クマも泳ぐ(2024年2月11日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 

 人と馬がおかしなジョークを交わし合う。「大西洋を初めて渡ったバスは?」「コロンバス」。見ているサーカスの客がどっと笑う

▼米作家バーナード・マラマッドの小説『喋[しゃべ]る馬』である。動物が人の言葉を話す。奇妙な設定が受け入れられなくもないのは、人類と馬の付き合いの深さゆえだろうか

▼クマが言葉をしゃべれたら、何と言うだろう。今シーズンの冬眠期前、列島各地で人々を脅かしたクマが、新たに「指定管理鳥獣」に追加されることになった。国がお金を出して自治体の捕獲などを支援する

▼先月までに過去最多の6人が襲われて亡くなった。秋田県などでは市街地にまで姿を見せ、住民を怖がらせた。狩猟者が減ったことで、人への警戒心が薄らいだとされる。過疎化や農地の耕作放棄が進み、人里近くに出没するようになった。農作物荒らしの代表格のようなイノシシやシカに比べ、生息数は格段に少ないが、駆除の強化もやむを得ないだろう。人獣の住み分けの折り合いどころを見つけなければならない

▼本州ほどの緊張感が九州にないのは、野生のクマが生息していないからだ。かつてのツキノワグマは乱獲などで絶滅したとされる。が、気がかりもある。イノシシが絶滅した天草の島々では今再び彼らが大繁殖している。海を泳いで渡ってきたとみられる。同じようにクマにも泳ぐ能力があるらしい

関門海峡を黒い影が渡ってきたら? きっと熊本に居座るはずだ。何せよく似た着ぐるみが頻繁に出没している土地柄である。