君が代の罠(2024年4月11日『山陰中央新報』-「明窓」)

選抜高校野球大会の開会式で、君が代を独唱する松江北の門脇早紀さん=3月18日、甲子園球場
選抜高校野球大会の開会式で、君が代を独唱する松江北の門脇早紀さん=3月18日、甲子園球場

 卒業式、入学式の時季は体育館が寒く、吹奏楽部員だった中高生時代、君が代の演奏前は人知れず緊張した覚えがある。卒業生や新入生が入退場する際の行進曲や校歌は気合と元気が大事だが、君が代は勝手が違う。

 楽器が冷えて特に低音が出しにくいところに、低く繊細に曲が始まるので神経を使う。式典の厳粛な空気も重圧だ。出だしが無事なら、ごまかしの利かないユニゾンでの合奏や滑らかに吹く難しさはあっても、楽譜は易しい。短い中に抑揚があり、さっきの緊張を忘れ、演奏中に美しい曲だとよく思った。

 スポーツの試合前に君が代を独唱する歌手は、さらなる緊張を強いられ失敗が話題になる。出だしの音程を誤り後半の高音が出なかったり、メロディーを間違えたり。誰もが知る曲とあって、すぐばれるのもつらい。

 先月行われた選抜高校野球大会の開会式では、松江北高校3年(当時)の門脇早紀さんが、見事に独唱した。これ以上の大舞台はなかろう甲子園で歌い終えた直後、浮かべた笑顔に抱えていた重圧を想像した。練習を重ね極限まで成功率や再現性を高めても、本番は別物と考えると不安は拭えず、結局は練習して歌を体に染み込ませるしかなかったはずだ。

 失敗事例を振り返ると、過度の緊張に加え個性や技量を見せようと難しげに歌い、君が代の罠(わな)にはまった場合がある。年度当初にいま一度、簡明の大切さに目を向けたい。(板)