「佳子さまは、伝統工芸のインフルエンサー」職人はそう呼んだ 被災地と地方から届いた「アクセサリー公務」へのメッセージ(2025年1月12日『AERA dot.』)

キャプチャ
佐賀県で開催された「国スポ」のスポーツクライミング競技会場に到着した佳子さま。耳元を飾るのは有田焼のイヤリング=2024年10月14日、佐賀県多久市
 秋篠宮家の次女、佳子さまは、昨年12月に30歳の誕生日を迎えられた。少子高齢化が進む皇室で多くの公務を担い、天皇陛下を支える皇族として存在感を高めている。日本工芸会の総裁も務めている佳子さま。この一年の公務では、積極的に各地の伝統工芸品のアクセサリーを身に着け、「佳子さま流」の公務がたびたび話題になった。佳子さまが着けたアクセサリーと、工芸を支える職人たちの思いをたどった。
キャプチャ2
 
*   *   *
 職人が引退したり、亡くなったりした後に技術を承継する人がおらず、やむなく廃業することになった伝統工芸は珍しくない――。
 日本各地の伝統工芸の業界の現状をそう話すのは、佐賀市重要無形文化財に指定されている「肥前びーどろ」をつくる副島硝子工業の副島隆男さんだ。
 昨年10月、「全国障害者スポーツ大会」のために佳子さまは佐賀県を訪問。滞在2日目に、国の重要無形民俗文化財に指定されている伝統の祭り「唐津くんち」の曳山(ひきやま)の展示場を訪ねた。
 この日の佳子さまは、ギリシャ訪問でもお召しだった藍色のロングワンピースと紺のジャケット、そして耳元には青いガラスのイヤリングを合わせていた。
キャプチャ2
 このイヤリングは、「肥前びーどろ」が手掛ける「terasu(照らす)」シリーズの「びーどろイヤリング」(税込み8800円)だった。
キャプチャ
「お客さんから知らされましたが、まさかうちの品とは……」
 公務で各地を訪問している佳子さまが、伝統工芸のアクセサリーをよく身に着けていることは、副島さんも知っていた。しかし、まさか自分の品とは信じられなかったという。
■「佳子さまは伝統工芸のインフルエンサー
 日本工芸会の総裁を務める佳子さまは、特にこの1年、各地の伝統工芸品のアクセサリーを積極的に身に着けて、公務に臨んでいる。地域の伝統工芸品や小物を装いに採り入れて、ささやかな応援をするのも皇族方の慣習のひとつになっている。
 型を用いずにガラスの成形をする「宙吹き」(ちゅうぶき)製法を用いる「肥前びーどろ」は、江戸時代から100年以上続く伝統技法。しかし、一人前になるのに8年かかるほど習得が難しく、県内で「肥前びーどろ」をつくれるのは、いまや副島硝子工業だけになっているという。
「専門の職人は4人と小規模ではあるが、コツコツとできることを続けています」(副島さん)
 佐賀県で昨年に開催された国民スポーツ大会(国スポ、旧・国体)の入賞者らに贈られたメダルの表面には、「SAGA2024」の「0」の部分に「肥前びーどろ」がはめ込まれ、知名度がすこし上がったという。
「経済的にも厳しい世の中ですから、食器にお金をかける余力が家庭になくなっているように感じます。しかし、8000円の器には手が伸びづらくても、アクセサリーならばお客さまの心理的なハードルも下がるようで、購入してくださる方も増えました」
「佳子さま効果」は永続するものではないが、それでも職人にとっては「次に進むきかっけをもらった」と話す。
 誤解を恐れずに言えばと前置きしつつ、副島さんは「佳子さまは、われわれ伝統工芸業界のインフルエンサーです」と言って、ほほ笑んだ。
■「皇室が気にかけてくれる」
 昨年10月、国スポのために同県を訪問した佳子さまがつけていたことで、やはり話題になったのが、有田焼のイヤリングだ。
 磁器の発祥の地として知られる有田。町内にある陶磁文化館を訪問した佳子さまの耳には、白い磁器に手描きの絵付けで薔薇などを描いた有田焼のイヤリングがあった。
 金が華やかな彩りを添えたこの品は、町内に工房を構える「器とデザイン」が製作する品。工房代表の宮崎雄太さんは、この日をこう振り返る。
「佳子さまが訪問された日から、『eb2(いびつ)』シリーズのこのイヤリングだけが、北海道や東京、大阪などバラバラな地域で売れ始めた。不思議だなと思ったら佳子さまがつけてくださっていたのを、ネットニュースで知りました」
 有田焼は、染めて焼き、絵を描いてまた焼いて、と手間のかかる工芸品だ。宮崎さんが有田焼のアクセサリーを販売する前にリサーチしたところ、有田焼では数点しかないうえに、2万~3万円の値段がついていた。
