マイナ保険証の利用促進に駆り立てられている薬局や病院。窓口で患者にマイナ保険証の利用を迫るあまり、大手薬局では謝罪文を出す事態に発展した。
この大手薬局は昨年末から、薬の処方に当たって保険資格の確認に現行の健康保険証を使うことを取りやめていた。今年12月の廃止前から現行の保険証が使えないと受け取れるような対応に、問題はないのだろうか。(戎野文菜)
◆Xに投稿された謝罪文には
6月3日、X(旧Twitter)に、マイナ保険証を巡る薬局の対応について、次のような謝罪文が投稿された。
「マイナ保険証がなくても受付が可能でございます」
「誤解を招く説明があり、私の指導不足を痛感しております」
「スタッフには厳しく指導いたしました」
「誤解を招く説明があり、私の指導不足を痛感しております」
「スタッフには厳しく指導いたしました」
謝罪文に記されていた業界大手の薬局チェーンに取材すると、同社の薬局を利用した患者に送ったものだと認めた。
◆「マイナ保険証のみ」と受け止めた
謝罪文を投稿した東京都の40代男性に経緯を聞くことができた。
男性は5月30日、薬をもらおうと都内の薬局を訪れた。初めての薬局だったので、処方箋と一緒に現行の保険証を差し出した。
薬局職員から「マイナ保険証のみの受け付けになります。マイナンバーカードはお持ちですか?」と告げられ、現行の保険証は突き返されたという。
窓口の対応に、男性は「マイナ保険証がないと薬をもらえないんだ」と受け止めた。
病院に設置されたマイナ保険証の読み取り機=名古屋市で、2023年7月撮影(一部画像処理)
男性はマイナンバーカードを持っていたが、情報漏えいへの不安から保険証の登録はしていなかった。
持病を抱え、すぐに薬がほしかったため、仕方なく窓口にあったカード読み取り機にマイナンバーカードをかざして、マイナ保険証の利用登録をした。
◆納得できず「こんなのありですか」
納得できなかった男性は、Xで疑問をぶつけた。
「薬もらうときマイナ保険証じゃないと無理ですと言われて、嫌嫌マイナ保険証に登録したんだけど、こんなのありなんですか?」
男性は後日、他の人からの指摘でマイナ保険証を作る必要がなかったと知り、「薬局の誘導に怒りを覚えた」。
◆薬局「現行保険証での資格確認やめた」
男性から抗議を受けた大手薬局は「『マイナ保険証しか受け付けない』とは言ってないが、そう受け取られてしまった」と説明する。
なぜ、男性は「マイナ保険証がないと薬をもらえない」と受け取ってしまったのか。
薬局では、薬を処方する際、まず窓口で健康保険に加入しているかどうかを確かめる「保険資格の確認」を行う。取材で浮かんできたのは、この大手薬局独自の資格確認の方法だった。
大手薬局は昨年12月から、全国に約900ある全系列店で薬を処方する際、現行の保険証での資格確認を取りやめていた。
広報担当者は「いずれ現行の保険証はなくなるし、国もマイナ保険証の活用を進めていこうとしていたから」と説明する。
病院や薬局では昨年4月から、マイナ保険証をカード読み取り機にかざして健康保険の利用資格があるか調べる「オンライン資格確認」の導入が義務化された。それでもマイナ保険証の利用は低迷しており、政府は今年1月から、利用者が増えた病院や薬局に支援金を出すなどして普及にてこ入れを図っている。
マイナ保険証の利用促進のため、厚労省が病院や薬局に示している取り組み内容のチェックリススト
大手薬局は支援金の制度を利用しているかどうかを明らかにしないが、資格確認に現行の保険証を用いないことについて「マイナ保険証を推奨している国の方針に沿った対応だ」と主張する。
大手薬局では、マイナ保険証を持っていない人には処方箋で資格確認し、薬を出しているという。広報担当者は「患者としては『マイナンバーカードはありませんか?』と言われ、現行の保険証を突き返されると『使えない』と思ってしまうかもしれない」と、男性の気持ちを推し量った。
政府のマイナ保険証の普及策 厚労省は2023年度補正予算に217億円を計上。2024年1月以降、利用者が増えた病院や薬局に見返りとして支援金を支給する。取り組み集中月間の5~7月は、人数に応じて病院には最大20万円、薬局や診療所には最大10万円を出す。窓口での声かけやチラシの配布、ポスター掲示が条件で、厚労省は声かけの「台本」まで作っている。マイナ保険証の利用を迫るような窓口での声かけに、患者から「強制されているよう」と戸惑いの声も聞こえる。政府は12月2日で現行の保険証を廃止する方針だが、マイナ保険証の利用率は4月で6.56%にとどまっている。
◆厚労省「法令には違反しない」
大手薬局の運用は、3つある選択肢の1つを奪うことになるが、法令上の問題はないのだろうか。
厚労省医療介護連携政策課の竹内尚也課長は「3つの方法のうち、どれかで確認していれば問題はない」とする。
◆「マイナ保険証が義務と誤解生む」
そもそも処方箋さえあれば薬はもらえる。
全国保険医団体連合会(保団連)の本並(もとなみ)省吾事務局次長は、「あえて現行の保険証を受け取らず、マイナ保険証の利用を促す大手薬局のような対応は、マイナ保険証の使用が義務かのような誤った印象を与える」と問題視する。
本並氏は「マイナ保険証を普及させたいから、現行の保険証をお払い箱にするのはとんでもないやり方。国の利用促進キャンペーンが過熱し、トラブルを起こしている」と指摘する。
不本意ながらマイナ保険証を作った冒頭の男性も、支援金で病院や薬局を駆り立てる政府の手法に「カネ欲しさに利用者をだます病院などが出てくるのでは。やり方に誠意を感じない」と疑問を投げかける。
◆東京都薬剤師会「勧めていない」
現行の保険証を資格確認に用いない大手薬局の対応について、東京都薬剤師会の担当者は「東京都薬剤師会としては、そのようなやり方は勧めていない」と話す。
他の大手薬局6社に確認すると、「もちろん、現行の保険証でも資格確認しています」「実際に使っているお客様がまだたくさんいらっしゃいますので」などと答えが返ってきた。現行の保険証を資格確認に用いないとしている社はなかった。
男性に謝罪文を出した大手薬局の広報担当者は「資格確認の運用を見直すつもりはないが、マイナ保険証が必須ではないと分かりやすく伝わるように声かけしていく」としている。
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