最近、おじさんが意外な場所で働く姿を見かける。給料が上がらない。本当に年金もらえるの? AIに仕事を奪われる…!
将来の不安から副業を始める中高年男性が増えているのだ。
おじさんたちはどんな副業をしているのか、どれくらい稼いでいるのか、あるいはまったく稼げていないのか。組織をはみ出し、副業を始める全力おじさんの姿をより深くレポートする。(若月 澪子:フリーライター)
■ 介護施設で副業している敏腕ライター
副業をする中高年男性に取材していて、なかなか出会えない仕事がある。介護や保育などのケア労働だ。
定年退職後にケア労働に就きたいというホワイトカラーの中高年男性は、わずか数パーセントしかいないというデータもある(出所:『中高年男性の働き方の未来』(小島明子、金融財政事情研究会)、115ページ)。
なんだかんだ言ってセカンドステージも、スーツを着てオフィスにいたいというおじさんは多い。
中高年男性に人気の副業は、試験監督、企業イベントの設営や受付、物販など。アカデミックさがあり、責任が軽く、人間関係が面倒臭くない仕事が選ばれやすい。
かたやケア労働は、アカデミックさが語られることは少なく、責任は重く、人間に深く関わらなければならない。
とはいえ、ケア労働はAIに仕事を奪われにくい分野と言われる。生成AIなどによってオフィスワークが消滅しても、マニュアルが通用しない介護職は自動化されにくいうえに、定年後も長く働ける。そして介護は深刻な人手不足でもある。
注目すべきは、介護施設の夜勤の日当だ。都内は1万5000~3万3000円くらい。無資格でも働ける施設もあるし、おじさんが取り組むにはちょうどいい副業ではないのか。
……などと勝手なことを考えていた時、とうとう「介護施設で副業している」という中高年男性に出会った。
そのおじさんは、かつて野球選手やオリンピック選手など、一流アスリートを取材し、有名スポーツ誌にも寄稿してきた敏腕ライターである。
■ 介護より警備のほうがアカデミック? !
スポーツライターのBさん(58)は、野趣の中にどことなく哀しみをたたえるおじさん。歴戦の「傭兵」のような雰囲気が漂う。
20代で出版社勤務から独立し、フリーライターとして執筆活動をするかたわら、10年ほど前からさまざまな介護施設で介護職の副業をしてきた。
「ずっと雑誌や本を書いてきたけれど、もう紙の出版がダメでしょう。それで介護施設のシフトを週に数日入れるようになりました」 なぜ介護を選んだのか。
「自分の子どもが障害を持っているんですよ。将来、子どもを任せられる施設をきちんと見極めたいと考えて、現場に入ることにしたんです。それに夜勤だとしっかり稼げますし」
「介護」と一口に言っても、高齢者のみならず障害者介護の現場もある。Bさんはさまざまな介護施設で入居者の食事、入浴、排泄などの介助、レクリエーションなど一通りの仕事を経験してきた。
今はシフトに週3~4日入り、介護福祉士の資格も取っている。もはや介護のプロと言っていい。
「素人のおじさんでも、副業としてできるでしょうか?」と聞いたら、傭兵の眼鏡のカラーレンズがギラリと光った。
「できると思いますよ。中高年男性でも引く手あまたの仕事と言えば、介護か警備ですしね。ただ、どっちか選べって言われたら、介護より警備のほうがアカデミックですが」
介護より警備のほうがアカデミック? ! 予想外の弾がぶっ放される。そこから、Bさんによる介護業界の怒涛の告発が始まったのである。
■ 「傭兵」が語った介護業界のカネ、女、暴力
「傭兵」が語ったのは介護施設で目撃した「カネ、女、暴力」の話である。 「とある障害者施設では、腕に派手なタトゥーを入れた40代の男性スタッフが、入居者に性的暴力を振るい、さらには複数の女性スタッフと関係を持ち、カネまで貢がせていた」
「とある施設にいた若い女性スタッフの中には、元風俗嬢や元AV嬢などもいたが、新宿の立ちん坊で検挙されて働かされていると聞いた」 などなど。どこの「組」の事件ですか? という話が続く。
「もちろん施設によりますよ。ちゃんとしてるところはちゃんとしてます。でも寄せ集めのスタッフしかいないと、まともなサービスができてなくて悲惨です」
Bさんが経験した施設は人手不足でスタッフの質が担保できず、「底辺の吹き溜まりのような職場だった」というのだ。
「いくらでも手が抜ける仕事なんです。夜勤なんて、警備員のつもりで来ている男性は多いですよ。誰かがお漏らししてもほったらかし。仮眠だけして終わりという無責任な人はいくらでもいます」
これなら「将来、自分の子どもや自分がお世話になる場所を見極めたい」と考えて現場に入るのは、納得できる動機だ。
■ 素人が気軽に参入できる副業なのか?
