確定しているだけで、日本大学の重量挙部・陸上部・スケート部部員たちの被害額は、1億1500万円を超えている(写真:今井康一)
田中英壽理事長体制での一連の事件を経て、2022年7月、作家・林真理子氏を理事長に迎えた日本大学。改革が進むかにみえた新体制だったが、アメフト部薬物事件、重量挙部・陸上部・スケート部における「被害額約1億1500万円超」もの金銭不祥事などが立て続けに起こっている。このほど上梓された『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』著者で、話題の『地面師』著者で大宅賞作家でもある森功氏が、日本最大のマンモス私大でいま何が起こっているのかを探る。
■重量挙部監督の詐欺・横領疑惑
学校法人日本大学の騒擾は収束する気配すらない。くしくもアメリカンフットボール部の薬物事件から1年近く経った2024年7月12日、重量挙部に新たな不祥事が発覚した。日大ホームページに重量挙部の監督の詐欺・横領疑惑に関する「金銭不祥事のお詫び」が掲載され、学内はもとより文部科学省など関係各所は「またか」と大騒ぎになっている。
拙著『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』の<おわりに>でも、簡単に重量挙部の事件に触れたが、案の定、日大執行部は慌てふためき、年末年始にかけてその対応に追われる羽目になっている。
実は当の日大で重量挙部の不祥事を問題視したのは、理事長の林真理子ではない。アメフト部の薬物事件を機に、それまでの日大監事から常務理事に昇格したばかりの篠塚力だ。篠塚が陣頭指揮をとり、7月12日の日大HPでの発表に踏み切った。
林真理子が2022年7月に日大理事長に就任するにあたり、精神科医の和田秀樹や昭和女子大学ダイバーシティ推進機構キャリアカレッジ学院長から熊平美香を招聘したように、篠塚もまた日大学外監事の一人となるが、当初はさほど重要なポジションではなかった。
日大では、常任監事2人と学外監事2人の4人監事体制を敷いている。監事はその肩書どおり、不正を含めた大学運営を監視する。一般の企業でいえば監査役のような位置づけである。企業と同じように大学でも、常任監事が理事長や副理事長、常任理事長などの組織運営について物申す。が、学外監事はいわば企業の社外監査役のようなものだから、日常的に内部をチェックしているわけではない。
ところが、日大ではアメフト部の大麻事件の扱いをめぐり、その執行部体制が大きく様変わりした。理事長の林と副学長だった澤田康広が仲たがいし、蜜月とされた常務理事の和田秀樹まで詰め腹を切らされた。揚げ句、2023年末には日大プロパーの役員として林体制を支えてきた危機管理担当常務理事の村井一吉が一身上の都合を理由に辞任する。村井はのちに顧問として大学に復帰するが、その村井に代わり、篠塚が総務、人事、コンプライアンスを担う危機管理担当の常務理事に就いたのである。
■文科省が期待する新体制の要
もともと篠塚に関しては、日大内部で林理事長の親衛隊とは見なされていなかった。むしろ林理事長の目付け役として文科省が送り込んだ人物とも目されてきた。それゆえ文科省はアメフト部事件後の新体制の要として期待しているともいわれる。そうして重量挙部の不祥事発表に舵を切ったという。
数ある日大運動部の中でも、重量挙部はアメフト部と同じく、私大屈指の名門だ。先にパリで開催された五輪・パラリンピックでも、日大出身の選手が日本代表に選ばれている。それだけに内外の衝撃は大きいのである。
その名門重量挙部ではあろうことか、監督が1年生の特待生に対し、本来、免除されるスポーツ特待生の入学金や授業料をだまし取ってきたというから驚いた。アメフト部の場合は部員の薬物事件だが、こちらは監督自らが優秀な部員から金銭をだまし取ってきたという横領あるいは詐欺の疑いを持たれているのである。
どちらが悪質か、と問われても軽々には判断できないが、ワンマン理事長の田中英壽が日大を去り、大学改革を標榜して林真理子が理事長に就任してはや2年あまり、旧態依然とした大学の利権体質は手つかずのままだ。
そこで篠塚はまず広報体制を改めよう、と捜査当局の前に先手を打ったつもりかもしれない。“独断”で重量挙部の調査を進めた。部員や保護者からだけでなく、免除された授業料が振り込まれた監督の銀行口座のある金融機関へも聴き取りをしてきたという。
■「違法行為」を認定された「ミニ田中英壽」
そのうえで、すでに7月の段階でこれを〈違法行為〉と認定し、発表に踏み切ったのである。7月12日付日大のHPで〈幹部の不法行為の概要〉と事件を認定したうえで、次のように発表している。
