東京女子医大の背任事件に関する社説・コラム(2025年1月15・16・21日)

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女子医大の元理事長逮捕 経営私物化の全容解明を(2025年1月21日『毎日新聞』-「社説」)
 
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岩本絹子・元理事長の逮捕を受けた記者会見を終え、一礼する東京女子医科大の清水治理事長(右)と山中寿学長=東京都新宿区で2025年1月13日午後4時2分、北山夏帆撮影
 大学の経営がむしばまれ、医療機能が低下した。私物化の全容を解明しなければならない。
 東京女子医科大の岩本絹子・元理事長が背任容疑で逮捕された。
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東京女子医科大と元理事長の岩本絹子容疑者を巡る経過
 新校舎2棟の建設で、実態のないアドバイザー業務の対価として建築士に報酬を支払うなどし、大学に1億円余の損害を与えたとする容疑だ。うち約3700万円は元理事長に渡ったとみられる。
 新病棟建設の際にも、建築士に支払った報酬から、約5000万円を自身に還流させた疑いが出ている。トップを務めた同窓会組織で、職員らに不明朗な支出をした疑惑もある。
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東京女子医科大の岩本絹子・元理事長=大学ホームページより
 事実とすれば、立場を悪用して私腹を肥やすという言語道断の行為だ。捜査を尽くす必要がある。
 元理事長は大学創立者の親族で、2014年に大学の経営を統括する役職に就いた。付属病院で鎮静剤を大量投与された男児が死亡する事故が起き、経営が低迷していた時期だ。
 再建を託されたが、その手法は人件費の抑制や施設の集約など、徹底したコストカットだった。
 一時は黒字に戻したものの、待遇悪化で医師や職員の大量退職を招いた。事故を教訓に設置された「小児集中治療室」も短期間で閉鎖された。病床利用率は落ち込み、収支は再び赤字に転落した。
 一方で、自身の報酬は増額させていた。大学が設置した第三者委員会の報告書は「金銭に強い執着心を持っていた」と指摘する。
 異論を唱える人は排除され、経営陣は「岩本1強」体制になっていった。とはいえ、専横を止められなかった周囲の責任は重い。
 女子医大は、女性医師の養成に特化した国内唯一の大学だ。臓器移植や消化器などの専門医療でも評価されている。
 教育機関や高度医療の拠点として社会的責任がある。公費助成や税の優遇も受けている。
 混乱で最も影響を受けるのは学生と患者である。ガバナンスと経営の立て直しが急務だ。
 私立大の経営トップによる不祥事が相次ぐ。今年4月には、理事会に対するチェック体制を強化する改正私立学校法が施行される。
 公正で風通しの良い組織であるか、運営体制の不断の点検が求められている。

女子医大背任 理事長の専横をなぜ許した(2025年1月16日『読売新聞』-「社説」)
 
 医療を専門とする大学の経営再建を託された理事長が、厳しいコスト削減の裏で私利私欲を満たしていたとすれば、言語道断だ。警察は不正な蓄財疑惑を徹底解明してほしい。
 警視庁が、東京女子医大の元理事長岩本絹子容疑者を、新校舎建設を巡る背任容疑で逮捕した。
 岩本容疑者は、副理事長や理事長だった2018~20年、建築士に対し、実態のない業務の報酬という名目で、大学から1億円余りを不正に支出させ、大学に損害を与えた疑いが持たれている。
 警視庁は、このうち3700万円が岩本容疑者に還流し、ブランド品の購入などに充てられていたとみている。岩本容疑者の自宅などからは、現金2億円と、2億円相当の金塊も押収された。
 女子医大には、国の私学助成金も交付されている。不正な資金の流れを明確にする必要がある。
 女子医大創立者一族で卒業生でもある岩本容疑者は、14年に副理事長に就いた。当時は、付属病院で起きた鎮静剤の大量投与事故の影響で大学の経営が悪化していて、立て直しを担った形だ。
 教職員の人件費削減などで黒字化を果たし、19年には理事長になった。だが、こうしたコストカット優先の姿勢が医師らの反発を招き、退職者が続出した。昨春には同窓会組織を巡る不正給与疑惑で大学が警察の捜索を受けた。
 大学の第三者委員会は、問題が多発する背景に、岩本容疑者の「1強体制」と、金銭に対する強い執着心があったと指摘した。
 他の幹部たちは、トップの暴走を食い止められなかった。その結果、病院は患者離れが一層進み、大学運営は危機に 瀕 ひん している。
 人事や経理の権限を一手に握る容疑者の報復を恐れて異論を挟めなかったのかもしれないが、幹部らの経営責任も免れない。
 大学は岩本容疑者を理事長から解任し、支出のチェック強化などを盛り込んだ改善計画を公表した。計画を着実に実行することが信頼回復の第一歩となろう。
 東京女子医大は日本で唯一、女子だけを対象に医学教育を行う大学として、多くの女性医師を社会に送り出し、高度医療や地域医療にも貢献してきた。大学の混乱は、患者こそが被害者であることを、忘れてはならない。
 私大では近年、理事長らの不祥事が相次いでいる。今年4月には、ガバナンス(組織統治)の強化を図る改正私立学校法が施行される。組織の運営に緩みがないか、各大学で点検してもらいたい。

