福井中3殺害で再審決定 証拠開示するルール作りを (2024年11月4日『中国新聞』-「社説」)
1986年に福井市で中学3年の女子生徒が殺害された事件で、殺人罪で懲役7年が確定し服役した前川彰司さんの裁判やり直しが決まった。第2次再審請求を受けて名古屋高裁金沢支部が再審開始を認める決定をし、検察が異議申し立てを断念した。無罪が言い渡される公算が大きい。
高裁金沢支部の決定は、捜査側が見立てた筋書きに合うよう関係者に証言を求め、誘導した疑いがあると指摘した。事実なら許されない。強引な捜査や公判での立証の手法は、検証が要る。
もともと、前川さんの犯行を直接示す客観的な証拠はなく、前川さんは一貫して無罪を訴えていた。有罪判決の根拠となったのは、互いに信用性を補完し合う複数の関係者の供述だった。
弁護団は、再審請求に伴って新たに開示された証拠を精査。「血の付いた前川さんを見た」と証言した関係者が事件当日に視聴したと説明していたテレビ番組が、実際は別の日に放送されていたことを突き止めた。
高裁金沢支部は、捜査に行き詰まっていた警察が供述を誘導した疑いがあると指摘する。検察に対しても、番組の放送日が異なることを把握していながら公判で明らかにしなかったことを「あるまじき不正」と非難した。警察と検察は問題点を洗い出す必要がある。同じような事態を繰り返してはならない。
事件は異例の経過をたどった。90年の一審福井地裁判決は無罪だったが、二審で懲役7年とされ、最高裁で確定した。満期出所後の第1次再審請求審は2011年に高裁金沢支部が再審開始をいったん認めたものの、検察側の異議申し立てを受け、名古屋高裁が取り消した。
第2次請求は、弁護団が検察に証拠を開示させたことで再審の重い扉が開いた。検察は当初渋っていたが、高裁金沢支部が開示命令を出すことを示唆したため、福井県警の捜査報告メモなどを大量に開示した。その結果、証言のほころびが判明した。前川さんの支援者が「証拠が隠され、有罪にされていた」と憤るのは当然だ。
何より大事なのは、冤罪(えんざい)を生まないことだ。都合の悪い証拠を隠そうとする検察の姿勢が冤罪の土壌になってきたとしたら、証拠を開示させるルールを作らねばならない。
中3殺害事件再審 審理の長期化を避けねば(2024年11月2日『新潟日報』-「社説」)
異議申し立てを検察側が断念したことは当然だ。再審公判では審理の長期化を避けねばならない。捜査や公判の問題点についても検証が求められる。
これに対し、名古屋高検は、異議申し立てをしないと発表した。再審開始が確定し、無罪が言い渡される公算が大きい。
逮捕時に21歳だった前川さんは服役を経て、今は59歳になった。
10月には事件から58年を経て袴田巌さんの再審無罪が確定したばかりだ。袴田さんは88歳となり、人生の貴重な時間を奪われた。
福井の事件では、犯人を直接指し示す証拠がなく、前川さんは捜査段階から無実を主張していた。一審は無罪判決だったが、二審で逆転有罪となり、確定した。
確定判決が有罪の根拠としたのは、知人ら複数の関係者の供述だった。ところが、高裁支部の決定は、自己の利益のためにうそを言った可能性があるとして供述の信用性を否定した。
再審開始の扉をこじ開けたのは、第2次請求で、検察側が新たに開示した捜査報告書など計287点の新証拠だった。
「血の付いた前川さんを見た」と証言した関係者が事件当日に視聴したとしたテレビ番組のシーンが、実際はその日には放送されていないことが新証拠で判明した。
高裁支部は、捜査に行き詰まっていた警察が、供述を誘導した疑いが払拭できないと指摘した。
検察についても、供述に事実誤認があることを知りながら裁判で明かさず、有罪立証を続けたとした。「公益の代表者としてあるまじき、不誠実で罪深い不正だ」と指弾したのは、もっともだ。
ストーリーに沿った「見立て捜査」の線が色濃い。警察と検察は問題点を洗い出す責務がある。真犯人検挙の機会が失われたとすれば、その責任も問われよう。
再審請求段階の証拠開示ルールがなく、検察の異議申し立てに制限がないなど無実を訴える人に著しく不利な制度の改善が急務だ。
検察側は今後の再審公判での姿勢を明らかにしていない。過去の再審公判では有罪立証を続け、審理が長期化するケースが多い。
検察側は高裁支部決定を真摯(しんし)に受け止めて臨んでもらいたい。
長期化する再審 「開かずの扉」見直さねば(2024年11月2日『山陽新聞』-「社説」)
1986年に福井市で中学3年の女子生徒が殺害された事件で、殺人罪で服役した前川彰司さんの裁判をやり直す再審が決まった。先月には、66年に起きた静岡県一家4人殺害事件で、死刑が確定していた袴田巌さんの再審無罪が確定した。
前川さんは現在59歳、袴田さんは88歳である。再審は長い年月がかかる上に、無罪を訴える人が著しい不利を強いられる現状が浮き彫りになった。めったに認められることがなく「開かずの扉」に例えられる再審制度を見直す必要がある。