〈同部幹部Aは部内に指示して、奨学金制度の対象である新入学・入部予定者の保護者に対し、同制度による納付金の免除は2年目からであるなどと虚偽の記載のある入学案内及び納付金の請求書を送付し、重量挙部の金融機関の口座に金員を振込ませます。その内、免除額に相当する金員を現金化して自己の管理下に置き、その多くを私的に使用していたことを認めています〉
当該の〈幹部A〉が重量挙部の監督と生物資源科学部の教授を兼務してきた難波謙二である。
難波はその経歴も田中英壽とよく似ている。難波は1984年3月に田中と同じ経済学部を卒業した後、山形県の中学校教諭を経て、1988年4月から農獣医学部の体育助手として日大に勤め始めた。日大ではスポーツ実技の専任講師となり、国学院大の非常勤講師を経て2002年4月、日大生物資源科学部の助教授、さらに2011年4月には教授に昇進している。難波は助教授時代に重量挙部の監督に就任し、20年も監督をしている。日大の古参職員が説明する。
「田中元理事長はご自身が大学職員のキャリアが旧農獣医学部の体育助手からスタートしているため、難波監督にシンパシーを感じていたようです。難波監督はとてもかわいがられ、ミニ田中のように我が物顔で振舞ってきました。監督だけでなく、長いあいだ教授や助教授を兼務しているので、生物資源科学部のキャンパス内の清掃や警備の業者選定にまで口を挟んできました。それが利権化していた面もあると思います」
「ところが本人は頑として聞き入れませんでした。その理由は、学部長になると運動部の監督から部長に棚上げされるからです。難波さんとしては地位や名誉より、現場の監督として、学生たちから金を巻き上げるほうを優先したということでしょう」
日大の運動部では、監督の上位に立つ部長を部の責任者と位置付け、学部長がその地位に就く決まりになっている。一方、部長は部員たちに接する機会がないため、今回のような特待生の授業料をかすめ取るようなまねはできないという。
今回の重量挙部の不祥事についてマスコミの一部には、「事件になる前に大学側が自ら発表した」と評価する声があがったが、社会の大方の受け止め方はそう優しくはない。とどのつまり田中体制時代の負の遺産が、いまだ日大で清算されていないことをあらわにしたにすぎない。
日大の調査によれば、7月12日を皮切りに、9月18日、10月10日とHP上で公開してきた重量挙部の被害は部員58人におよんでいる。さる12月19日の最終報告では次のように発表した。
<部員・保護者58名の現時点までの被害金額は、合計5326万6430円であることが確定し、本学では、この対象者全員に対して、返金日までの遅延損害金を付け、本年中に58名全員の返金が完了予定です(本日までに56名の返金と2名の返金手続が完了)。なお、平成26年度以前入学の元部員から問い合わせがあったものの、元部員からの証憑類の提出はなく、本学側で調査を尽くしましたが、現段階では、被害の存在を確認できないケースが7件ありました。今後、元部員側から証憑類の提出がありましたら、誠実に対応していく方針です>
日大では相変わらず、林執行部のガバナンスが働いていない。先の幹部が吐き捨てた。
「林理事長は重量挙部の問題などさして関心がないのでしょうね。アメフト部、重量挙部と立て続けに起きた事件のこの間、ご自分は学内でドーナツを配ったり、東京湾のクルージングパーティをやってみたり、と世間受けするようなイベントに熱心でした。足元の不祥事などまるで他人ごとのような印象です。対して、篠塚常務理事はといえば、学内では『次の理事長ポストを狙ったパフォーマンスだ』と揶揄する幹部もいて、孤立して味方がいません。実際、あそこまで求心力がないと、理事長になっても組織ガバナンス上難しいのでは」
■スケート部と陸上部にも
すでに監督の難波には懲戒解雇の処分が決まった。が、この手の不祥事は重量挙部だけの問題にとどまらない。重量挙部に続き、スケート部と陸上部にも似たような案件が明るみに出ている。
9月のHP発表時点で、<確認できるかぎり少なくとも陸上競技部は10年間で、短距離部門6名、走幅跳等の跳躍部門14名、男子の円盤投などの投擲部門5名、スケート部は7年間でアイスホッケー部門29名の奨学生部員・保護者に対し、2競技部の幹部において、なんらの説明もしないままに、奨学生として免除された納付金の半額・全額ないし一部の当該競技部への振込を求めて徴収するという不適切な事例が幹部らの自らの申告又は幹部らからの聴取により判明しています>としている。
確定しているだけで3運動部員たちの被害額は実に1億1500万円を超え、学内からは「本当にこれだけなのか」という不信の声がしきりにあがっている。重量挙部の捜査は2025年の年明けから始まる見込みだ。これもまた底なしの不祥事のようにすら感じるのである。
(敬称略)
森 功 :ノンフィクション作家