フレームにある鋳出文字「YAMAHA PIANO Co.」=東京都港区立郷土歴史館で
山葉寅楠=ヤマハ提供
ヤマハの創業者山葉寅楠(やまは・とらくす)(1851~1916年)は1887年、米国製オルガンの修理をきっかけにオルガンの製作を開始。1900年にアップライトピアノを作り、02年からグランドピアノの製造を始めた。港区のグランドピアノのフレームに鋳出文字で「YAMAHA PIANO Co.」のロゴがある。次に古いと考えられる、現存するグランドピアノは奈良女子大(奈良市)にあり、1909年5月に購入されたことが記録に残っている。
文・野呂法夫/写真・布藤哲矢
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