酔いつぶれた女性検察官を自宅に連れ込み…「関西司法のエース」検事正の性暴力の罪深さ(2024年11月8日『現代ビジネス』)

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大阪地検トップの元検事正、北川健太郎被告による部下の女性検事への性暴力事件は、10月25日の初公判後に被害女性自身が開いた会見によって、信じられないような犯行の一部始終が明らかになった。
1時間にわたって彼女が語ったのは、北川被告による犯行の詳細だけでなく、その後被告から受けた脅しによる口止め、さらに大阪地検内で同僚に虚偽の情報を流されるなどの「セカンドレイプ」……。6年間被害を訴えることもできず、「身も心もボロボロにされ」、家族との平穏な日々も奪われ、生き甲斐だった検事という仕事も休職せざるを得なかったという。
それでも声を震わせながら勇気を振り絞って彼女が語ったのは、これまで自身が性犯罪捜査を担当していた立場から、性被害の実態を知ってほしいという強い思いがあったからだ。この事件の本質と検察という組織の問題は何か。ジャーナリストの浜田敬子さんが性暴力被害者の支援を続けてきた寺町東子弁護士に聞いた。
酔いつぶれた女性を自宅に連れ込み…
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会見によると、お酒はそんなに強くない女性は、焼酎を飲むことになった。飲みなれないお酒を飲んで酔いつぶれ、机に突っ伏してしまっていたという Photo by iStock
まず被害女性の会見から事件の概要を振り返る。
女性が被害に遭ったのは、2018年9月12日。女性は、半年前に大阪地検検事正に就任した北川被告の懇親会の席で飲み慣れない焼酎を飲み、すぐに酔ってしまった。歩くのも困難なほどの酩酊状態の女性を同僚たちがタクシーに乗せると、そこに北川被告が強引に乗り込み、被告の自宅である官舎に向かった。この間、女性には一切の記憶がないという。
目が覚めた時には全裸にされ、北川被告から「性交されていた」。抵抗すれば被告が自分の名誉を守るために「殺される」ことを恐れたというが、それでも「夫が心配するので早く帰りたい」と訴えている。その後、女性は何度も帰ろうとしたが、酩酊状態のためにうまく立ち上がれないことをいいことに、北川被告は3時間にわたって性交に及んだという。
性犯罪に関する刑法は2023年に改正され、その際、同意のない性的行為を処罰する規定が明確化された。処罰に必要な要件として従来の「暴行・脅迫」に加え、「経済的・社会的地位の利用」や「恐怖・驚愕させる」など具体的な8つの行為が示されている。これらは改正前の抗拒不能(被害者が性行為への同意を示すことが著しく困難な状態)・心身喪失の要件を明確化したもので、改正前と改正後で処罰範囲は変わっていない。事件があったのは2018年で刑法改正前だが、その時点でも準強制性交や準強制わいせつは、抗拒不能要件を現行法の要件と同様に解釈して処罰されていた。
「事件当時の彼女は、酩酊していて意思表示が適切にできない状態で、同意ができないことは明らかです。同意がなければ犯罪であることは、検察官であり、ましてや検察幹部として立件の判断をする立場にあった北川被告は十分理解している。北川被告は当初『同意があると思っていた』と否認していたそうですが、一般人が『同意がある』と誤解していたという状態とはレベルが違う。こんなことを検察官がやってしまったら誰も法律を信じられなくなる。一般人に比べたら、より違法性の程度が高いと言わざるを得ません」(寺町さん)
性犯罪の撲滅をめざす検察官への性暴力
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会見によると、ひとりで帰るとタクシーに女性は乗り込んだが、被告が突然同じタクシーに乗り込み発車したという。そのときのことを女性はまったく認識しておらず、後日同僚たちから確認をした Photo by iStock
 
被害を受けた女性は、翌日懇親会に同席していた警察官や検事から懇親会の様子などを聞いたことで、自分が被害に遭うまでの経緯を知る。会見でその時の気持ちを彼女は、検事正という立場の被告が泥酔した部下を自宅に送り届けず、家に連れ込んで性交したという事実を知って混乱し、怒り悲しんだと話している。一方で、泥酔した自分を責める気持ちも強く、被害を夫や検察庁の人に知られて、家庭や検事の職を失いたくない、さらに検察幹部として優秀で人望もあると言われていた北川被告を辞職させることは検察組織のためにも避けなければならないと考え、全てを忘れたいと思い悩むようになったと語っている。