大学の統治不全に迫る捜査を(2025年1月16日『日本経済新聞』-「社説」
 
 東京女子医科大学の元理事長、岩本絹子容疑者が警視庁に逮捕された。校舎の建設工事を巡り、建築士に不当な報酬を支払い、大学に1億円超の損害を与えたとする背任容疑だ。警視庁は一部が元理事長側に還流したとみている。
 事実であれば、個人的な利益のために公的な教育機関を私物化した悪質な犯罪であり、徹底的な解明が求められる。他の大学も対岸の火事とせず、法令順守や内部統制の体制を再点検しなくてはならない。
 岩本元理事長は東京女子医大の卒業生で、経営再建を託される形で大学運営に関わるようになり、2019年に理事長に就任した。同大の第三者委員会が昨年公表した報告書は、元理事長に権限が集中する「1強体制」でガバナンス機能が封殺されたと指摘した。専横的な振る舞いを許した組織の体質に切り込む捜査が求められる。
 同大をめぐっては、同窓会組織への寄付が推薦入試や教員採用の評価になっていたことが問題視されたほか、付属病院の医師や看護師が大量退職する混乱も起きた。信頼は大きく損なわれている。
 疑惑が表面化した後、大学側は岩本元理事長を解任し、再発防止策を策定した。現経営陣は改革の進捗状況を丁寧に説明していく必要がある。低下した医療サービスの回復も急務だ。
 私立大を巡る不祥事は後を絶たない。21年には日本大学の幹部による背任や脱税事件が起きた。同事件でもガバナンス不全が指摘された。
 4月には改正私立学校法が施行される。理事会、評議員会、監事という学校法人の主要な機関の役割や権限を見直し、互いのけん制が働くようにした。だが、仕組みだけを整えても意味はない。
 トップの暴走や経営判断の逸脱を防ぐには、評議員や監事に執行部と対峙できる、識見のある人材が求められる。大学という複雑な組織の経営を担える能力のある人材を育て、増やしていくことも長期的な課題だ。

女子医大逮捕 解体的な出直しが必要だ(2025年1月16日『産経新聞』-「主張」)
 
  不明朗な資金流出疑惑で警視庁の捜査を受けていた東京女子医大の岩本絹子元理事長が逮捕された。容疑は1億円を超す背任だ。
  大学の校舎棟建設工事を巡り、嘱託職員とした建築士に、実態がないにもかかわらず、建築アドバイザー報酬名目で、給料とは別に約1億1700万円を不正に支払わせていた疑いが持たれている。
  問題は流出資金の使途だ。数千万円が岩本容疑者に還流した疑いがある。自宅など関係先から多額の現金や金品が発見されており、この出所や趣旨の解明も捜査の焦点となるだろう。
  昨年3月に捜索を受けた同大学から委嘱され、第三者委員会が8月に調査結果を報告した。そこには岩本体制の深刻な問題が指摘されていた。
  大学病院で医療事故が相次ぎ特定機能病院の承認が取り消された同大学は経営が悪化した。平成31年に理事長になった容疑者は人件費など経費を激しく削減し、一時的な黒字転換に成功したが、医療の質を顧みない削減は人材流出を招き、医療供給そのものが危機に陥った。
  その陰で容疑者は自分の報酬を上げ続け、第三者委は「金銭に対する強い執着心」「立場の弱い教職員を犠牲にした」と批判した。この延長線上で事件は起きたとみるべきだろう。
  疑惑について容疑者は学外に説明を一切しなかった。医大トップという公人の説明責任をどう考えているのか。極めて無責任だ。説明するよう促さなかった大学の責任も重い。
  同大学は解体的出直しが必要だ。なぜ容疑者の暴走を止められなかったか。第三者委報告と警察捜査を受け、自ら検証して経営態勢を見直し、組織統治を機能させなければならない。
  医療事故の反省から導入したものの、容疑者の誤った経営判断で停止した小児集中治療室をいかに再開させるか。脆弱(ぜいじゃく)化した医療供給体制をどう回復するか。問題は山積している。
  記者会見した同大学は、財務担当理事を置き、内部監査室を改革し、一連の問題に関係した職員への責任追及を行うなどの方針を明らかにした。施策を実効性あるものにするには進捗(しんちょく)を社会に公表する必要がある。
  この不祥事で最も被害を受けるのは患者だ。何のために同大学は存在するのか、根本的な認識から再生を図るべきだ。
 
