年金だけでも十分暮らせる 老後の生活を守るのは情報を選ぶ力(2024年4月8日

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今回のゲストは、経済ジャーナリストの荻原博子さん。荻原さんは、経済事務所に勤務したのち、1982年に独立。社会のウソを見抜く観察眼と、読者の立場に立った歯に衣着せぬアドバイスが人気となり、多くの著書やメディアで経済への見解を語っています。今回のインタビューは、荻原さんがプロデュースした自宅にて、荻原さんの心に残った介護施設のお話や、年金の不安への考え方などをお聞きしました。荻原さんは、老後2000万円問題は解消したと言いますが、その理由とは……。

介護施設の良し悪しは、理事長の人柄が大きい

―― 荻原さんのご著書で、老人ホームでパワースーツを着たお話を読みました。荻原さんは、経済とともに介護分野にも造詣が深いのですね。

荻原 介護施設は興味があって過去にたくさん取材しました。パワースーツは、すごいと思いましたね。腰に巻くタイプのものを着てみたのですが、60キロの人を持ち上げるときでも30キロくらいに感じました。この技術がどんどん進化していけば、将来、いろいろなものを軽々と持ち上げられるようになると思います。

これだけテクノロジーが発達していくと、車椅子も、もっと進化するんじゃないでしょうか。下半身に不自由がある人も、将来、いろいろなところを歩けるようになるかもしれません。20年もしない間に実現するような気がしますね。

それからiPS細胞は、今は網膜までできるのかな……。将来は、自分の細胞で自分の悪くなったところを取り替えられるようになる可能性もありますよね。

―― ITとともに医学も常に進歩していますね。ちなみに、荻原さんは、なぜ老人ホームでパワースーツを着る体験をされたんですか?

荻原 たまたまパワースーツを使っている施設があったので、やらせてくれたんです。

―― それは、いつ頃でしょうか?

荻原 もう何年も前のことです。「アルテンハイム鹿児島」という介護施設でした。理事長が、新しい技術を取り入れることに熱心で、すごく進んだ施設でしたね。初代の院長は、二科展にも入った画家の方。介護施設とは別に美術館があって、東郷青児の絵などが飾ってあったんです。今は、奥さんが理事長なんだけど、病室の天井を見上げると、絵が目に入るようになっていて。

その絵を1~2ヵ月に1度取り替えるんです。寝たきりの人は動けないけど、上は見るわけですよね。入院していてもそうやって絵を楽しめるのはすごいなぁと思いますね。

―― 毎日の気分が変わりますね。

荻原 それに、そこの施設では、オムツを使わないようにしていたんです。タブレットなどを使って時間管理を行うことで、決まった時間にトイレに行くようにしていました。そうすることで、オムツをしなくても過ごせるとかね。

―― ほかにも印象に残った施設はありますか?

荻原 福岡の大宰府にある施設も印象に残っています。とても熱心な女性の理事長が運営していて、素晴らしい介護をしていました。

そこでは、入居者の方が亡くなるときは、みんなで周りを取り囲んで、お見送りをしていました。眉玉のようなお棺で、家族が、亡くなった方の身体を洗うんです。あれは感動しましたね。人に対してとても優しい施設だと感じました。

―― 理事長はどんな方だったのでしょうか?

荻原 そこの理事長は、がんの手術を何度かやった方なんです。よく生き延びてるなと思うんだけどね。そんな経験をするなかで、死というものを常に意識してきた方でした。その方のご主人とお母さんも、がんで亡くなったとおっしゃっていたと思います。

それに、もうひとつ特徴的な取り組みがありました。「居心地が良ければ帰ってくるだろう」という考えだから、施設に鍵をかけないんです。軽い認知症の方が、居酒屋に飲みに行ったあと施設に帰ってきたりするんだよね。

―― 命の危機に瀕したことが何度もあるからこそ、「自分だったらどうしてほしいか」を施設の運営に込めていたのですね。

荻原 情熱の塊のような人でしたね。振り返ってみると、施設の快適さは、理事長の考え方によるところが大きいと感じます。

施設を決める前に働いてみる?

―― 「両親の老人ホームの費用が不安」「年金で入れる施設を探したい」など介護のお金に関する不安の声を多く聞きます。このような悩みを持つ方へのアドバイスを、いただけますか?

荻原 地方に行くと、比較的入居しやすい施設も増えてきますよね。例えば、初任給が手取りで15万円とかだったら東京の都心部で暮らしていくのは難しいかもしれません。でも、地方では初任給13万円とかで新卒の人を採用していたりもします。

そういう意味では地域格差はとても大きい。それとともに、施設によっても、老人ホームのサービスには違いはありますよね。自分の目でいろいろ見てみるといいですよね。

―― 住み慣れた地域から離れたくないという葛藤がある方も、いるかと思います

荻原 動きたくない人は、とりあえず興味を持っている老人ホームで働いてみることを提案したいです。働いてみると、施設のなかのことが、よくわかります。それに働いている人は、ほかの老人ホームの情報をよく知っていますよ。「あそこの老人ホームは見栄えがいいけど、サービスはこっちの老人ホームの方がいいよ」というような話も聞けますよ。

―― 生の情報を知ることはできますね。

荻原 老人ホームってピンキリだからね。入居者を虐待してニュースになる施設もあったりするじゃないですか。一方で、とても命を大切にしてくれる施設もあります。選ぶときはちゃんと選んだ方がいいよね。

―― 地域事情以上に、老人ホームの環境が快適であることの方が重要かもしれませんね。将来の介護に備えての資金計画のアドバイスもいただけますか?

