冷たい雨のなか1万5千人が一般参賀に集う一方で、ネットなどでは皇室への誹謗中傷がやまない。この状況をどう考えればいいのか。AERA 2024年3月18日号より。
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「皆さん一人一人にとって、穏やかな春となるよう祈っております」
天皇陛下が64歳の誕生日を迎えた2月23日、皇居で行われた天皇誕生日の一般参賀。小雨が降り、気温は約2度という寒さのなか、訪れた約1万5千人に天皇はこう語りかけた。1月の新年一般参賀は能登半島地震の影響で中止となったため、今年になって初めての参賀だった。
そもそも「一般参賀」とは何か。象徴天皇制を研究する名古屋大学大学院准教授の河西秀哉さんは、こう話す。
「初めて行われたのは戦後、1948年の新年です。天皇は日本国民の統合の象徴であり、その地位は日本国民の総意に基づくと憲法に明記され、『国民との関係性』が重要視されるようになり、『国民との近さを象徴するもの』として始まりました」
■手ごたえ得られる機会
一般参賀は皇室にとっても意義があると、河西さんは言う。 「たとえば訪問先の地方で出会う国民とは違い、一般参賀に来るのは『天皇に会いたい』と強い意志を持つ能動的な人たち。自分たちがどういうふうに見られているかを肌で感じ、『手ごたえ』を得ることができる機会でもあると思います」
能動的にやってきた国民が、天皇の生の姿、肉声を聞く。天皇もその姿と反応を見た上で、「冷たい雨が降る厳しい寒さの中、誕生日にこのように来ていただき」と応じる。一般参賀は象徴天皇を体現する行事になっていると、河西さんは言う。 「一方で、1万5千人が雨のなか傘もささず天皇の言葉を、という光景からは、戦前来の『天皇の権威』を引き継いでいる、そんな印象も私は受けます」
河西さんは平成の後半頃から、天皇や皇室に対し「権威的であること」を求める傾向が気になっているという。そのことは、近年の秋篠宮家などへの執拗なバッシングとも根っこがつながっていると指摘する。
「天皇や皇室に権威的なものを求める人たちには『(彼らは)公に尽くさなければならない』という感覚がすごく強い。いまの上皇ご夫妻が平成の時代に頻繁に被災地を訪れ、公に尽くす姿を見て、天皇や皇室が好きになったという人たちもいる。そういう人たちから見ると、眞子さんの結婚の件などは金銭トラブルも含め『私』の部分が見えすぎてしまい、『裏切られた』という思いも強かったのでは」
一般参賀に1万5千人が集まる光景と、皇室への誹謗(ひぼう)中傷がやまない現実と。「両極」とも言える状況を、どう考えればいいのか。河西さんは「勝ち組」「負け組」で分断されるいまの社会状況も影響していると見る。
■会見での印象的な発言
「雅子さまが病気療養で十分に公務ができなかった頃、皇太子の退位をうながす『廃太子論』も出るほどだった現天皇に比べ、眞子さん、佳子さまに続いて皇位継承権のある男の子(悠仁さま)も生まれ、『順調』だった秋篠宮家は、『平成の勝ち組』に映ったかもしれません。『うまくいっている方の人』を、いっていない人たちが何かのきっかけで徹底的に袋だたきにし、鬱憤(うっぷん)を晴らす。そんな風潮が『両極の状況』の背景にあるのではないかと思います」
天皇は2月21日に記者会見も行った。河西さんは印象的なシーンがあったという。 「悠仁さまについて質問を受け、『少しずつ、皇室の一員としての務めを果たしてくれていることを頼もしく思っています』などときちんと言及されたことです。天皇家と秋篠宮家の間に分断があるかのような見られ方に対して相当に配慮された、という印象を受けました。このままでは国民統合の象徴たり得なくなる。そんな危機感さえお持ちではないかと想像します」
■自分事として想像する
いま皇室は皇位継承のあり方や皇族数の減少、皇族の人権についてなど課題が山積だ。河西さんは、天皇と皇室に任せっきりではなく国民一人ひとりが危機感を持ち、考えるべきと話す。
「たとえば、現在の皇室典範の規定では女性皇族は結婚したら皇族ではなくなります。議論が進まないと、愛子さまや佳子さまなど女性皇族にとってはこの先の生き方も定まらず、言わば宙ぶらりんの状態。そんな環境に置かれている人たちのことを、自分事として想像してみる。皇族が職業選択や居住の自由がないのはいまの制度上、仕方ない部分もある。でも今の日本社会でそんな状況に生まれながらに置かれた人たちがいることを認識し、『仕方ない部分』をどれだけ自分たちの方に近づけ、『人間としての自由と、象徴天皇制のバランス』をとっていくかを真剣に考えてみる。そこから始めるべきではないでしょうか」
小長光哲郎
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