「1強体制」不正の温床に/東京女子医大の背任事件(2025年1月15日『東奥日報』-「時論」/『山形新聞』ー「社説」/『佐賀新聞」 -「論説」)
 
 東京女子医大の新校舎建設工事を巡り、警視庁は背任容疑で元理事長の岩本絹子容疑者を逮捕した。実際には業務をしていない1級建築士の男性に大学から給与とは別に多額のアドバイザー報酬を支払わせ、1億円を超える損害を与えた疑いが持たれている。一部を側近だった女性を介して現金で受け取り、還流させたとみて解明を急ぐ。
 女子医大は「女性のみに医学教育を行う国内外で唯一の機関」として知られ、長年にわたり医療に携わる女性の育成に貢献。大学病院は臓器移植で有数の実績を持つ。だが2001年に心臓手術を受けた12歳の女子児童が亡くなり、高度医療を提供する特定機能病院の承認を取り消された。
 再承認後の14年、人工呼吸中は禁忌とされる鎮静剤の投与で2歳男児が死亡。再び承認取り消しとなり経営が厳しさを増す中、その年に再建を託され副理事長に就いたのが、女子医大出身で創立者一族の岩本容疑者だった。人件費削減などで結果を出し、19年には理事長に就任。5カ月前に解任されるまで「1強体制」を敷いたとされる。
 それを打破できるかが問われる。近年、私立大トップの理事長が絡む不祥事が続き、背景に理事長への権限集中があるとされる。今年4月に改正私立学校法が施行され、理事長や理事会へのチェック強化を図る。教職員や学生の声が理事会に届く仕組みも考えたい。
 警視庁は昨年3月、同窓会組織の一般社団法人・至誠会で、岩本容疑者と近い関係にあり勤務実態のない女性職員に不正に約2千万円の給与が払われたとして、一般社団法人法の特別背任容疑で女子医大本部や岩本容疑者の自宅などを家宅捜索。大学の施設工事を巡る支出など不透明な資金の動きを捜査していた。
 昨年8月に報告書を公表した大学の第三者委員会は「理事長に権限が集中する1強体制に問題があり、大学がガバナンス(組織統治)不全だった」と指摘。医学部卒業生の親族向け推薦入試で至誠会が受験生側から寄付を受けたり、教員の採用や昇進と至誠会への寄付とを関連づけたりしたことを挙げ、岩本容疑者に金銭に対する「強い執着」があると批判した。
 岩本容疑者は1級建築士に入った報酬のうち約3700万円を銀行振り込みではなく、紙袋に入れた現金で側近から受け取り、発覚を免れようとしたとみられている。
 本来なら理事長の業務執行を監督・監査する立場にある理事や監事が待ったをかけなければならないところだが、異論を唱えれば排除されてしまうと恐れたのだろう。理事長の権限は大きい。逮捕をきっかけに、新たに岩本容疑者の不正が表面化する可能性もあり、徹底解明すべきだ。
 理事長の不祥事は後を絶たない。18年、便宜の見返りに当時の文部科学省局長の息子を不正に合格させたとして贈賄罪で東京医科大の前理事長らが在宅起訴され、21年には日本大の理事長が脱税で逮捕・起訴された。
 改正私立学校法は、理事会の諮問機関として評議員会に理事の解任請求権を与え、理事と評議員の兼任を禁じる。また理事の背任行為や贈収賄などに罰則を新設した。どこまで機能するかは、未知数と言わざるを得ない。具体的な問題が起きた場合の対応を第三者が検証し、制度改正に生かしていく必要がある。

「女医」の言葉が日本史に登場するのは…(2025年1月15日『毎日新聞』-「余録」)
 