荻原 2021年度の公益財団法人生命保険文化センターが行った「生命保険に関する全国実態調査」というものがあるんです。そのアンケート調査の結果では、5年ほど親を介護する場合、一人につき約600万円かかります。両親ともになると1200万円ぐらいですね。今の年配の方は、持ち家の人が多いじゃないですか。どうしてもお金が足りなかったら、家を売って足しにする方法もあります。

コロナ渦で老後2000万円問題は解消

―― 老後の備えというところでは、老後2000万円問題が話題になりましたね。この問題に対する荻原さんの見解はいかがですか?

荻原 まずは、老後2000万円問題とは何かというところからお話しします。ことの発端は、金融庁が2019年に公表した「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書」という報告書の情報です。この報告書のなかで「老後2000万円足りなくなるので投資をしなさい」ということが伝えられました。それを見て、みんなびっくり仰天した。数字の根拠はどこかへ飛んでしまって「2000万円」という数字だけが、一人歩きすることになったんです。

では、その根拠は何だったのか……。総務省の家計調査を見ると、夫65歳以上、妻60歳以上の、夫婦のみ無職世帯の場合、もらえる年金だけの金額では、毎月約5.5万円の不足が出るという計算になったんです。その計算の場合、100歳まで生きたら2000万円近く足りなくなるよという話です。

これは、使う金額ともらえる年金額の差が5.5万円あるために出てきた話なのですが、いつの間にか老後2000万円問題は解消しましたね。なぜなら5.5万円の差額は、ある程度、余裕を持って暮らした場合のモデルケースをもとに計算されています。コロナ渦で、贅沢せずに楽しむ過ごし方が定着したし、この物価高で、みんなお金を使わなくなっています。だから、今、同じ計算をすると差額がなくなるんです。

―― 問題が解消したというのは、良い方に捉えていいのでしょうか?

荻原 良いことではないです。実質賃金は22ヵ月連続で下がっているのに、消費者物価指数は全然上がらない状況です。みんながお金を使わなくなると国の経済は悪くなりますからね。

―― コロナ渦は、本当にいろいろな変化をもたらしていますね。

荻原 やっぱり、発想を転換しなきゃいけないということが、わかったんだよね。バブルはもう来ないから堅実に生活するしかないと。まぁ、一部の人のところにはバブルが来ていますけどね。

―― と、言いますと?

荻原 株で大騒ぎしている人たちですよ。いま、投資バブルになってるよね。でも大多数の人は投資してないしね。

―― 荻原さんは「投資はよっぽどお金に余裕がある人がやるものだ」と仰っていますよね。

荻原 だって投資というのは増えるかもしれないけど、減るかもしれないじゃないですか。

どっちに転ぶか分からないんだったら、博打みたいなもんですよ。博打とは言わないけど、博打みたいなもんだから、生活するためのお金で投資すると、大変なことになりますよね。

―― 特に30~40代の人は「将来、年金がもらえないんじゃないか」という不安があると思います。それも投資に駆り立てる動機のひとつになっているのではないでしょうか。

荻原 岸田さんが出てきたとき、たしか「令和版所得倍増計画」って言ってましたよね。それがいつの間にか「令和版資産所得倍増計画」になりました。2文字変わることで、広く生活者を対象にした話から、資産を持っている人だけを対象にした話になります。「令和版資産所得倍増計画」のもとで出てきたのは何かと言ったらNISAです。所得倍増してくれたらこんな話ではなかったんだけど、話がすり替わっちゃったんだよね。

―― NISAは興味を持つ人が増えていますね。私の周りでも、NISAを利用している人が多いです。

荻原 やりたい人はやってもいいけど、損しても自己責任ですからね。

―― 荻原さんはどのように将来の備えを行うべきだと考えていますか?

荻原 家計を健全化するためには、まず借金をなくすことですね。あとは現金をある程度持っておいて、余裕があれば投資をする。でもね、今、みなさんお金の余裕はないと思いますよ。なけなしのお金で投資をするのは危険だと思いますね。

家庭を守るには、堅実に働く方が賢いかもしれません。お父さんの給料だけでやっていけないなら、家族も働くと少しは楽になるよね。それから、もちろんお金を無駄にしないこと。今、若い方でミニマリストになっている人も少なくないですよね。今まで執着していた家や車なんかは、必ずしもなくても良い、と考える人も増えてきたことがわかります。

―― ぜいたくすることに価値を置くのか、あるもののなかで楽しむのか、というところでしょうか。

荻原 ミニマリストってそうですよね。ただケチケチしているのではなくて、自分がセレクトしたものに囲まれて生活するのを良しとしている人たちです。チョイスじゃなくてセレクトしているので、それ自体は満足するじゃないですか。しかも、やたらに買ってないから節約になります。

―― コロナ禍になってミニマリストの人が増えてきた実感はありますか?

