東京女子医大の背任事件に関する社説・コラム(2025年1月15日)

「1強体制」不正の温床に/東京女子医大の背任事件(2025年1月15日『東奥日報』-「時論」/『山形新聞』ー「社説」/『佐賀新聞」 -「論説」)
 
 東京女子医大の新校舎建設工事を巡り、警視庁は背任容疑で元理事長の岩本絹子容疑者を逮捕した。実際には業務をしていない1級建築士の男性に大学から給与とは別に多額のアドバイザー報酬を支払わせ、1億円を超える損害を与えた疑いが持たれている。一部を側近だった女性を介して現金で受け取り、還流させたとみて解明を急ぐ。
 女子医大は「女性のみに医学教育を行う国内外で唯一の機関」として知られ、長年にわたり医療に携わる女性の育成に貢献。大学病院は臓器移植で有数の実績を持つ。だが2001年に心臓手術を受けた12歳の女子児童が亡くなり、高度医療を提供する特定機能病院の承認を取り消された。
 再承認後の14年、人工呼吸中は禁忌とされる鎮静剤の投与で2歳男児が死亡。再び承認取り消しとなり経営が厳しさを増す中、その年に再建を託され副理事長に就いたのが、女子医大出身で創立者一族の岩本容疑者だった。人件費削減などで結果を出し、19年には理事長に就任。5カ月前に解任されるまで「1強体制」を敷いたとされる。
 それを打破できるかが問われる。近年、私立大トップの理事長が絡む不祥事が続き、背景に理事長への権限集中があるとされる。今年4月に改正私立学校法が施行され、理事長や理事会へのチェック強化を図る。教職員や学生の声が理事会に届く仕組みも考えたい。
 警視庁は昨年3月、同窓会組織の一般社団法人・至誠会で、岩本容疑者と近い関係にあり勤務実態のない女性職員に不正に約2千万円の給与が払われたとして、一般社団法人法の特別背任容疑で女子医大本部や岩本容疑者の自宅などを家宅捜索。大学の施設工事を巡る支出など不透明な資金の動きを捜査していた。
 昨年8月に報告書を公表した大学の第三者委員会は「理事長に権限が集中する1強体制に問題があり、大学がガバナンス(組織統治)不全だった」と指摘。医学部卒業生の親族向け推薦入試で至誠会が受験生側から寄付を受けたり、教員の採用や昇進と至誠会への寄付とを関連づけたりしたことを挙げ、岩本容疑者に金銭に対する「強い執着」があると批判した。
 岩本容疑者は1級建築士に入った報酬のうち約3700万円を銀行振り込みではなく、紙袋に入れた現金で側近から受け取り、発覚を免れようとしたとみられている。
 本来なら理事長の業務執行を監督・監査する立場にある理事や監事が待ったをかけなければならないところだが、異論を唱えれば排除されてしまうと恐れたのだろう。理事長の権限は大きい。逮捕をきっかけに、新たに岩本容疑者の不正が表面化する可能性もあり、徹底解明すべきだ。
 理事長の不祥事は後を絶たない。18年、便宜の見返りに当時の文部科学省局長の息子を不正に合格させたとして贈賄罪で東京医科大の前理事長らが在宅起訴され、21年には日本大の理事長が脱税で逮捕・起訴された。
 改正私立学校法は、理事会の諮問機関として評議員会に理事の解任請求権を与え、理事と評議員の兼任を禁じる。また理事の背任行為や贈収賄などに罰則を新設した。どこまで機能するかは、未知数と言わざるを得ない。具体的な問題が起きた場合の対応を第三者が検証し、制度改正に生かしていく必要がある。

女子医大背任事件 ガバナンス不全の検証を(2025年1月15日『新潟日報』-「社説」)
 
