<都知事選に立候補>市議会に“子供の喧嘩”を吹っ掛けた石丸伸二・安芸高田市長の机に並んだ「本」とは…『#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】(2024年5月28日『文春オンライン』)

 2019年の河井克行・案里夫妻の大規模買収事件で現金を受け取った当時の市長らが辞職した広島・安芸高田市
 2020年に当選した石丸伸二・新市長は、就任当初からSNSへの投稿に積極的。そこで批判された市議会との対立が深まり、全国的な注目を浴びた。
 その石丸市長が東京都知事選への立候補を発表したタイミングで公開されるドキュメンタリー映画に、ジャーナリスト相澤冬樹氏は何を見たか?
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再生900万回超の地元テレビ局制作番組が映画に
 
キャプチャ
 あんなあ、田舎には田舎の“しきたり”っつうもんがあんだよ。京大出て世界を股にかけて活躍した銀行員か何か知らんけど、ちったあわしらの言い分にも耳を傾けてもらわにゃ。エリートさんが上から目線でくるんじゃけえ、たまったもんじゃない。
 映画に出てくる議員さんたちのホンネはこんなところだろうか。広島県安芸高田市に颯爽と現れた石丸伸二市長(当時37歳)と、市議会の確執を描いた『#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】』。
 劇場版とある通り、元は地元の広島ホームテレビが制作したテレビ番組だ。放送後、アーカイブ配信の再生が900万回を超え、キョンキョンこと歌手で俳優の小泉今日子さんもYouTubeで観たという。
 ネットで注目の話題作に新たな要素を加えて再構成し、1時間46分の映画に生まれ変わった。
ツイッター(現X)の発信が招いた軋轢
 広島県北部の山間にある過疎の市の地方政治が、なぜこれほど注目を集めたか? それはひとえに市長の“つぶやき”による。選挙中も就任後も石丸市長はツイッター(現X)で市の施策や議会の動きについて発信し続けた。
 それが早々に議会との軋轢を招く。「いねむり」騒動だ。市長が議会で答弁中、議場に響き渡る大いびき。その日の“つぶやき”は…、
〈いびきをかいて、ゆうに30分は居眠りをする議員が1名〉
 これに議会がカチンときたのか、数日後の“つぶやき”では、
〈敵に回すなら政策に反対するぞ、と説得?恫喝?あり〉
事実上の“答弁拒否”、“取材拒否”
 恫喝を巡る双方の言い分は食い違ったまま対立が深まる。さらに市長が市の発展に欠かせないと位置づけた副市長人事。
 約4100人の応募から元商社社員の女性(34)を候補に選んだが議会は否決。市長は「議会と対立すると政策が通らないという脅しは本当だった」と受け止める。
 一方、あるベテラン議員はこんな言葉を漏らす。
「わしは(同意)したいんじゃが、できんのよ。いろいろあるんよ、オキテが」
 タイトルの一部になった決め台詞。大した名役者が議会にもいたものだ。
 自分の訴えに議会が耳を貸さないとみるや、市長は“実力行使”に出る。議会で議員が何を質問しても「後で書面で公表します」。事実上の“答弁拒否”だ。
 さらに広島の地元紙・中国新聞の記事が不正確で内容に誤りがあると主張し、市長会見で同紙記者の“取材拒否”を打ち出す。これには他の報道機関からも「やりすぎだ」と批判が出た。
 筋が通らないことには従わない。子供時代から我が道を貫いてきたという石丸市長の舌鋒は鋭く、時にとげとげしさが際立つ。
「恥を知れ! 恥を」 「対話から逃げる卑怯者がいる」
 こういうことを内心で思ったとしても、少なくとも公の場ではそのまま口にしないのが“大人の態度”というものだろう。だが石丸市長は平然と口に出す。
 議会が気に入らないから答弁をしない。記事が気に入らないから取材に応じない。これでは“子供の喧嘩”だ。もっとも私自身、大人になり切れていないことを人一倍自覚しているので、偉そうなことを言えた義理ではないのだが…。
市長の手法すべてに賛同はできないが…
 こうした市長の言動は、良くも悪くもネットで注目を集めた。“つぶやき”には賛否双方の意見が盛んに飛び交う。
 私自身、現場で取材したわけではないが、映画で見る限り彼の手法のすべてに賛同するとは言い難い。
 だがこの映画は「石丸市政の是非」を問うものではないだろう。一番伝えたかったのは市長の以下の発言に代表されることではないか?
「政治家というものは公に議論をしなくちゃいけない」
「議論せんでも行政は動いとった、根回しで」
 これまでの政治は役所と議会が陰でコソコソ話を付けて結論を出していた。それが当たり前で、市民は「お偉いさんが勝手にやってること」だとあきらめていた。私自身、NHK記者として各地で地方政治を取材してきた体験とも重なる。談合政治だ。
 こうした風土が参院選の大規模買収事件を引き起こし、現金を受け取っていた前の市長は辞任。石丸氏が彗星の如く現れて初当選する。打ち出したのが「政治の見える化」だ。みんなに見えるところで議論して決める。SNSYouTubeでどんどん発信する。
 だが古い手法に慣れた議会はついていけない。
「議論せんでも行政は動いとった、根回し政治で」
「結論だけわかればいいんじゃないですか」
 そういう従来の手法が地域社会の衰退を招き、政治不信につながったのではないか。そこに一石を投じた石丸市長の姿を描くことで、映画は「政治を自分ごととして考える」きっかけを提示しているのだろう。
 それは、この連載で最初に紹介した『映画 〇月〇日、区長になる女。』で描かれた杉並区長選にも重なる。世の中を変えたい、変わりたいと願う人がじわじわ増えているのかもしれない。
ずらりと並んだ『地球の歩き方
 石丸市長の自宅で、パソコンの横に『地球の歩き方』がずらっと並んでいるシーンに目を引かれた。私もかつて愛用した旅行ガイドブック。世界を旅して自分の目で確かめる。それが「見える化」の原点かもしれない。
 石丸氏は1期目の任期満了を前に、6月告示の都知事選への立候補を表明した。安芸高田市でやったように、東京でも「見える化」を貫くのだろうか?
『#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】』
STORY
 広島県北部に位置する人口26,000人余りの安芸高田(あきたかた)市。過疎・高齢化が進む小さな地方都市で、2019年参議院議員選挙の際の大規模買収事件で、現金を受け取った当時の市長と市議3人が辞職した。
 2020年8月に急きょ実施された市長選で、市民が選んだのは、政治経験ゼロ、元銀行員の37歳・石丸伸二だった。石丸市長は、「政治の見える化」を掲げ、ツイッター(現X)での情報発信を積極的に行い、市民からの期待も高まるが、最初の議会から紛糾する。
 非合理的と判断した事業の中止や新しい政策を次々と打ち出す新市長と、従来の手順を重んじる議員たちとの溝が深まるなか、石丸市長のある投稿をきっかけに、議会は思わぬ方向へ展開していく――。
STAFF 
監督:岡森吉宏/2024年/⽇本/106分