「速やかな再審法の改正を」袴田巌さんの無罪判決受け長野県弁護士会が表明【長野市】(2024年9月28日『abn長野朝日放送』)

1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」の無罪判決を受けて、長野県弁護士会は「速やかな再審法の改正」を求めました。
死刑が確定していた袴田巌さんのやり直しの裁判で、静岡地裁は26日、袴田さんに無罪判決を言い渡しました。
この判決を受けて長野県弁護士会は袴田さんが逮捕されてから無罪判決が出るまで、58年以上も経過していることから、検察に対し上訴権を放棄して速やかに無罪判決を確定させるよう強く求めました。
■長野県弁護士会 山崎勝巳会長「長年にわたり、いつ死刑を執行されるかという恐怖感にさらされていたことが非常に重大であります」
また、再審の請求手続きについて、現在の法律では規定が定められていないことを挙げ速やかな法改正を求めました。

袴田事件」の再審無罪判決を受けて、改めて再審法の速やかな改正を求める会長声明
 
 
 
 
 令和6年9月26日、静岡地方裁判所は、いわゆる「袴田事件」について、袴田巖氏(以下、袴田氏という。)に対し、再審無罪判決を言い渡した。
 本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、袴田氏が同事件の被疑者として逮捕・起訴され、1980年(昭和55年)12月12日に袴田氏に対する死刑判決が確定した。しかし、袴田氏に対しては、人権無視の違法な取調(連日連夜12時間以上の取調がなされ、時に16時間を超える時もあった。また、取調室内に便器を持ち込んで用便させることまで行われた)により、意に反する供述調書が多数作成され、確定判決の一審静岡地方裁判所においてさえ、これら供述調書45通のうち44通については違法な取調によるとして証拠排除していた。袴田氏は、公判以降犯行を否認し一貫して無実を訴えており、二度にわたる再審請求を経て再審公判が開かれ、再審無罪判決が言い渡されたものである。
判決は、本件犯行を自白した検察官調書について、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得されたもので実質的にねつ造されたものであると認定し、さらに、事件発生から1年2か月後にみそタンク内でみそ漬けされた状態で「発見」され、確定判決において本件の犯行着衣とされた、いわゆる「5点の衣類」についても捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、タンク内に隠匿されたものであり、同5点の衣類のうちの鉄紺色ズボンの共布とされる端切れも、捜査機関によるねつ造であると認定し、これらの証拠を職権で排除した上で、その他の証拠から認められる事実関係によっては、袴田氏が犯人であるとは認められないとして、袴田氏に無罪を言い渡した。これは、捜査機関による違法捜査を弾劾し、死刑囚としてレッテルを張られ著しく傷つけられた袴田氏の尊厳と名誉の回復を図ったものとして高く評価できる。
 袴田氏が逮捕されたのは1966年(昭和41年)8月18日であり、袴田氏は逮捕から58年以上もの長きにわたって犯人であるとの汚名を着せられてきた。逮捕当時30歳であった袴田氏は、今や88歳となっている。また、袴田氏が釈放されたのは、静岡地方裁判所が再審開始並びに死刑及び拘置の執行停止を決定した2014年(平成26年)3月27日のことである。逮捕されてからこの決定に至るまで、袴田氏が身体拘束を受けていた期間は48年近くにも及び、そのうちの33年間は死刑囚として死の恐怖に直面しながら過ごしてきた。そのため、袴田氏には現在も拘禁反応の症状が見られるなど、今なお心身に不調を来している。
 袴田氏は、まさに人生の大半を自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、その余りの残酷さは筆舌に尽くしがたいのであって、これ程の人権侵害は例をみないと言わなければならない。
 そこで、当会は、検察官に対し、無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させるよう強く求める。
 また、「袴田事件」は、死刑事件であってもえん罪が起こり得る可能性があることを如実に示している。
 日本では、死刑判決が確定した後、再審によって無罪判決が出された事件が過去に4件あり(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)、「袴田事件」の無罪判決が確定すれば5件目となる。しかし、死刑は、人の生命を奪う不可逆的な刑罰であって、死刑判決がえん罪であった場合、これが執行されてしまうと取り返しがつかない。「袴田事件」は、その危険性に警鐘を鳴らすものであり、死刑制度の存廃に関しても、真摯な議論を行うことが求められている
 そして何よりも、「袴田事件」は、現行の再審法の不備を改めて浮き彫りにした。
 「袴田事件」では、再審公判が開かれるまでに二度にわたる再審請求を経ているが、第1次再審請求は約27年間もの長期に及び、第2次再審請求も約15年もの期間を要している。その原因は、現在の再審法に再審請求審の手続をどのように進めるかという再審請求手続における手続規定が定められていないことにある。
 また、「袴田事件」では再審段階で約600点もの証拠が新たに検察側から開示され、それらが再審開始及び再審無罪の判断に大きく影響を与えているが、これらの証拠が開示されたのは、最初の再審請求から約30年もの時間が経ってからのことである。これほどまでに時間を要した原因は、現行法に証拠開示のルール(再審における証拠開示の制度)が設けられていないことにある。
 さらに、「袴田事件」では2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定がなされたが、再審公判が開かれるまでにはさらに9年以上もの期間を要した。その原因は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることにある。しかも、「5点の衣類」の問題をはじめとする数多くの論点については、極めて長期間に及んだ再審請求審において主張・立証が尽くされ、既に数次にわたる裁判所の判断も経ている。にもかかわらず、検察官は、再審公判においても、同様の論点を蒸し返した上で改めて有罪立証を行い、死刑を求刑しており、このことも手続が長期化した原因となっている。
 このような問題は他の再審事件でも同様に見られるのであって、まさに制度的・構造的な問題である。「袴田事件」のような悲劇を今後二度と繰り返さないためにも、白鳥・財田川決定(「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審請求手続きにも適用されることを明言した)に則った再審法の改正が速やかになされなければならない。
 この点、当会は、2023年(令和5年)6月24日開催の定期総会において、「再審法改正の早期実現を求める総会決議」を採択しているところであるが、今回の「袴田事件」再審無罪判決を機に、改めて、政府及び国会に対し、白鳥・財田川決定の趣旨の明文化、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、再審請求手続における手続規定の整備を含む、再審法の全面的な改正を速やかに行うよう求める。
   2024年(令和6年)9月27日
                       長野県弁護士会
                        会長 山 崎 勝 巳