こうした気持ちを北川被告にメールで伝えたところ、被告からは一定の謝罪の言葉もあったが、彼女が「全てを忘れたい」と言うと安堵し、「俺の検察人生もこれで終わった。時効がくるまではちゃんと対応する。食事をご馳走する」など軽口を叩いたという。
寺町さんはこう話す。
「性犯罪は証拠が不十分な場合も多く、立件できるか有罪にできるかは、検事の力量にかかっていると言ってもいい。記者会見を拝見して彼女は性犯罪を撲滅するんだという強い意志で捜査手法を突き詰め、公判で立証してきたのだと思います。それは検事にしかできない仕事なんです。彼女のように被害者の立場に立って寄り添いながら捜査をしてくれる人は、被害者や長く被害者支援に取り組んできている私たちが望んでいる検事です。
北川被告は検事正として、彼女が性犯罪捜査に真摯に取り組んでいることを知る立場です。困難な事件をあげてくる女性検事に性犯罪で報いるというのは、彼女がどういう人かわかった上で犯行に及んでいる。そういう意味で屈服させたい、征服したいという支配欲・所有欲を感じます」
「関西のエース」と言われていた被告の「意識」
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加害の相手と仕事で顔を合わせなければならない苦痛、性暴力の案件をともに扱う精神的負担は想像に難くない Photo by iStock
犯行の間、被害女性は何度も「帰りたい」と訴えたが、北川被告は「これでお前も俺の女だ」と言って性交を続けたという。
「その言葉の裏には全能感のようなものがあったのでは。被告は将来大阪高検検事長を期待されていたと聞きます。エリート意識や選民意識があったのかもしれません」(寺町さん)
北川被告は1985年に任官し、関西を中心に勤務し、「関西のエース」と言われていた。最高検の監察指導部長や刑事部長を歴任し、2018年2月に大阪地検検事正に就任。いずれは大阪高検検事長、という話も出ていた。
女性は全てを忘れたいと考え、被害感情に蓋をして今まで以上に仕事に没頭するようになった。しかしその間、頭痛や不眠、フラッシュバックなど心身の変調を来したという。一方の北川被告は通常通りに仕事を続け、女性が担当していた性犯罪事件の決裁を受けるなどの機会に乗じ、女性が被告を訴えないか確認してきたという。
「表沙汰にすれば、私は自死するしかない」
2019年に検察を辞めることを決めた北川被告に対し、女性は犯行の認識や理由を質し、書面で回答するよう求めると、「この被害を表沙汰にすれば、私は自死するしかない。大阪地検検事正による大スキャンダルとして組織は強烈な批判を受け、検事総長以下辞職に追い込まれ、大阪地検は組織としてたち行かなくなる」という内容の回答を送ってきている。
「今回の事件は、犯罪そのものに加え、この口止めが非常に悪質です。検察官はそれぞれが独立して職権を行使するものの、検察には検事総長を頂点とした指揮命令系統の中で職務を遂行するという検察一体の原則があります。絶対的な上下関係がある組織なのです。そうした組織で上司を訴えることは検察という組織にいられなくなる、検事を続けられなくなることを意味します。
だから彼女は何度も被害を訴えることを逡巡したんだと思います。逆に北川被告からすれば、彼女が検事という仕事に生き甲斐を持って取り組んでいたのを知っていたからこそ、検事という仕事を失ってまで自分を突き出すことはないと考えていたんでしょう」
北川被告は定年まで3年を残して2019年11月に辞職したことに対して、法曹界では訝しむ声もあった。だが退職金までもらい、盛大な退官パーティーを開き、退官後は企業法務などを担当する弁護士として活動していた。夜な夜な検察の現職職員と飲み歩き、検察に大きな影響力を持ち続けていたという。
検事正であった人間が…
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こうした被告に対して、被害女性は会見でこう話した。
「自分の犯した罪などなかったかのように、被害者の存在など忘れてしまったかのような振る舞いで被害感情を逆撫でし、必死に苦しみに蓋をし、仕事に没頭し、そうやってなんとか生きていこうとしていた私を踏みにじってきました。検事正であった人間がこれほど罪深く不道徳で、非常識であることに誰も気づいていない。処罰されるべき人が処罰されていない」
女性は怒りや悔しさでPTSDの症状が悪化し、結果的に休職せざるを得なくなり、「生き甲斐だった仕事まで奪われた」という。
その後、女性は自身のアイデンティティーを守るためには北川被告を処罰するしかないと思い、検察庁に被害を訴えた。北川被告は6月に逮捕・起訴されたが、その後も女性の苦しみは続いた。同僚であった女性副検事が北川被告に捜査情報を流し、女性が「同意していた」と事実とは違う証言をしていたことがわかったのだ。それだけでなく、「金目当ての虚偽告訴ではないか」と女性を誹謗中傷するようなことを検察庁内外に吹聴していたという。