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東京女子医大を創設した吉岡弥生さん=1953年10月、写真部員撮影
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東京女子医科大。案内板には創立者吉岡弥生の顔写真も掲示されている=東京都新宿区で2024年6月30日午後0時14分、斎藤文太郎撮影
 「女医」の言葉が日本史に登場するのは8世紀前半の養老律令。現存しないが、解釈書の「令義解(りょうのぎげ)」が収録する「医疾令」に「女医」養成の記述がある。女性で初めて医師開業試験に合格した荻野吟子(おぎの・ぎんこ)は令義解を示し、明治政府に門戸開放を迫った
続日本紀は養老6(722)年に「始(はじめ)て女医博士を置く」と記す。「女医養成の専任教授」と解釈したのが吉岡弥生(よしおか・やよい)。荻野が開けたドアを広げ、現代版の初の女医養成学校、今の東京女子医大を創設した
▲「教祖的風格」。戦後に教職追放を解除されて80代で医大トップに復帰した吉岡を小紙はこう評した。男性優位社会で多くの女医を育てた傑物である。カリスマ性があったのだろう
▲その死後も続いた同族経営の弊害だろうか。産婦人科医で吉岡の親族にあたる東京女子医大の元理事長が大学の資金を不正支出した背任の疑いで警視庁に逮捕された
▲心臓病研究の先駆けで、政財界の大物たちも入院先に選んだ医大は医療事故をきっかけに経営が悪化した。同窓会幹部から大学経営に転じた元理事長はコスト削減を進めて人事や予算を牛耳り、「独裁者」と呼ばれた
▲「日本文明の現状を考察するに……種々の方面より『社会の行き詰まり』を叫ばれつつある。卑見をもってすれば男性文化の行き詰まりだ」。吉岡は昭和初期に女性の地位向上で文明を成熟させる必要性を訴えた。その拠点だった日本唯一の女子医大のガバナンス不全。患者に接する心構えとして理念に掲げた「至誠」と程遠い。

大学の統治不全に迫る捜査を(2025年1月15日『日本経済新聞』-「社説」)
 

 東京女子医科大学の元理事長、岩本絹子容疑者が警視庁に逮捕された。校舎の建設工事を巡り、建築士に不当な報酬を支払い、大学に1億円超の損害を与えたとする背任容疑だ。警視庁は一部が元理事長側に還流したとみている。

 事実であれば、個人的な利益のために公的な教育機関を私物化した悪質な犯罪であり、徹底的な解明が求められる。他の大学も対岸の火事とせず、法令順守や内部統制の体制を再点検しなくてはならない。
 岩本元理事長は東京女子医大の卒業生で、経営再建を託される形で大学運営に関わるようになり、2019年に理事長に就任した。同大の第三者委員会が昨年公表した報告書は、元理事長に権限が集中する「1強体制」でガバナンス機能が封殺されたと指摘した。専横的な振る舞いを許した組織の体質に切り込む捜査が求められる。
 同大をめぐっては、同窓会組織への寄付が推薦入試や教員採用の評価になっていたことが問題視されたほか、付属病院の医師や看護師が大量退職する混乱も起きた。信頼は大きく損なわれている。
 疑惑が表面化した後、大学側は岩本元理事長を解任し、再発防止策を策定した。現経営陣は改革の進捗状況を丁寧に説明していく必要がある。低下した医療サービスの回復も急務だ。  
 私立大を巡る不祥事は後を絶たない。21年には日本大学の幹部による背任や脱税事件が起きた。同事件でもガバナンス不全が指摘された。
 4月には改正私立学校法が施行される。理事会、評議員会、監事という学校法人の主要な機関の役割や権限を見直し、互いのけん制が働くようにした。だが、仕組みだけを整えても意味はない。
 トップの暴走や経営判断の逸脱を防ぐには、評議員や監事に執行部と対峙できる、識見のある人材が求められる。大学という複雑な組織の経営を担える能力のある人材を育て、増やしていくことも長期的な課題だ。


女子医大背任事件 ガバナンス不全の検証を(2025年1月15日『新潟日報』-「社説」)
 
