市販薬のオーバードーズ 若者に寄り添う支援が先決(2024年4月11日『佐賀新聞』-「論説」)

 若者の間に、風邪薬やせき止めなどの市販薬を過剰摂取する「オーバードーズ」が広がっている。一時的な気分の高揚で嫌なことを忘れるためとみられる。背景にあるのは、それぞれが抱える「生きづらさ」だろう。市販薬は覚醒剤大麻などと違って違法薬物ではないが、健康被害につながる恐れがある。また、オーバードーズを繰り返す若者は「依存症」になっている可能性が大きい。「ダメ。ゼッタイ。」の予防教育は大事だが、若者の心に寄り添い、回復を支援することが先決だ。

 厚生労働省の調査によると、オーバードーズが原因と思われる救急搬送は昨年の上半期で5625人に上った。そのうち、10代と20代で全体の約半数を占めた。性別では女性が多いことも特徴の一つだ。また、2021年5月~22年12月に全国7カ所の救急医療機関オーバードーズで救急搬送された急性中毒患者122人の平均年齢は25・8歳で、女性が約8割の97人を占めた。この調査対象には佐賀大医学部附属病院も含まれ、オーバードーズは10~20代の子どもを持つ県内の保護者にとっても決してひとごとではない。

 市販薬の大量摂取を繰り返せば意識障害や呼吸不全を引き起こす恐れがあり、命にかかわる。だが、その危険性を承知の上で摂取しているのではないだろうか。覚醒剤大麻といった「薬物依存症」が形を変えて広がっているといってもいい。

 国は対策の一つとして、依存性がある成分を含む市販薬を20歳未満が多量購入することを禁じる方針だ。薬物依存症対策には供給元を絶つことが有効だが、なぜオーバードーズを繰り返すのか、根本的な要因に目を向けることが必要だ。

 そもそも依存症はどういう病気なのだろう。人はうれしいことや楽しいことがあると、脳内にドーパミンという物質が分泌される。「幸せホルモン」とも呼ばれ、この物質によって人は快楽を感じ、やる気を出す。目標を達成したり、人に褒められたりすることでうれしく感じるのも、ドーパミンが分泌されるからだ。

 ところが、こうした達成感や「承認」の経験を得られないと人は寂しさを感じ、満たされない思いを抱く。その心の穴を埋めてくれる人がいなければ、ドーパミンを活性化する効果を持つ「薬物」に頼ってしまう。薬物乱用は違法だから同じ効果が期待される市販薬を摂取する。単純化しすぎかもしれないが、これが「オーバードーズ」の“基本構造”と思う。

 10~20代にオーバードーズが多いのは、若者が現代社会に不条理を感じているからだろう。若者を過度な競争に追い込んでいないか。生産性や効率性だけを重視し、役に立つ、立たないで選別するような雰囲気になっていないか。人の役に立つのは素晴らしいことだが、それだけが人の存在意義ではないはずだ。

 人はそれほど強くない。悪の誘惑にも、欲にも弱い。だから支え合い、時には監視し合って互いを戒める。薬物依存症は「孤立の病」ともいわれ、罰則では防げない。解決策の一つは「つながること」。市販薬ではなく、人や居場所など多くの依存先をつくることが大切だ。「そばにいる人に安心して依存していいよ」。若い人たちにそう思わせる社会をつくりたい。若者も悩みがあれば一人で抱え込まず、まずは口に出そう。助けてくれる人がきっと現れる。(中島義彦)