【評者】関川夏央(作家)
第2次安倍晋三政権は2012年末から2020年夏まで、憲政史上最長7年8か月つづいた。消費税を二回上げても倒れず、任期中五回の国政選挙に勝利した奇跡の政権ともいえる。
その「政策決定過程の舞台裏のドラマ」を掘り起こす「検証ジャーナリズム」を徹底させた結果、上下巻とも600ページ前後の長大な「クロニクル」となった。原稿用紙にして3千枚はある。
この本で、首相の仕事とは何か、政治とは、また外交とは何かが、わかりすぎるほどわかる。ただし読むのには苦労がともなう。「再登場」から始まって全21章とエピローグからなるが、各章のタイトル「尖閣諸島」「慰安婦」「平和安全法制」「習近平」「トランプ・タワー」「金正恩」「自由で開かれたインド太平洋」「パンデミックと退陣」など、興味を誘われる章から読めばよい。
2019年2月、トランプ大統領はハノイで金正恩と二回目の会談に応じた。北朝鮮に要求する、「完全、検証可能かつ不可逆的な核廃棄」という英語を覚えられなかったトランプだが、安倍の強い希望で冒頭に拉致問題に言及した。「エッ、また、それか」という表情の金正恩のかたわらにいた妹の金与正が、兄に「何とかならないの?」と聞いた。金は、一言、言った。「複雑な問題なんだ」
世界より二十年長く続いた日本の「戦後」を終わらせる。「戦後」を「抱きしめ」てはならない。子どもたちの世代に歴史を「謝罪」しつづける「宿命」を与えない。そんな願いを込めた安倍政治をえがく「調査報道」として、これは傑出した作品である。
宿命の子 上 安倍晋三政権クロニクル 単行本 – 2024/10/22
船橋 洋一 (著)
安倍はいかに首相に返り咲き、戦後の難問に対峙したか?
※週刊ポスト2025年1月3・10日号