福井の事件は犯人を直接指し示す証拠がなく、前川さんは一審で無罪判決を受けたが、知人らの証言を根拠に逆転有罪となり、懲役7年が確定した。前川さんは満期出所後も無罪を訴え続け、先月、名古屋高裁金沢支部が再審開始を決めた。
決定的な要因となったのは、検察が新たに開示した警察の捜査報告書など287点の証拠だった。「血の付いた前川さんを見た」と証言した知人が当日に視聴したと説明していたテレビ番組が、その日に放送されていなかったことなどが分かった。支部決定は、捜査に行き詰まった警察が供述を誘導した疑いがあると指摘。事実誤認があることを知りながら、当初の裁判でそれを明かさず有罪を主張した検察を厳しく非難した。
袴田さんの再審も同様に、新たに開示された証拠が無罪の決め手となった。犯行時に着ていたとされる衣類のカラー写真には、1年以上みそに漬かっていたにもかかわらず、赤みのある血痕が写っていた。判決はこれを不自然と認め、捜査機関による証拠捏造(ねつぞう)の可能性を指摘した。
こうした問題が生じた背景には、現行法に再審手続きの規定が少なく、証拠開示のルールが定められていないことがある。検察が都合のよい証拠のみを提示して、不都合な証拠を隠すことがあっては、正確な事実認定ができない。すべての証拠を一覧で開示するといった制度改革が求められる。
審理が長期化する要因として、再審開始決定に検察が不服を申し立てることも挙げられる。前川さんは2004年に再審を請求し、いったんは再審開始決定が出たものの、検察が不服とし、その後の審理で決定が取り消された。今回は2回目の請求で、再審開始が確定するまでに20年近く要した。
袴田さんも1981年に再審を請求して以来、無罪判決を得るまでに40年以上かかった。再審開始決定に対する検察の不服を受けた審理だけでも約9年を費やした。
開始決定が出た後は、速やかに再審公判を始めるよう制度を改めるべきではないか。検察は不服があれば、再審の場で異議を主張することができる。冤罪(えんざい)被害者の早期救済につなげるため、真剣に検討するべき課題である。
再審長期化 検察の「不服」は見直しを(2024年10月31日『産経新聞』-「主張」)
父礼三さん(右)に再審開始確定の報告をする前川彰司さん=29日午前、福井市(代表撮影)
これによって再審の開始が確定し、今後は有罪か無罪かを実際に判断する再審公判が始まる。
申し立てをしない理由を名古屋高検は「証拠関係を総合的に考慮した結果」と説明した。高裁金沢支部決定は、有罪の根拠の目撃証言について「客観的証拠の裏付けのない危険な供述」と信用性を否定し、警察と検察の供述誘導を厳しく批判した。検察は保有する証拠群から、異議を申し立てての反論は困難だと判断したとみられる。妥当な判断だろう。
再審がここまで長期化するのは法の未整備に加え、検察の再三の不服申し立てが原因だ。請求審で開始が決定されても、検察は不服を申し立て、決定再考を求めることができる。過去、大半の再審決定に対し、検察は不服を申し立ててきた。前川さんの事件でも第1次請求で開始決定が出たが、検察の不服申し立てで約3年が費やされ、結局、決定は取り消された。
再審制度は裁判をやり直すべきか否かを審理する請求手続きの後、実際に有罪か無罪かを判断する公判手続きの「2階建て」の構造になっている。ただ、開始が認められた再審は、公判で全て無罪判決が出されている。請求審も再審公判も、検討証拠が同じだからだ。
実質的に同じ審理を2度繰り返し、かつそこに検察の不服申し立てが絡むことで、再審は異常なほど長引いている。請求審で開始決定が出された事件は直ちに再審公判に移行し、検察の不服申し立て内容は公判で審理するのが効率的ではないか。
前川さんの再審公判で、検察は、決定が厳しく批判した供述誘導疑惑について堂々と反証、反論すべきである。
再審を認めるか否かの手続きに検察が無制限に不服を申し立てられる今の制度は見直すべきだ。検察の証拠開示手続きを法で担保することと並び、再審制度改善の重大論点である。
中3殺害で再審 証拠開示が不当捜査暴く(2024年10月31日『西日本新聞』-「社説」)
不当な捜査と立証で冤罪(えんざい)がつくられたと言わざるを得ない。検察は強引な有罪立証をやめ、早期の無罪確定につなげるべきだ。
刑事訴訟法は再審開始について「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」があったときと定めている。再審公判では無罪となる公算が大きい。
前川さんは90年の一審判決で無罪、二審で逆転有罪となり最高裁で確定した。刑期終了後に再審請求し一度認められたものの、検察の異議によって取り消され、再度請求していた。
無罪判決や再審開始決定など、これまで裁判所が3度も有罪を否定した事実は重い。検察の異議申し立て断念は当然である。誤判を正し、無実の人を救済する再審制度の理念に立ち返るべきだ。