高齢者介護に長年携わり、著作家としても知られる村瀬孝生さんの本の中に、こんな言葉がある。
あえていえば、ぼくたちの社会は(高齢者や障害者を)合法的に抑制し隔離する場所を介護現場にこっそりと求めている。(『シンクロと自由』村瀬孝生 医学書院)※カッコ内は著者補足 私たちは介護施設を社会の免罪符のように思い、そこで暮らす人、働く人たちの現実は見て見ぬふりをしているのかもしれない。
「ちょっと副業で入れないか、介護求人に応募してみようかな」
筆者がぼそっと言うと、傭兵は一言。
「嫌なことばかりだと思いますが、頑張ってください」
筆者(40代主婦)の介護キャリアはゼロに等しい。高齢の義母や父の、トイレ介助やオムツ交換を数回手伝ったことがある程度。その数回でさえ、成人の汚物のニオイにショックを受けて泣きそうになっていた。
必要なスキルをBさんに聞くと、 「あえて言うなら家事スキルかな。子育て経験があれば大丈夫ですよ。料理ができたほうがいいけれど、給食のおばさんがいる施設なら不要です」 Bさんは今の施設で、料理も担当している。
「最近の悩みは、みそ汁の味がなかなか定まらないことなんですよね」
■ ショートステイの面接で受けた衝撃の一言
とりあえず「介護 単発」「介護 無資格」などでググると、ザクザクと求人は出てきた。「無資格」の場合、有資格者より100~200円ほど時給は下がる。
あれこれ悩んだが、都内の自宅から徒歩圏内の「ショートステイの夜勤の介護職 無資格OK 日当1万8000円」という求人に「週イチでパートしたい」と応募してみた。一応説明すると、ショートステイは自宅で介護されている人が単発で宿泊できる施設のこと。
面接に行ったのは、とある有名企業が介護事業に参入した高齢者介護施設。近所なのに、壁の向こうの世界を知らずに素通りしてきた。
入口には「ドライバー、介護職 急募!」と、赤文字でプリントされた貼り紙がある。
中に入ると、10名くらいのおばあちゃんと数名のおじいちゃんが、細長いテーブルを囲んでちんまりと腰掛けていた。彼らの前には「チャレンジ脳トレ!」と書かれたプリントが配布されているが、誰も取り組んでいない。
「介護のプロではないが、とりあえず孫か娘にはなれるのでは……」と淡い期待を抱いてみる。そして出てきた施設長だという30代くらいの女性は、簡単な面接を済ませると、ため息をつきながら言った。
「すぐにでもシフトに入っていただきたいのですが、人手不足のため無資格で未経験の人を指導する余裕もないのです。もし不採用になっても、そう思ってご了承ください」
筆者が首を傾げていると、 「もしシフトに入っていただく場合、10人が宿泊するショートステイを一人で受け持っていただくことになります」 !! ! いきなりたった一人で10人のじいちゃん、ばあちゃんの「娘」になれというのか。どう考えても無理がある。
素人が十分な研修なしにシフトに入るのは危険だ。利用者が食事を喉に詰まらせたり、転倒するなどの事故が起こる可能性もあるだろう。パートの面接だけで介護現場の人手不足を思い知り絶句した。
■ 初心者にはガイヘルがおすすめ
1週間後に不採用を伝える「お祈りメール」が届いた。いくら人手不足でも猫の手はジャマでしかない。一方で、不採用になってどこかホッとしている自分がいる。
結果はBさんにも伝えた。自分の無知と無力さにうなだれていると、彼がさりげなく言った。
「初心者が介護を副業でやるなら、まずはガイヘルがおすすめですよ」
ガイヘル? なんすか、それは。
「ガイヘル、ガイドヘルパー。障害者や要介護の高齢者が外出する時に、付き添いをしている人がいるじゃないですか。2日ほどの講習を受ければ、ガイヘルの資格が取れるので、週末に副業でできますよ」
やはり傭兵は、強くて優しいおじさんだった。
素人はできることからステップアップするのが一番である。ガイドヘルパーの時給は1300円程度(東京都の場合)、資格の講習費は2万円程度だ。
結論。無資格・無経験の素人が週イチで施設介護の副業を始めるのは、わりと無理がある。ただし週に数日入れるなら、腹をくくって要検討。現場で修行を積めば、介護の資格も取れるし、将来役に立つ可能性もある。
「まずガイヘルの研修受けてみようかな」筆者が言うと、 「世界線を変えようとする人、尊敬します」
傭兵のカラーレンズがキラッと光る。彼はどれくらい世界線を変えてきたのだろう。ケア労働への道は平坦ではない。世界線を越えてみよう。
(いずれ続報お伝えいたします)
若月澪子(わかつき・れいこ) NHKでキャスター、ディレクターとして勤務したのち、結婚退職。出産後に小遣い稼ぎでライターを始める。生涯、非正規労働者。ギグワーカーとしていろんなお仕事体験中。著書に『副業おじさん 傷だらけの俺たちに明日はあるか』(朝日新聞出版)がある。
若月 澪子
【関連記事】