ジャズの反骨、浪花のモーツァルト逝く(2024年5月20日『産経新聞』-「産経抄」)

キャプチャ
作曲家のキダ・タローさん
「僕は〝浪花のモーツァルト〟と呼ばれてますけどモーツァルトは大嫌い」。意外にも作曲家のキダ・タローさんはかつて弊紙のインタビューにそう答えていた。「ああいう一見、冷(ひや)こい音楽は嫌いです。ショパンみたいに、切ったら血がガーッと出るような情熱のほとばしる音楽やないと」。卒寿の前の春だった。
▼かに道楽に日清出前一丁アサヒペンなどのCMソング。「2時のワイドショー」などの番組テーマソング。どのメロディーも軽快で耳に残る。いわば音楽の名コピーライターだ。共通するのはその人柄を映したような明るさである。
▼亡き兄のアコーディオンで音楽を始めた。人生を変えたのが、終戦直後にラジオから流れてきたジャズ。クラシック音楽とは異なる、今まで聞いたことがない輝きと楽しさ、明るさ。そこに反骨精神を感じたという。やがてジャズバンドで鍛えたアドリブ(即興)力で作曲・編曲の才能を開花させた。
▼一方でタレントでも活躍、当意即妙の毒舌が小気味よかった。敬愛を込めて「キダ先生」と呼ばれたのは下品にならないスマートさがあったからだろう。
▼実はユーモアあふれる名文家でもあった。僚紙・大阪新聞の連載を書籍化した『キダタローのズバリ内証ばなし』は続編も出て楽曲さながらの名調子である。「作曲家なのにヒット曲がない」とのヤジに「音楽的才能は、かずかずの音楽テーマに見事花開いておりますがな」と反論した。
▼同じ作曲家でも充電期間を過ごすのに「ワテは家、團(伊玖磨)ハンは海外」と嘆いた自虐ネタもご愛嬌(あいきょう)。「大抵の曲は恐怖から始まる」と弱音も吐きつつ依頼に応えて作曲数は3千、5千とも。楽譜は残さず記憶を残し愛すべき反骨の天才が逝った。