荻原 そうですね。お金をかけずに楽しむ方法は増えましたね。例えば、移住支援制度として政府が掲げる起業支援金や移住支援金の申請期限は、2019年から2024年度までの6年です(2024年4月時点)。生活コストが抑えられるから「都会に出られる距離であれば、田舎に住んでもいいじゃない」と考える人が増えました。田舎にいてもZoomやSkypeでやり取りして、人とつながることができるしね。

もちろん、直接会う方が良いときもあります。でも、どうしても遠方にいる親に会いに行けないようなときも、ZoomやSkypeでお話ができるわけです。

実はうちも、母との連絡にSkypeを使っています。うちの母は97歳になるのですが、今、施設に入っているんです。コロナの間は会えなかったので、Skypeで話せるようにしました。続けるうちに、これは良いなと思って、毎日、時間を決めて母と話しています。そうすると、向こうも楽しみにしてくれるしね。認知症の進行を抑えることにもつながっていると感じています。

私が、仕事で時間をつくれないときは、妹や弟からSkypeで連絡とってもらっています。とにかく1日1回は誰かが母と話をする。施設にいると、孤独だと感じることもあるんじゃないかと思うんだよね。でも私たちが連絡をとることは、母の安心につながっているんじゃないでしょうか。

年金の不安にどう向き合うか

―― 2023年8月に『年金だけで十分暮らせます』を出版されたと思います。読者に伝えたかったことを教えてください。

荻原 年金で暮らせる生活にしましょうという提案ですね。普通のご夫婦だったら20万円ほどの年金はもらえると思います。子どもの教育にお金がかからない状況で、ご自宅のローンが終わっていたら、生活費20万円ということです。電気代などを含めて、いろいろ高くなっているけど、工夫すれば暮らしていけないことはない金額です。

ただ、自営業者の方は国民年金なので、それより年金が減ります。その代わり、元気であれば、いつまでも自分の意思で働けます。

―― ちなみに、多くの年金を見込めない世代は、どうやって備えていったらいいでしょうか。

荻原 若い世代だったら、積み立て貯金をしていく必要があります。それから、大学の奨学金を返さなきゃいけない人は、とりあえず返しましょう。奨学金はローンと同じです。延滞すると、債権回収会社が取りに来ますからね。

それから若い方は、お家を買うじゃないですか。可能であれば住宅ローンを早く返すようにしましょう。とにかくローンのある方は早く返すことが大切です。そのうえで、ある程度の貯金を現金でしておくこと。

若い方であれば、余ったお金で投資をしてもいいと思います。もし投資で失敗しても人生の肥しになるので、また取り戻せる可能性もあります。逆に、失敗した方が身になるよね。あんまり最初からウハウハ儲けちゃうと、長い目で見たら残っていかないと思うしね。失ってもいいお金があるんだったらそれでやってみましょうと。でも年配の方は一度すってしまったら、なかなか取り戻せないよね。

専門家は頼るものではなく利用するもの

―― 『年金だけで十分暮らせます』にあった「専門家は、頼るのではなく利用するもの」という言葉が、とても印象に残りました。

荻原 頼ると、だいたいろくなことになんないよね。例えば、保険の専門家だと思って頼ったとしても、実際は営業マンである場合もあるでしょ?このように本当に頼りたい人でなかった場合もありますよね。なので、頼るんじゃなくて、利用すればいいんじゃないかと思っています。

―― 自分の知識が乏しい分野だと、専門家と名乗る人につい頼りたくなる心理が働くのかもしれません。

荻原 聞くのはいいけど、頼っちゃダメだよね。

―― ある程度、自分で知識を持っておくことが必要ですね。

荻原 それが大切です。そのことに関しては、私も苦い思いをしています。実は最近、私がSNSかなんかで投資を勧めている画像が山のように出ているみたいなんです。それに引っかかってお金を巻き上げられている人もいるらしくて……。まず、私SNSやってないし。だからその画像はインチキなんだけどね。そういうのになんでコロコロ引っかかるかねぇと思うよね。いろいろな人の意見を聞いて、そのなかから正しいと思うことを参考にするのはいいけど、頼っちゃダメですよね。

―― 知ったうえで、セレクトは自分がするということですね。ちなみに、荻原さんは今後の備えをばっちりしてこられたのでしょうか。

荻原 私自身は、すごく備えていますよ。備えることをアドバイスする仕事なのでね。

―― まず元気な限り続けられる仕事を持っていること自体も備えですかね。これからもずっと仕事していきたいと思いますか?

荻原 私は、仕事をしたくても頼まれるかどうか分かんないからね。それはもう相手があってのことだから。人間いつどうなるか分かんないけど、なんかぼちぼち元気にやってればいいかなって気はしますけどね。

―― ありがとうございます。今後のご著書でも、荻原さんの歯に衣着せぬ見解を楽しみにしています。

 

取材/文:谷口友妃 撮影:熊坂勉

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