直接的な物証がない中、確定判決は「犯行を告白された」「血の付いた前川さんを見た」など複数の関係者の供述を有罪の根拠としていた。
犯行を告白されたという知人は当時、自身の覚醒剤事件で勾留中だった。
再審決定は、この知人が量刑の軽減や保釈など自分の利益のためにうその供述をした可能性があるとした。捜査が行き詰まっていた警察が、この供述を頼りに「他の関係者に、誘導などの不当な働きかけをした疑いが払拭できない」と断じ、一連の供述の信用性を一蹴した。
警察がこの知人に面会や飲食など通常では考えられぬ優遇をして、法廷で供述通りの証言をした別の関係者に結婚祝い名目で現金を渡したことも認定した。なりふり構わず、自分たちの見立て通りに犯人を仕立てようと画策していたのである。
検察に対しても「公益の代表者としてあるまじき、不誠実で罪深い不正」と指弾した。関係者供述に重大な事実誤認があると把握しながら、裁判で明らかにせず有罪主張を続けたとみる。
再審の決め手になったのは、裁判所の強い要請で検察が開示した287点の証拠だ。警察の捜査報告書などから確定判決を揺るがす当局の不当行為が明らかになった。もし開示されていなければ真実は埋もれてしまっていた。
再審無罪となった袴田巌さんの場合も再審請求で開示された証拠が決め手となった。
前川さんの最初の再審請求から20年以上が経過した。あまりに長過ぎる。証拠開示のルールを定め、検察の異議申し立てを禁止するなど再審法(刑訴法の再審規定)の改正を急がねばならない。
福井事件の再審 制度改正待ったなしだ(2024年10月30日『北海道新聞』-「社説」)
福井市で1986年に中学3年の女子が殺害された事件で懲役7年が確定、服役した前川彰司さんの再審開始が決まった。
決定で高裁支部は、有罪の根拠とされた知人らの目撃証言に疑いが生じたと指摘した。新証拠となった検察側開示の捜査報告書が決め手となった。
死刑確定から無罪となった袴田巌さんの再審でも、開示された新証拠が鍵を握った。
再審での証拠開示は現在は検察の判断に委ねられている。検察に不利な証拠も含めて全面的な開示を義務付ける抜本的な制度改正が急務だ。
前川さんを犯人とする直接的な証拠はなく、「事件後に着衣に血の付いた前川さんを見た」などとする知人らの証言が有罪の根拠とされた。再審請求審ではその信用性が争点となった。
知人の1人は事件当夜にテレビの歌番組を見た後に出かけ、前川さんの胸付近に血が付いているのを見たと供述していた。
だが新証拠の捜査報告書によれば実際にはその日に放送されていなかった。この知人は警察官から結婚祝いを受けていた。
これを踏まえ高裁支部は「警察官の誘導により、ありもしない体験を述べた」と認定した。
検察が捜査報告書の存在を知りながら明らかにせず、有罪の立証活動を続けたことも判明した。高裁支部が「不誠実で罪深い不正行為だ」と検察を痛烈に非難したのは当然だ。
警察と検察がそろって不当な捜査と立証を行った可能性がある。物的証拠のない事件で供述を頼みに見込み捜査を行う危険性も改めて浮き彫りになった。
検察は再審公判で有罪立証せずに過ちを認め、前川さんの無罪を主張し、警察とともに経緯を徹底検証せねばならない。
有罪判決を出したり支持したりした裁判所も猛省すべきだ。ずさんな捜査をなぜ見抜けなかったのかを顧みる必要がある。
冤罪(えんざい)は人の人生を踏みにじる。事件当時20代だった前川さんは来年還暦を迎える。
無実の人を早期に救済するには、刑事司法の過ちを速やかに正す新たな再審制度の構築が何より求められる。再審開始を遅らせる検察の不服申し立ては禁じるべきである。
政府の腰は依然として重く、国会の役割が重要になる。
福井の中3殺害 検察異議断念は当然だ(2024年10月30日『東京新聞』-「社説」)
検察が手持ち証拠の開示に応じることが、冤罪(えんざい)を晴らす上で、どれほど重要かを示す好例だ。
1986年、福井市で中学3年の女子生徒が殺害された事件で懲役7年の殺人罪が確定、服役した前川彰司さん(59)に対する名古屋高裁金沢支部の「再審開始」決定について、同高検は異議の申し立てを断念した。決定は確定し、事件から38年を経て、ようやく裁判がやり直される。前川さんは無罪判決を受ける公算が大きい。
前川さんは、逮捕時から一貫して容疑を否認。物証に乏しく、一審は無罪だったが、検察の控訴で二審は逆転有罪となり、最高裁で有罪が確定。服役後、前川さんが起こした第1次再審請求で、裁判所は一度は再審開始を決定したものの、検察の異議を認めて決定が取り消され、最高裁で確定した。
そして先週、第2次再審請求で再度の再審開始決定が出て、検察の対応が注目されていた。無罪と有罪の判決、再審開始と取り消しの決定に翻弄(ほんろう)されながら、前川さんが続けてきた長い戦いに、ようやく終止符が打たれそうだ。
