矜持の外交(2024年3月21日『福島民報』-「あぶくま抄」)

 「マンガニッポン」の一つの頂点と言える。異色の大作「沈黙の艦隊」ドラマ版が動画配信され、話題を呼ぶ。国防、世界平和の重みを考えさせる

海上自衛隊員が、日米共同で建造した原子力潜水艦を乗っ取った。新たな世界秩序を掲げ、独立国家を名乗る。対応に奔走する総理役を、俳優笹野高史さんが味わい深く演じた。見かけは頼りないが、胆力を秘めている。武力制圧に傾く米国大統領を相手に、平和的解決を求めて一歩も引かない。毅然[きぜん]とした姿は、政治家の理想像でもあろう

▼現実の国際社会に漂う暗雲は、厚みを増している。北朝鮮からまた、弾道ミサイルが飛んだ。スウェーデンNATO加盟はロシアを刺激し、欧州に新たな火種が生まれるとの見方も。経済不振の中国の動向はより不透明になり、台湾海峡の緊張は解けない。食料、資源の供給がぐらつけば、県民の暮らしも揺らぐ。遠い海の向こうの話で済まない

▼今秋の米国大統領選は、前回と同じ顔触れになるという。いずれが勝利しても、「世界の警察」の存在感は、さらにかすんでゆきそうだ。各国のリーダーよ、混迷の予感を前に「沈黙」はご法度。融和を目指し、今こそ矜持[きょうじ]を曲げぬ外交を。

 

解説
1988~96年に講談社の週刊漫画誌「モーニング」にて連載された、かわぐちかいじの名作コミック「沈黙の艦隊」を、大沢たかおが主演のほかプロデューサーも務めて実写映画化。

日本近海で、海上自衛隊の潜水艦がアメリカの原子力潜水艦に衝突して沈没する事故が発生。全乗員76名が死亡したとの報道に衝撃が走るが、実は全員が生存しており、衝突事故は日米が極秘裏に建造した日本初の高性能原子力潜水艦「シーバット」に彼らを乗務させるための偽装工作だった。しかし艦長の海江田四郎はシーバットに核ミサイルを積み、アメリカの指揮下を離れて深海へと消えてしまう。海江田をテロリストと認定し撃沈を図るアメリカと、アメリカより先に捕獲するべく追う海自のディーゼル艦「たつなみ」。その艦長である深町洋は、海江田に対し並々ならぬ感情を抱いていた。

プロデュースも手がける大沢が海江田、玉木宏が深町を演じ、上戸彩中村倫也江口洋介が共演。監督は「ハケンアニメ!」の吉野耕平。

2023年製作/113分/G/日本
配給:東宝
劇場公開日:2023年9月29日

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