旅立ちの春(2024年3月1日『中国新聞』-「天風録)

 きょうから3月。早い所では卒業式の高校もあるようだ。進学や就職で長年暮らした郷土を離れる若者もいるはず。新天地でつらい時には望郷の念に駆られたり、古里を思い奮起したりすることだろう

「郷愁の作家」と呼ばれた文人がいる。今月生誕120年を迎える木山捷平(しょうへい)。郷里の笠岡市を18歳で離れた後、文学で身を立てようと上京。なかなか認められず時間だけが過ぎる中、故郷への思いを深めたに違いない

▲「二十八の春」と題した詩がある。〈春が来たのに/わしや やつぱり/ユタンポをかかへてねとる。/ふるさとの 母よ〉。湯たんぽと母のぬくもりを重ね、恋しがったようだ。ひょうひょうと哀歓をつづる作風は晩年、多くの人に愛された

広島県は転出超過が全国最多。この春も大勢、首都圏や関西へ出るのだろう。今の若い世代はどんな場面に古里を感じるのか。わが家にも大学生と高校生の娘がいるが、見当がつかない

▲自然豊かな風景ばかりとは限るまい。木山は詩集「野」の後書きで「村のおばさんやおじさん」の掛け合いが作品の源になった、と記す。方言と笑いに満ちたやりとりを、若い人たちが懐かしく思い出してくれるといい。

【姫路文学館】企画展「生誕120年記念 木山捷平展」