欧米主要国の多くでは、下級審で無罪判決や再審開始決定が出た場合、検察は原則、上訴(控訴や上告、抗告など)できない。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則に沿った仕組みだが、同じ原則を掲げながら、上訴に制限がない上、異議申し立てもできる「検察有利」な日本のシステムは、かなり異質だ。
今回の再審開始決定につながった弁護側の新証拠は、検察が開示した捜査報告メモなど287点の中に含まれていた。これにより、関係者の1人が前川さんに不利な法廷証言をした後、警察官から結婚祝い名目の金銭を受け取っていたことや、検察が証拠の不正を知りながら、それを隠して公判を続けていたことなどが判明。決定は「不誠実で罪深い不正の所為」と捜査機関を厳しく批判した。
かねて検察が証拠開示に消極的な点は問題視されてきた。今回も裁判所に強く命じられ、ようやく応じた形という。しかし、その結果、やっと再審に道が開いた。換言すれば、検察が不利な証拠を隠すことが冤罪の土壌にもなり得るということだろう。証拠開示の規定がないなど現在の再審法(刑事訴訟法の再審関連部分)には明らかに不備がある。可及的速やかな抜本的改正が強く求められる。
再審開始決定/制度の抜本的な見直しを(2024年10月30日『神戸新聞』-「社説」)
袴田巌さん(88)の無罪に続き、裁判をやりなおす再審制度の欠陥が明らかになった。国は制度改正を急ぎ、冤罪(えんざい)の被害者を早期に救済する仕組みを整えなければならない。
1986年に福井市で中学3年の女子生徒を殺害したとして殺人罪で懲役7年が確定、服役した前川彰司さん(59)の第2次再審請求で、名古屋高裁金沢支部は再審開始を決定した。検察側は「証拠関係を総合的に考慮した」結果、異議申し立てを断念し、再審が確定した。
「開かずの扉」と称される狭き門をこじ開けたのは、第2次再審請求審で新たに開示された計287点の証拠だった。弁護側はこれらを基に唯一の有力な証拠だった関係者証言のあやふやさをあぶり出した。
前川さんから犯行の告白を受けたと証言した知人は、自身の薬物事件の取り調べで前川さんを犯人と名指しし、減刑を期待する発言をしていた。自身の有利な処分を目的に虚偽の証言をした可能性はぬぐえない。
この証言を基に、捜査側が別の知人に「着衣に血の付いた前川さんを見た」と証言するよう誘導した疑いがあると決定は指摘した。
看過できないのは、裏付け捜査で関係者の証言の矛盾が判明しながら、検察側はそれを明らかにせずに有罪の立証を行っていたことだ。自らに都合の悪い証拠を意図的に隠したと言わざるを得ない。無罪を証明し得る証拠の開示が第2次再審請求までずれ込んだのは、袴田さんの裁判と同じ構図だ。
山田耕司裁判長は決定で「検察官としてあるまじき不誠実で罪深い不正な行為で、到底容認できない」と異例の厳しい表現で批判した。検察当局はこの言葉を真摯(しんし)に受け止め、全ての証拠を公判前に開示する運用を徹底させる必要がある。
前川さんは逮捕後、一貫して無実を訴えてきた。一審では無罪判決を受け、第1次再審請求審でもいったんは再審開始の決定が出た。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に従えば、一審無罪から再審開始までに34年もかからなかったのではないか。検察は再審公判で無罪を論告し、謝罪とともに速やかな名誉回復を図らねばならない。
再審までに長い歳月を要する原因の一つに、検察による異議申し立てを認めている点もある。前川さんも第1次請求審での再審開始決定が検察の抗告で取り消された。決定が出れば、ただちに裁判をやり直せるようにする必要もある。
前川彰司さん再審決定 異議申し立て慎重判断を(2024年10月26日『福井新聞』-「論説」)
1986年に福井市で起きた女子中学生殺人事件を巡り、殺人罪で有罪=懲役7年=が確定、服役した同市の前川彰司さん(59)による第2次再審請求で、名古屋高裁金沢支部が再審開始を認める決定を出した。検察が28日までに異議を申し立てなければ確定し、裁判がやり直される。第1次再審請求から20年と手続きは長期化しており、検察には慎重な判断を求めたい。
決定では、確定判決が有罪の根拠とした「血を付けた前川さんを見た」との目撃供述について、自己の利益のためにうそを言った疑いがあるとし、信用性を否定。他5人の主要関係者の供述についても、虚偽供述に基づき「捜査機関が誘導などの不当な働きかけを行い、うその供述が形成された疑いがある」とした。
「共通する一つのストーリーを語り、各供述の信用性を相互に支え合う補充関係にある」。高裁金沢支部は指摘した。1人の供述の信用性に疑いが出た場合、他の供述にも波及するとの指摘通り、証拠構造はもともと脆弱(ぜいじゃく)だった。再審開始決定は証拠のもろさを丹念に追及した結果といえる。
