感染症の拡大が気になる季節がやってきた。新型コロナウイルス禍をきっかけに、さまざまな衛生面での対策が浸透したが、「トイレのふたを閉めて流す」こともその一つ。ただ、どこまで有効な対策なのだろうか。
この疑問に対して「ふたを閉めてもトイレ内の汚染は軽減できなかった」とする米国の研究はあるが、国や地域でトイレの形や性能は異なる。そこで産業技術総合研究所の福田隆史・総括研究主幹らのチームは、日本の一般的な水洗トイレを用いて、流した際に発生する小さな飛沫(ひまつ)(エアロゾル)の動きを可視化し、ウイルスの飛散状況も分析した。
実験では標準的な日本のトイレの個室を再現し、節水タイプの便器(1回の水洗で流れる水の量6リットル)を設置。水洗によって発生するエアロゾルの量や広がり方を、レーザー光を使った計測器で調べた。
すると、ふたを閉めて水を流した場合、開けたままの場合と比べて、発生したエアロゾルの粒子数は約4分の1に減った。トイレのふたを閉めることは、衛生面で一定の効果があると推測されるという。
ふたを閉めた時はエアロゾルの上方への発生・拡散はなかったが、便器の手前に15センチほど染み出していた。水流によって便器内の空気が押し出され、ふたや便座と便器の隙間(すきま)から、外に向けて勢いよく放出された結果と考えられるという。
では実際にどの程度、ウイルスは飛散するのか。模擬ウイルス試料を便器内にため、ふたを閉めて水洗すると、ウイルスは壁33%▽便座の裏側29%▽便座の表側15%▽便器の外(手前横)11%▽ふたの裏側10%――などに付着。水洗で空気中に排出されたウイルスのうち、便器の外側に2分の1弱が放出されていた。
一方、付着した全体を合わせても便器内にためたウイルス量の10万分の1以下で、福田さんは「ふたを開けても閉めても、日本の平均的なトイレは便座や壁を触ったことにより、にわかに感染するというものではない」と指摘する。
チームは、トイレを流す際はふたを閉め便器から15センチほど離れて水を流す▽便座などだけでなく壁も拭き取り掃除する――ことを推奨する。福田さんは「今回の知見を生かして、世界をリードしている日本のトイレをさらに進化させ、衛生的な便器の開発と社会実装を支援したい」と話している。【中村好見】