 名門医大を巡る混乱は元トップの逮捕に発展した。事件の全容と動機の解明に捜査当局は力を尽くしてもらいたい。
 なぜガバナンス(組織統治)不全に陥ったかを大学側は検証し、健全化を進める必要がある。
 東京女子医大の新校舎建設工事を巡り、同大に不当な報酬を支払わせて約1億1700万円の損害を与えたとして、警視庁が背任の疑いで同大元理事長の岩本絹子容疑者を逮捕した。
 2023年に卒業生らが背任容疑で告発し、逮捕に至った。
 18~20年に、実際には業務をしていない建築士の男性へのアドバイザー報酬を大学に支払わせ、損害を与えた疑いがある。
 捜査関係者によると、岩本容疑者は不当な報酬の一部を紙袋に入れた現金で受け取り、還流させたとみられる。
 建築士から直接ではなく側近を通じて受け取っていたという。金の流れを確認しづらくするため銀行口座は使わず、発覚を免れる狙いがあった可能性がある。事実なら計画的といえる。全容解明へ徹底的に捜査を進めてほしい。
 岩本容疑者は、14年に発生した医療事故で患者数が激減して赤字に転落した大学の立て直しを託されて副理事長に抜てきされ、大学全体の経営を担う経営統括理事を兼任した。
 人事や経理などを一元的に管理し、他部門からけん制が働かない体制とした。
 自身や側近の報酬は増加させ、意に沿う人物を幹部に取り立てた。一方、大学で異論を伝えた人物がぬれぎぬを着せられ、退職を迫られたケースもあったという。
 長年トップに君臨し、独裁的な体制が不正を招いたといえる。
 同大の清水治理事長は会見で、岩本容疑者が「自分のための利益を図った」とし、在るべき経営の姿から離れていたと強調した。
 ガバナンス不全が続いた背景には、大学の場合は、外部からも監視される一般企業と異なり、組織の規模が大きくても仕事や権限が一部に集中し、密室化しやすいことが挙げられる。
 特定の人物に頼まないと仕事が進まないとなれば、すり寄る人が増えて権力が肥大化しがちだ。
 4月施行の改正私立学校法で理事らの贈収賄罪が新設される。ただ、厳罰化だけで不正を防ぐことは難しいとの見方もある。
 大学側が業務の透明性を高め、権限を分散することが不可欠だ。監視機能の強化も求められる。
 岩本容疑者は人件費削減を推進し、大学病院の赤字は一時的に黒字に回復した。だが関係者は「『縮小均衡』にすぎず、職員に展望を与えていない」と批判する。
 近年は待遇や経営状況の悪化から教職員の退職者が多く、患者数も減っている。再生へ関係者は本腰を入れてほしい。

東京女子医大 権限分散し透明化図れ(2025年1月15日『沖縄タイムス』-「社説」)
 
 東京女子医大の新校舎建設工事を巡り、警視庁は背任の疑いで、元理事長の岩本絹子容疑者を逮捕した。
 2018年7月~20年2月ごろ、2棟の建設工事で、実際には業務をしていない1級建築士に大学からアドバイザー報酬として計21回、計約1億1700万円を支払わせ、損害を与えた疑いが持たれている。
 元理事長は1級建築士の報酬のうち、約3700万円を紙袋に入れた現金で還流させ、私的に流用したとみられる。銀行口座を使わず、発覚を免れる狙いだった可能性があり、悪質だ。
 卒業生らの刑事告発を受け、警視庁は昨年3月に元理事長の側近で同大の同窓会組織「至誠会」の元職員に、勤務実態がないのに至誠会から不正に給与が支払われていたとして、大学や元理事長の自宅などを家宅捜索した。大学の施設工事の支出など、不透明な資金の動きを捜査していた。
 その後に設置した大学の第三者委員会は同8月の報告書で「理事長に権限が集中する1強体制に問題がある」「適格性に疑問」などと指摘した。
 医学部卒業生の親族向け推薦入試で至誠会が受験生側から寄付を受けたり、教員の採用や昇進と至誠会への寄付を関連付けたりしたことを挙げ、金銭に対する「強い執着」があると元理事長を批判していた。
 報告書を受けた臨時理事会で元理事長は「辞めるつもりはあるが、今ではない」と発言したものの、理事10人全員一致で解任された。批判を真摯(しんし)に受け止めた様子は見られない。
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 同大は100年以上の歴史を持つ。卒業生で、創立家一族の元理事長は14年に副理事長、19年に理事長に就任し、人事と経理を一元管理する経営統括部を新設した。「ヒト・モノ・カネの実権を握った」ほか、同窓会組織の会長を兼務し、影響力を増大させた。
 私立大の理事長の不祥事は目立つ。18年には便宜を図る見返りに当時の文部科学省局長の息子を不正に合格させたとして贈賄罪で東京医科大の前理事長が在宅起訴に。21年には日本大の理事長が脱税で逮捕・起訴された。
 一般の企業などと比べ、大学の組織は外部からの目が届きにくく、密室化しやすい。
 権限が集中し、異論を認めない閉鎖的な環境で、専横的、独裁的となり、ガバナンス(組織統治)不全に陥っていた可能性がある。
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 私立大には国や自治体から助成金が支給されるなど公共性が高い。
 4月施行の改正私立学校法は、評議員会に理事の解任請求権を与え、理事と評議員の兼任を禁じる。また理事の背任行為や贈収賄などに罰則を新たに設けた。
 ただ、評議員会を「理事会の諮問機関」という位置付けにとどめている。権限を分散し、ガバナンスを強化するといった狙い通りに改正法が機能するかどうか、未知数だ。
 学生や社会の信頼を回復するには、透明性を高める仕組みづくりを急がなければならない。