再審請求は長期化が大きな問題となっている。静岡県一家4人殺害事件で再審無罪が確定した袴田巌さん(88)は逮捕から無罪確定まで58年、前川さんは逮捕から37年が経過している。長期化解消には未提出証拠の早期開示が欠かせない。再審法(刑事訴訟法の再審規定)に審理の進め方に関する具体的な条文はないが、前川さんの第2次請求では高裁金沢支部の積極的な姿勢により287点の証拠が開示された。しかし、誤判の究明は訴訟指揮に左右されるべきではなく、手続きは条文によって担保されなければならない。早期の法改正が必要だ。
検察の不服申し立ても冤罪(えんざい)被害者の迅速な救済を阻んでいる。再審開始決定に対し、検察はほぼ全て不服申し立てを行ってきた。この姿勢は果たして正しいのか。再審制度は裁判をやり直すべきかを審理する請求手続きと、有罪か無罪かを判断する公判手続きの2段階の構造。迅速な誤判の究明が求められる以上、検察は再審公判において有罪立証すべきではないか。
高裁金沢支部の決定は、検察が警察に指示した補充捜査により、供述と食い違う事実があることを把握しながら、公判でそれを明らかにしなかった点を指摘し「検察官としてあるまじき、罪深い不正の所為」と断じた。検察は事実関係を早急に検証すべきだ。
客観的証拠による裏付けのない危険な供述―と信用性を否定する決定に検察は反論できるのか。いま一度、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則に立ち戻る必要がある。
福井事件「再審」 これでも法曹は動かぬか(2024年10月25日『産経新聞』-「主張」)
証拠開示のルールが整っていれば、状況は大きく変わっていたのではないか。そう思わせる再審開始決定がまた、出された。
物証がなく、有罪確定判決の根拠は知人らの供述だが、金沢支部は新旧証拠を検討し、供述が信用できないと認定した。
その理由は数々の矛盾と、誘導を強くうかがわせる捜査側の不適切な取り調べだ。
知人らは「事件当夜、血だらけの前川さんを見た」と一致して証言していたが、このうち一人が「事件当夜に見た」というテレビ番組は、起訴後の捜査で当日放送されていなかったことが判明した。この誤りを把握しながら明かさず、有罪判決を得た検察官に対し、決定は「不誠実で罪深い不正」「到底容認できない」と厳しく批判した。
この知人は控訴審証言後に、取り調べ警察官から結婚祝いをもらっていた。決定は「捜査段階の供述調書通りに証言した謝礼の意味合いがあったと見なされても仕方ない」と断じた。
さらに決定は、検察の開示資料などから他の知人証言を「警察官の誘導や示唆に迎合した疑いがある」と認定し、「警察は捜査の行き詰まりもあって、唯一の情報源だった知人の証言に頼り、他の関係者にこの証言を示唆して誘導し、なりふりかまわず証言を得ようとしていた疑いが濃厚」とまで言及した。相当に踏み込んだ指摘である。
決定に一貫するのは捜査への厳しい批判だ。検察は異議申し立てでなく、再審公判で堂々とこたえるべきではないか。
再審決定を導いた新証拠は第2次請求審で検察が開示した捜査報告メモなど287点に埋もれていた。裁判長から強く命じられ、開示された。最初の再審請求から20年後だ。これがなければ再審の門は開かず、もっと早く開示されていれば状況は変わっていただろう。確定判決にも影響した可能性もある。確定判決や第1次再審請求の開始決定取り消しの検証も必要だ。
再審における証拠開示ルールがないことが、日本の刑事司法の信用を貶(おとし)めている。それでも法曹はまだ動かないのか。
中3殺害の再審 検察は決定受け止めよ(2024年10月25日『京都新聞』-「社説」)
2度目の再審開始決定を真摯(しんし)に受け止め、検察は異議申し立てをせず、裁判やり直しの扉を開くべきだ。
明らかな物的証拠がない中、確定判決が有罪の根拠とした知人ら複数の関係者の供述について、「自己の利益のためにうそを言った可能性がある」として信用性を否定した。
事件発生から約1年後、殺人容疑で逮捕された前川さんは、捜査段階から一貫して無実を主張してきた。
先日無罪が確定した袴田巌さん(88)は58年もの歳月を要し、刑事司法史に残る人権侵害になったが、前川さんの37年に及ぶ再審開始の道のりもあまりに遠い。
裁判は、証言の信用性を巡って、一審の無罪判決が二審で逆転有罪となり、懲役7年が確定した。満期で出所した後の2004年に前川さんは再審を請求し、11年、高裁支部がいったん再審開始を認めたが、検察の不服申し立てで覆った。
22年の第2次再審請求が認められた決め手は、これまで検察が開示してこなかった捜査報告書を含む計287点の新証拠だった。
「血の付いた前川さんを見た」と証言した関係者が、事件当日に視聴したとするテレビ番組は放送されていなかったことが判明。警察は証言者に飲食などの優遇も図っていた。
