愛子さまは初めてのご同席となりました。コンサートにはバイオリニスト・五月女恵さんも出演していたのです。五月女さんは、愛子さまの学習院初等科・女子中等科時代の同級生で、管弦楽部の仲間でもありました」(皇室担当記者)
その後のご懇談で、陛下が指揮者に『私もビオラを弾いています』とお話しになると、雅子さまが笑顔で、『いっしょに弾いてみては』と勧められたのです。雅子さまはそれだけ、ビオラ奏者や音楽家としての陛下を尊敬され、多くの人に演奏を聴いてもらいたいとお考えなのでしょう。
また昨年10月に石川県を訪問され、式典のオープニングステージに出演した芸術家たちと懇談されたときも、ピアニスト・黒崎菜保子さんに、『陛下もピアノをなさるんですよ』と、おっしゃっていました」(前出・皇室担当記者)
陛下はビオラ、というイメージを持っていたため驚いたという黒崎さん。石川県での両陛下のご様子について次のように語っている。
「途中で雅子さまが合いの手や、質問を本当にお上手にしてくださって、両陛下との会話も滞ることなく進んでいきました。会話が少し滞ると感じたら、すぐに横からちょっとお話を入れてくださるのです。そういった両陛下の呼吸が素晴らしいと思いました」
陛下が音楽を大切にされている理由について、長年親交があった作曲家の故・鎌田勇さんは著書でこうつづっていた。
《殿下は、悪い意味ではなく、大変孤独であられると思います。というのも、常に周囲に気を配り、しかも特定の気の合った人たちだけと付き合うというのは、えこひいきになるのでお出来になりません。(中略)息つく暇もないスケジュールをこなしておられます。そうしたお立場を離れることができる、一つの逃げ場が音楽ではないかという気がいたします》(『音楽の聞こえる小さな家』〔時事通信社〕より)
■《見事なハーモニーを奏でられるお二人》
陛下は鎌田さんを含めた音楽仲間と、都内で音楽会を開かれていたが、ご成婚後には雅子さまも参加されたという。
《この時、見事なハーモニーを奏でられるお二人の姿を拝見して、わたしが考えていた、皇太子さまの理想の家庭がここにあるな、という思いを強くいたしました》(『音楽の聞こえる小さな家』より)
鎌田さんは雅子さまの音楽のセンスも絶賛していた。ご成婚後に始められたフルートの曲を、わずか3カ月ほどの練習にもかかわらずノーミスで演奏されたのだ。
陛下は“音楽一家”のなかで成長されたが、それは雅子さまも同じだった。ご実家・小和田家の関係者によれば、
「母親の優美子さんはピアノがお上手で、父親の恆さんはフルートをたしなまれていました。雅子さまも小学校時代にピアノを習われていて、小学4年生のときの発表会では“完璧な演奏”を披露されたそうです。
双子の妹の礼子さんはフルート、節子さんはバイオリンを習っていましたので、三姉妹で合奏することもありました」
「愛子さまが幼少のころからピアノやバイオリンに興味を持たれたのは、両陛下の影響でしょう。特に雅子さまが、音楽を通じて表現力などを育むリトミックを、愛子さまの教育法の一つとして取り入れられたことは、当時話題になりました。ピアノについては専門の先生にもお願いしていたそうですが、ふだんは雅子さまが教えられていたそうです」(前出・皇室担当記者)
両陛下に贈られた曲の名は『ロマンス』
だが、そうした苦難を打開できたのも“音楽の力”のおかげだったのだ。
「愛子さまがご登校に前向きになられたのは、4年生進級後に管弦楽部に入部され、チェロを演奏されるようになってからです。“乱暴な男子”に怯えられていた愛子さまにとって、音楽の仲間たちは安心できる存在でした。朝練にも積極的に参加されるようになられたのです」(前出・皇室担当記者)
「雅子さまが朝に起きることがなかなかおできにならなかったときは、陛下は朝食を召し上がらず、ずっとお待ちになっていました。
また音楽に親しむ時間を持たれていたことも、ご回復に寄与していると思います。日々、陛下や愛子さまの練習をお聴きになっていたのです。
「音楽を聴くとリラックスしますし、自律神経も安定するといわれています。また言葉が足りなかったり、間違えていたりで、すれ違いが生じてしまうことは、家族や親しい者同士でもよくあることだと思います。しかし同じ曲を聴くことで心が通い合ったり、いっしょに演奏する時間を持つことで、協力し合うことができるようになることもあります。天皇陛下と雅子さまにも、そんな機会が幾度もあったのではないでしょうか」
両陛下の知人によれば、お二人がアイコンタクトだけで意思を疎通されていて驚いたことがあるというが、それも音楽の時間をともにされることにより培われたものだろうか。
御所でのハーモニーにより温かさを増している天皇ご一家の笑顔。そのほほ笑みの三重奏は、多くの国民をも癒している。
「女性自身」2024年6月18日号