告訴した女性の副検事と同じ職場に
女性は、検察庁に対しても何度も速やかに調査し、処分してほしいと訴え、10月1日にこの女性副検事を告訴したが、今もその副検事検察庁で働いている。それどころか被害女性を副検事と同じ職場に復職させた。
寺町さんはこの点についてもこう指摘する。
検察庁は、加害者の犯行を認定したから起訴し、彼女が被害者であることを認めているわけです。彼女が安心して職場復帰できるようにするのは検察庁の雇用主としての義務です。
北川被告を起訴した以上、副検事が『同意もあり、金目当て』などと話してているのも嘘だと認識しているはずです。本来なら副検事を異動させたり、調査するなら出勤停止したりするべきで、被害女性と副検事を同じ職場するのは雇用主として安全配慮義務違反だと思います。
職場でこうした事件があった場合、基本的には被害に遭った人が希望すれば元の職場に戻すのが原則。ですが実際は、被害者が異動させられたり、場合によっては左遷させられるケースもあります。ただ、元の職場に戻せばいいかと言えばそう単純ではなく、激務な職場であればPTSDなどがより深刻になるケースもあるので慎重な対応が求められます。元の職場に戻せないという判断をするのであれば、被害者本人に対する理由の丁寧な説明と本人の同意、納得感がなければ被害者を守っていることにはならないのです」
彼女のような検察を失うのは社会的損失
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今回、女性は6年にもわたって被害を訴えることができなかった。ヒエラルキーが厳しい組織で上司を訴えることが困難であったことや、捜査されず握りつぶされてしまうのでないかという怯えがあったからだろう。こうしたケースを想定して、検察の外部に被害を相談できる窓口が必要だと、寺町さんは指摘する。
「一応検察庁には監察指導部情報提供窓口というのはありますが、最高検にあるので内部です。外部通報窓口があった方がいいと思うのは、外部の人が把握すれば、検察としてもうやむやにできなくなります。
検察は今回の件を刑事事件とは別に、第三者を入れた調査委員会を作り、なぜ本件のような加害・被害が起きたのか、なぜ女性副検事と同じ職場に戻したのか、また彼女が受けたような被害が他にもないか、調査すべきです。その上で再発防止策を検討してほしい。そして何より検察は組織として彼女に謝罪して欲しいと思います」
法曹界に女性が占める割合は増えており、裁判官では28.7%(2023年12月時点)、検察官が27.2%(2023年3月時点)、弁護士が19.8%(2023年3時点)に上る。特に検察は新たに任官される中で女性が3割から5割近くを占めている。その女性たちが安心して働くためにも検察は自ら組織改革に取り組む必要がある。そして2024年の司法試験では、合格者のうち初めて女性が3割を超えた。
寺町さんは最後にこう話した。
「性犯罪による精神的被害やPTSD、自分を責めてしまう気持ち、訴えたら自分は職を失うのではないかという恐怖…被害者に起こるあらゆる事柄を彼女は体験しました。先日の会見はそれを法律家として言語化できるのは自分しかいないという強い覚悟の表れで、性犯罪を絶対に撲滅したい、という彼女の仕事にかけてきた強い思いが込められていました。
だからこそ、彼女には酷かもしれないけれど、どうか検事をやめないで欲しい。性犯罪捜査に本気で取り組んでくれる検事がいることが、社会にとって、私たちにとっての拠り所であり希望です。どんなに訴えても検事が頑張ってくれなければ性犯罪を立件し、処罰することはできない。彼女のような検事を失うのは、社会にとっても大きな損失なんです」
 
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1989年に朝日新聞社に入社。99年からAERA編集部。副編集長などを経て、2014年からAERA編集長。2017年3月末に朝日新聞社を退社後、世界12カ国で展開する経済オンラインメディアBusiness Insiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。2020年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。2022年8月に一般社団法人デジタル・ジャーナリスト育成機構を設立。2022年度ソーシャルジャーナリスト賞受賞。
羽鳥慎一モーニングショー」「サンデーモーニング」のコメンテーターや、ダイバーシティなどについての講演多数。著書に『働く女子と罪悪感』『男性中心企業の終焉』『いいね!ボタンを押す前に』(共著)。