高裁支部は、捜査が行き詰まっていた警察が「誘導などの不当な働きかけをした疑いが払拭できない」と判断した。
さらに、誤った事実関係を検察も把握しながら有罪立証を続けたとして、「不誠実で罪深い不正な行い」と指弾したのは重大だ。
改めて審理の長期化も問われよう。
捜査機関が事実上独占する証拠の開示ルールがない。袴田さんが再審無罪になった静岡県一家4人殺害事件でも30年近く開示が認められなかった。
今回も検察は開示に消極的だったが、裁判所の強い要請に応じた。公的な権力が集めた証拠は公共財であり、恣意(しい)的に扱われてはならない。
裁判官の裁量に委ねられている開示を制度化するとともに、再審開始への検察の不服申し立てを禁じる法改正が急がれる。
【再び再審決定】審理の長期化を避けよ(2024年10月25日『高知新聞』-「社説」)
逮捕から37年たつ。審理を長引かせてはならない。証拠開示の在り方を見直す必要性も突きつける。
前川さんは、捜査段階から一貫して無実を訴えてきた。90年に一審福井地裁で無罪判決を受けたが、二審の高裁金沢支部で逆転有罪となり確定した。
今回の決定は、確定判決が有罪の根拠とした知人らの供述の信用性を否定した。前川さんの関与を語った知人は、自身の刑事事件での量刑軽減や保釈獲得など自己の利益を図る目的で虚偽供述した恐れがあるとの見方を示した。
また、警察がなりふりかまわず供述を得ようとした疑いがあると指摘する。捜査の行き詰まりもあり、関係者らに証言内容を教えて供述を誘導したと言及した。飲食など不当な利益供与にも触れた。
検察についても、知人が事件当日に見たとするテレビ番組はその日に放送されていなかったことを把握しながら、誤りを明らかにしなかったとする。公益の代表としてあるまじき不誠実で罪深いと指弾した。
第2次請求で、検察側は警察の捜査報告書など新たな証拠を開示した。高裁支部はこれまでの証拠と合わせて検討した。犯人を直接指し示す証拠はない中、供述の信用性は重要な意味を持つ。その材料が開示されてこなかった弊害は大きい。
再審無罪が確定した袴田巌さんは、衣類のカラー写真や取り調べの録音テープなどの証拠が無罪を勝ち取る有力な材料となった。当初から開示されていれば状況は大きく変わっていた可能性がある。証拠開示の見直しは避けられない。
再審請求段階の証拠開示のルールを明確にする必要がある。また、検察の不服申し立ての在り方は重要な論点となっている。
再審請求に対する審理の長期化は、これまでも繰り返し是正が求められてきた。再審を始める理由があると裁判所が判断した以上、開始決定への異議申し立てを含めて再審公判の場で審理すればよいとする意見は根強い。時間の短縮につながる意義は大きい。
今回の決定に検察が異議の申し立てをするかが当面の焦点となる。第1次請求で高裁支部が前川さんの再審開始を認めて13年になる。再審の扉が再び開こうとしているが、異議を申し立てると再審の開始がまた遠ざかる。袴田さんの無罪確定には再審開始決定から10年超かかった。
再審制度を整備することは、刑事司法制度の在り方全体に関わる問題だけに抵抗も大きいようだ。しかし、議論を進めなければ制度の信頼を揺るがせてしまう。
うそにも程が(2024年10月25日『高知新聞』-「小社会」)
セイタカアワダチソウが咲き誇る季節になった。道端や休耕田に繁茂し、先端が花で真っ黄になるからよく目立つ。帰化植物ながら日本の秋になじんでいる野草でもある。
1970年代になって、これがとんだぬれぎぬだったと判明する。セイタカアワダチソウは花にやって来る虫の働きで受粉する虫媒花。風媒花と違って花粉が飛ばない植物だった。間違いにも程があるが、植物なのでまだ許されたようだ。
86年に福井で起きた殺人事件で有罪が確定し、服役した男性の第2次再審請求。有罪の根拠だった知人らの証言を巡り、裁判所は検察や警察が男性を犯人に仕立てるため、「不正」や「不当な働きかけ」をしたと認定した。
事実なら、うそ、でっち上げにも程がある。過去の裁判所の責任も重い。袴田事件も含め、「疑わしきは罰せず」が「罰せよ」になっていないだろうか。再審で真実を明らかにしてもらいたい。そうでなければ、捜査や人を裁く権利を委ねられなくなる。
「人間のことば」で(2024年10月25日『長崎新聞』-「水や空」)
▲何ということもない会話に思えるが、ロッパは日記に書いた。〈日本はよくなる。いゝなあ、巡査が人間のことばを言ふやうになった〉(晶文社「古川ロッパ昭和日記」)
▲弾圧を旨とした戦前の警察制度が変わったのは、それから1年余りのことで、その巡査は法改正の心を先取りしたのだろう。そうかと思えば、いつまでも戦前を引きずる捜査機関もあるのだと、冤罪(えんざい)事件の実態に触れるたびにそう思う
▲38年前に福井市で中学生が殺害された事件で、殺人罪で刑に服した男性(59)のやり直し裁判が認められた。事件直後に男性から「助けを求められた」、男性を車で「送迎した」…。有罪判決へと導いた知人らの証言に疑念が生じている