 名門医大を巡る混乱は元トップの逮捕に発展した。事件の全容と動機の解明に捜査当局は力を尽くしてもらいたい。
 なぜガバナンス(組織統治)不全に陥ったかを大学側は検証し、健全化を進める必要がある。
 東京女子医大の新校舎建設工事を巡り、同大に不当な報酬を支払わせて約1億1700万円の損害を与えたとして、警視庁が背任の疑いで同大元理事長の岩本絹子容疑者を逮捕した。
 2023年に卒業生らが背任容疑で告発し、逮捕に至った。
 18~20年に、実際には業務をしていない建築士の男性へのアドバイザー報酬を大学に支払わせ、損害を与えた疑いがある。
 捜査関係者によると、岩本容疑者は不当な報酬の一部を紙袋に入れた現金で受け取り、還流させたとみられる。
 建築士から直接ではなく側近を通じて受け取っていたという。金の流れを確認しづらくするため銀行口座は使わず、発覚を免れる狙いがあった可能性がある。事実なら計画的といえる。全容解明へ徹底的に捜査を進めてほしい。
 岩本容疑者は、14年に発生した医療事故で患者数が激減して赤字に転落した大学の立て直しを託されて副理事長に抜てきされ、大学全体の経営を担う経営統括理事を兼任した。
 人事や経理などを一元的に管理し、他部門からけん制が働かない体制とした。
 自身や側近の報酬は増加させ、意に沿う人物を幹部に取り立てた。一方、大学で異論を伝えた人物がぬれぎぬを着せられ、退職を迫られたケースもあったという。
 長年トップに君臨し、独裁的な体制が不正を招いたといえる。
 同大の清水治理事長は会見で、岩本容疑者が「自分のための利益を図った」とし、在るべき経営の姿から離れていたと強調した。
 ガバナンス不全が続いた背景には、大学の場合は、外部からも監視される一般企業と異なり、組織の規模が大きくても仕事や権限が一部に集中し、密室化しやすいことが挙げられる。
 特定の人物に頼まないと仕事が進まないとなれば、すり寄る人が増えて権力が肥大化しがちだ。
 4月施行の改正私立学校法で理事らの贈収賄罪が新設される。ただ、厳罰化だけで不正を防ぐことは難しいとの見方もある。
 大学側が業務の透明性を高め、権限を分散することが不可欠だ。監視機能の強化も求められる。
 岩本容疑者は人件費削減を推進し、大学病院の赤字は一時的に黒字に回復した。だが関係者は「『縮小均衡』にすぎず、職員に展望を与えていない」と批判する。
 近年は待遇や経営状況の悪化から教職員の退職者が多く、患者数も減っている。再生へ関係者は本腰を入れてほしい。

東京女子医大 権限分散し透明化図れ(2025年1月15日『沖縄タイムス』-「社説」)
 
 東京女子医大の新校舎建設工事を巡り、警視庁は背任の疑いで、元理事長の岩本絹子容疑者を逮捕した。
 2018年7月~20年2月ごろ、2棟の建設工事で、実際には業務をしていない1級建築士に大学からアドバイザー報酬として計21回、計約1億1700万円を支払わせ、損害を与えた疑いが持たれている。
 元理事長は1級建築士の報酬のうち、約3700万円を紙袋に入れた現金で還流させ、私的に流用したとみられる。銀行口座を使わず、発覚を免れる狙いだった可能性があり、悪質だ。
 卒業生らの刑事告発を受け、警視庁は昨年3月に元理事長の側近で同大の同窓会組織「至誠会」の元職員に、勤務実態がないのに至誠会から不正に給与が支払われていたとして、大学や元理事長の自宅などを家宅捜索した。大学の施設工事の支出など、不透明な資金の動きを捜査していた。
 その後に設置した大学の第三者委員会は同8月の報告書で「理事長に権限が集中する1強体制に問題がある」「適格性に疑問」などと指摘した。
 医学部卒業生の親族向け推薦入試で至誠会が受験生側から寄付を受けたり、教員の採用や昇進と至誠会への寄付を関連付けたりしたことを挙げ、金銭に対する「強い執着」があると元理事長を批判していた。
 報告書を受けた臨時理事会で元理事長は「辞めるつもりはあるが、今ではない」と発言したものの、理事10人全員一致で解任された。批判を真摯(しんし)に受け止めた様子は見られない。
■    ■
 同大は100年以上の歴史を持つ。卒業生で、創立家一族の元理事長は14年に副理事長、19年に理事長に就任し、人事と経理を一元管理する経営統括部を新設した。「ヒト・モノ・カネの実権を握った」ほか、同窓会組織の会長を兼務し、影響力を増大させた。
 私立大の理事長の不祥事は目立つ。18年には便宜を図る見返りに当時の文部科学省局長の息子を不正に合格させたとして贈賄罪で東京医科大の前理事長が在宅起訴に。21年には日本大の理事長が脱税で逮捕・起訴された。
 一般の企業などと比べ、大学の組織は外部からの目が届きにくく、密室化しやすい。
 権限が集中し、異論を認めない閉鎖的な環境で、専横的、独裁的となり、ガバナンス(組織統治)不全に陥っていた可能性がある。
■    ■
 私立大には国や自治体から助成金が支給されるなど公共性が高い。
 4月施行の改正私立学校法は、評議員会に理事の解任請求権を与え、理事と評議員の兼任を禁じる。また理事の背任行為や贈収賄などに罰則を新たに設けた。
 ただ、評議員会を「理事会の諮問機関」という位置付けにとどめている。権限を分散し、ガバナンスを強化するといった狙い通りに改正法が機能するかどうか、未知数だ。
 学生や社会の信頼を回復するには、透明性を高める仕組みづくりを急がなければならない。