「私は今、6000円を切る値段でこのイヤリングを販売しています。確かに手描きで何度も焼いて手間がかかるので、割に合わないかもしれない。でも、初めて有田焼を知ったという人も手に取ってもらえる値段にしたいと思った」
 目標の値段で販売するために、協力してくれる絵付け職人などを探し回ったという。
 宮崎さんは、佳子さまが伝統工芸品のアクセサリーを積極的に身に着けていることを知り、どのような工芸品なのか調べてみたという。
「それほど有名ではない若手作家や、技術はあるが小さな工房などの品が多い印象です」
 佳子さまは、地元の素材や伝統技術を継承して頑張ろうとしている作家や職人を気にかけ、応援してくださっているのだと感じたという。
■寄木細工や美濃焼のアクセサリー
 佳子さまのそうした姿勢は、身に着けた品をたどると、おのずから伝わってくる。
 9月に鳥取県を訪れた際には、県内の山あいにある小さな工房である「白谷(しろいたに)工房」が製作した寄木細工のイヤリングとバレッタが話題を呼んだ。
佳子さまの耳元と髪を飾ったのは「寄木のダイヤイヤリング」(税込み4950円)と「寄木のストライプバレッタ」(税込み3850円)だった。
 10月に岐阜県であった「国際陶磁器フェスティバル美濃」に出席された際には、岐阜県の陶器アクセサリーブランド「MIKELO」による美濃焼の陶磁器のイヤリングをつけていた。「六角形 星屑」の作品名で、価格は税込み2640円の品だった。
■「僕の描いたバレッタがテレビに」73歳の蒔絵師
 10月末には、自身が総裁を務める日本工芸会が主催する「日本伝統工芸展金沢展」などを訪ねるために石川県を訪問。金沢市の県立美術館では、能登半島地震によって自宅や仕事場を失った輪島塗の作家で人間国宝の前史雄さんらと懇談した。
 この日の佳子さまは、まとめ髪に朱色の輪島塗の髪飾りとイヤリングをつけていた。手掛けたのは、輪島市で輪島塗の漆器を扱っていた「八井浄(やついきよし)漆器本店」。夫婦で店を経営する八井フク子さんは、こう話す。
能登半島地震でお店も全壊して、展示していた輪島の品もすべてダメになってしまいました。ただ、蔵に置いていた在庫だけは助かったのです」
 八井さん夫婦は拠点を金沢市に移し、オンラインのみで輪島塗の工芸品の販売を続けていた。
 佳子さまが訪問した日、店の工芸品を手掛ける輪島塗の蒔絵師から八井さんに電話があった。
「僕の描いたバレッタがテレビに出ているよ」
 73歳の蒔絵師は、ふだんから口数が少なく、「またテレビでやるから見てね」と言ってサッと電話を切った。しかし、とても嬉しそうな声だったという。
内親王の「アクセサリー公務」
 佳子さまがつけていたバレッタもイヤリングも、同じ蒔絵師の作品。「とても美しい弧を描く蒔絵師さんなんですよ」と八井さんは言う。
 佳子さまがつけていたのは、朱の漆に金や銀粉を蒔き、絵を描いた蒔絵のイヤリング。アワビ貝を散りばめた螺鈿(らでん)と、小さな金片を埋め込んだ「切り金(きん)」の細工が施された美しい品で、価格は税込み39600円。同じ蒔絵師による朱色の蒔絵のバレッタは品切れ状態だという。
「朱は見る人を元気にしてくれる色。また朱の漆は、あたる光によって落ち着いた色味に感じたり、逆に鮮やかな赤に見えたりと表情を変える奥の深い色です」(八井さん)
 輪島塗は、デザインとなる意匠を決めてから、器のベースとなる「木地」を「木地師」が作り、塗師による「下地」の工程、「中塗り」、塗りの最終工程である「上塗り」、そして蒔絵や沈金といった優美な装飾を施す「加飾」など、複雑な工程を経て作られる。それぞれの段階にはたくさんの職人が携わるため、ひとつの工芸品が仕上がるのに1年ほどかかるという。
「こうした伝統工芸品がまだまだあることに、世間の関心を向けていただくきっかけとなった。職人たちも工芸の世界にいる人間も感謝しています」(八井さん)
 訪れた先で根を張って奮闘する人たちと会って言葉を交わす天皇陛下。先の園遊会で皇后雅子さまや長女の愛子さま京友禅西陣織の帯を締め、他の皇族方は友禅染や手刺繍の着物をお召しになり、和装の優美さと繊細さを見る人に伝えた。そして、佳子さまは地方の伝統工芸品を身に着けて公務に臨む。
 それぞれのアプローチは異なるが、「佳子さま流」の次の公務でどんな伝統工芸品にスポットが当たるのか、楽しみにしている人たちは少なくなさそうだ。
AERA dot.編集部・永井貴子)