▲証言者に担当の刑事が結婚の祝儀を渡していたりして、警察が証言を誘導した可能性があるとみられる。人ひとりの人生を踏みにじっておいて「手柄」としたのなら常軌を逸している
▲再審となっても道のりは長く険しい。遅ればせながらも、捜査の洗いざらいが「人間のことば」で明かされなければならない。(徹)
警察・検察の捜査・公判活動の不当性を厳しく指摘しており、再審で有罪立証の証拠に関する「三つの捏造(ねつぞう)」が認定された袴田さんの事件に通じる冤罪(えんざい)の構図が、あらためて浮き彫りになった。
刑事司法への信頼が大きく揺らいでいる。この事態に検察がなすべきは、不服申し立てをすることでは決してない。速やかに再審裁判の結論を得て、冤罪防止の徹底に生かすことだ。
福井の事件では中学3年の女子生徒が包丁で刺されるなどして自宅で殺害された。福井県警は1年後、21歳だった前川さんを殺人容疑で逮捕した。有力な物証など直接証拠はなく、前川さんは一貫して関与を否定。事件前後に前川さんと接触したとして「血の付いた服を着ていた」「犯行を告白された」などと述べた知人ら複数の関係者証言の信用性が最大の争点だった。
再審開始決定は「警察官らが誘導などの不当な働きかけを行った疑いが強い」とし信用性を全面的に否定。背景として「捜査に行き詰まりを感じた警察などは、立件したい思惑を強く有していた」と踏み込んだ。
さらに驚くべきは警察・検察の捜査・公判での動きだ。
決定によると、前川さんの関与を最初に証言した知人は当時、覚醒剤事件で逮捕されており、取調官に刑の減軽を期待する発言をしていた。警察は面会や飲食などで考えられない優遇をし、証言が食い違う他の関係者と直接話もさせていたという。
さらに決定は、公判段階で検察が補充捜査により関係者証言に反する事実を把握したのに明らかにしなかったことも指摘。「公益の代表者にあるまじき所為」と指弾した。警察・検察ともに、本来の責務である真相究明に背を向けた行為と言わざるを得ない。
この事件を巡る司法判断を振り返ると、二転三転し、長期化している。一審は関係者証言の信用性を否定して無罪を言い渡したが、控訴審は正反対の判断で逆転有罪とし、その後確定した。
人が人を裁く裁判には誤判の危険性が付きまとう。だからこそ再審制度が存在するのであり、誤りは迅速・的確に是正されなければならない。
そのために、検察による不服申し立ての制限や、証拠開示ルールの整備など制度改革を急ぐのは当然だが、さらに重要なのは捜査だけではなく、裁判についても検証することではないか。
今回の再審開始決定は、有罪の確定判決について「関係者証言にはらむ危険性を放置したと批判されてもやむを得ない」と異例の指摘をした。
裁判所はなぜ見抜けなかったのか。憲法が保障する裁判官の独立を尊重しつつ、司法界を挙げて検証すべきだ。
中学生殺害で再審決定 検察は抗告すべきでない(2024年10月24日『毎日新聞』-「社説」)
見立てにこだわった不当捜査の疑いがあると指摘した司法判断だ。警察と検察は、直ちに検証に乗り出すべきだ。
当初の裁判の1審で無罪とされたものの、2審で覆った。最初の再審請求でも開始決定が出たが、検察が不服を申し立てて取り消された。今回の決定は、第2次再審請求への判断だ。
裁判所が3度にわたって有罪の根拠を疑問視した事実は重い。検察は決定を受け入れ、即時抗告を断念すべきだ。
前川さんは一貫して否認し、関与を直接示す証拠もなかった。
再審開始決定を受け、記者会見で心境を語る前川彰司さん(中央)=金沢市で2024年10月23日午後0時9分、萱原健一撮影
有罪の根拠は、「服に血が付いていた」などとする複数の知人の証言だった。しかし、高裁支部は信用性を否定した。
前川さんが関与したと最初に語った知人男性は当時、薬物事件で勾留されており、「刑の軽減や保釈を得ようと、虚偽証言をした可能性がある」と指摘した。
警察は、知人男性に面会や飲食などで便宜を図っていた。別の証言者は、調べを受けた警察官から結婚祝いを受け取っていた。
決定は「捜査に行き詰まった警察が唯一の情報源に頼り、他の知人らを誘導して、なりふり構わず証言を得ようとした疑いが濃厚だ」と結論づけた。
検察官も、証言と矛盾する事実を把握しながら、当初の裁判で明らかにしていなかった。
不当な捜査や立証が行われた可能性が高い。有罪判決を出した裁判所の責任も問われる。
再審制度の不備も改めて浮き彫りになった。前川さんが最初に請求してから20年がたつ。再審開始決定への検察の不服申し立てが認められていることが、審理の長期化につながった。
第2次請求後に検察が開示した287点の証拠が、再審の扉を開くのに役立った。早い段階で開示させる仕組みが必要だ。
死刑が確定していた袴田巌さんが再審で無罪となったばかりだ。日本の刑事司法は、真摯(しんし)な反省と抜本的な改革を迫られている。
中3殺害で再審 揺れる司法判断が示す課題(2024年10月24日『読売新聞』-「社説」)
事件から38年を経て、今なお有罪か無罪かの間で司法の判断が揺れている。再審制度が抱える問題点が、改めて鮮明になったと言えよう。
福井市で1986年に起きた女子中学3年生殺害事件で名古屋高裁金沢支部は、殺人罪で懲役7年が確定して服役した前川彰司さんの、再審開始を決定した。前川さんは一貫して無罪を訴え、裁判のやり直しを求めていた。
前川さんの裁判は異例の経緯をたどった。当初は1審で無罪だったものの2審で逆転有罪となり、最高裁でこれが確定した。明確な物証はなく、知人らの「事件後に血の付いた前川さんを見た」とする証言が有罪の根拠とされた。
再審でも、裁判所は一度開始を認めたが、検察の不服申し立てを受けて取り消し、今回2度目の請求で再び再審開始決定が出た。逮捕時21歳の前川さんは、今では59歳となり、服役も終えている。
検察が今回も不服を申し立てれば、裁判はさらに続くことになる。これだけ長い時間をかけても、有罪か無罪かを決められない現行の制度には明らかに不備がある。
高裁は有罪の根拠となった知人らの証言について「警察が誘導した可能性がある」と判断した。犯人逮捕への焦りが強引な捜査を生んだのなら、到底許されない。
検察の姿勢にも問題があった。知人らの証言と食い違う捜査資料があるのに、裁判に不利な影響が出るのを懸念してか、当初は裁判に提出せず、前川さんの有罪立証を続けたという。高裁は「不誠実で罪深い不正」だと批判した。
1966年に静岡県で一家4人が殺害された強盗殺人事件では、捜査機関による証拠の 捏造 ねつぞう が指摘された。死刑囚だった袴田巌さんの再審無罪が確定するまで、逮捕から58年もの歳月を要した裁判の課題も浮かび上がった。
再審は、証拠開示の義務が法的に定められていない。開示に消極的な検察の姿勢は、これまでも問題視されてきた。 恣意 しい 的な証拠開示が 冤罪 えんざい を生む要因の一つになっていることは明白であろう。
検察は、公権力を使って集めた証拠は公共財だということを改めて認識すべきだ。公正な再審が行われるよう、証拠開示のルールを明確にする必要がある。
審理の長期化を防ぐため、再審開始決定に対する検察の不服申し立て制度も見直すべきだろう。
冤罪は、無実の人の人生を狂わせるだけでなく、真犯人を野放しにすることにもなる。捜査手法と再審制度の改革が急務だ。
福井の中3殺害 検察は再審決定に従え(2024年10月24日『東京新聞』-「社説」)
一審は無罪、しかも再審開始決定は2度目である。検察は異議を申し立てず、今度こそ、裁判のやり直しに応じるべきだ。
1986年、福井市の自宅で中学3年の女子生徒が殺害された事件で懲役7年の殺人罪が確定し、服役した元受刑者の前川彰司さん(59)の第2次再審請求で、名古屋高裁金沢支部は、「捜査に行き詰まり、関係者に誘導等の不当な働き掛けをした」と厳しく指摘し、再審開始を決定した。
前川さんは逮捕後、一貫して容疑を否認。有力な物証に乏しく、90年の一審判決は無罪だったが、二審では、関係者の証言などの間接証拠で逆転有罪となり、97年に最高裁で上告も退けられて、懲役7年の判決が確定した。
前川さんは、服役後の2004年、再審を請求。11年には、かつて有罪判決を出した名古屋高裁金沢支部が再審開始を決定した。しかし、検察側の異議を受け、13年に同高裁が決定を取り消し、最高裁でも取り消しが確定した。こうした複雑な経緯の末、22年から第2次再審請求が争われていた。
今回の再審請求審では、裁判所の指揮により検察側が200点以上の証拠を開示。それを基に弁護側は多くの新証拠を提出し、「事件発生日に血の付いた前川さんを見た」と供述した関係者の一人が供述後、取り調べの警察官から金銭を受け取っていたことなどが明らかになった。一緒に前川さんを見たとした別の関係者の供述にある「事件当日に見たテレビ番組」が実際にはその日に放送されていなかったことなども分かった。
高裁支部は、捜査側の誘導ぶりや証言のずさんさを示す新証拠の多くを採用、捜査機関は「見立てたストーリーに合った供述や証言を求めていた」と批判した。さらに、検察側は既に一審段階で、テレビ番組が別の日の放映だったことを知っていたのに法廷で明らかにしなかったと難じた。「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為」と激しく非難したのも当然だろう。
再審法は、検察有利に過ぎるなど、これまでも不備が指摘されており、国会でも超党派の議員連盟が法改正を目指している。支部の裁判長は、今回の決定は「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大前提に従ったと述べた。現状の再審制度の根本に欠けているものがまさにそれであろう。