刑事訴訟法の再審規定(再審法)の速やかな改正を求める声明
 
刑事訴訟法の再審規定(再審法)の速やかな改正を求める声明
 本日、静岡地方裁判所において、いわゆる袴田事件の再審公判における判決期日があり、袴田巌さんに無罪が言い渡された。袴田さんが逮捕されてから既に58年以上、再審開始決定がなされてからも既に10年以上の歳月が経過しているが、袴田さんはやっと無実の罪を晴らした。
 当連合会及び管内13弁護士会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させることを強く求める。
 袴田事件では、1966年(昭和41年)8月に袴田さんが逮捕され(当時30歳)、その後、捜査機関により自白を強要されて起訴された。袴田さんは、起訴後一貫して無実を訴え続けていたが、1980年(昭和55年)12月に死刑が確定した。これに対して1981年(昭和56年)4月に第1次再審請求が申し立てられたが、ほとんど全くと言ってよい程に検察側から証拠開示を受けられないまま、2008年(平成20年)3月、最高裁判所は、再審請求を認めなかった。
 その後、同年4月に第2次再審請求が申し立てられたところ、弁護団による積極的な証拠開示の取組みと裁判所による証拠開示の勧告により、実に約600点余りに及ぶ証拠が開示され、2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定がなされた。しかし、これに対して検察官が不服申立てをしたことにより、約9年後の2023年(令和5年)10月27日になるまで再審公判は開始されなかった。
 再審公判は本年5月22日に結審し、判決言渡期日が本日と指定告知され、無罪が言い渡された。現在、袴田さんは、88歳である。
 袴田さんに無罪が言い渡されるまでにこのような長期間を要したのは、現行の再審手続に関する法律(刑事訴訟法第四編「再審」)(以下「再審法」という。)に問題があるからと言わざるを得ない。
 えん罪は、国家による最大の人権侵害の一つである。個人の尊厳を究極の価値とする日本国憲法のもとでは、えん罪被害はあってはならないものである。
 えん罪被害者を守る最後の砦が再審法において規定されている再審手続である。
 しかし、現行の再審法の規定は、僅か19か条しかなく、再審手続をどのように行うかは裁判所の広範な裁量に委ねられていることから、再審請求手続の審理の適正さが制度的に担保されず、公平性も損なわれている。
 また、袴田事件のみならず過去の多くのえん罪事件において、警察や検察庁といった捜査機関の手元にある証拠が再審段階で明らかになり、えん罪被害者を救済するための大きな原動力となっているが、現行の再審法においては、捜査機関の手元にある証拠を開示させる仕組みについて明文の規定がなく、再審請求手続において証拠開示がなされる制度的保障がない。そのため、裁判官や検察官の対応いかんで、証拠開示の範囲に大きな差が生じているのが実情であり、これを是正するためには、証拠開示のルールを定めた法律の制定が不可欠である。
 さらに、再審開始決定がなされても、検察官がこれに不服申立てを行う事例が相次いでおり、えん罪被害者の速やかな救済が妨げられている。再審開始決定は、あくまでも裁判をやり直すことを決定するにとどまり、有罪・無罪の判断は再審公判において行うため、検察官にも有罪立証をする機会が与えられている。したがって、再審開始決定がなされたのであれば、速やかに再審公判に移行すべきであって、再審開始決定といういわば再審公判の入口における判断に対して検察官の不服申立てを認めるべきではない。
 当連合会では、昨年9月29日の令和5年度定期弁護士大会において「えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、刑事再審法の速やかな改正を求める決議」を採択しているが、管内13の弁護士会とともに、えん罪被害者の迅速な救済と尊厳の回復を可能とするため、あらためて、国に対して、下記の事項を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう強く求める。
       1 再審請求手続における手続規定の整備
       2 再審請求手続における証拠開示の制度化
       3 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
2024年(令和6年)9月26日
関東弁護士会連合会理事長 菅沼 友子
東京弁護士会会長     上田 智司 第一東京弁護士会会長  市川 正司
第二東京弁護士会会長   日下部真治   神奈川県弁護士会会長  岩田 武司
埼玉弁護士会会長     大塚 信雄  千葉県弁護士会会長   島田 直樹
茨城県弁護士会会長    篠﨑 和則   栃木県弁護士会会長   石井 信行
群馬弁護士会会長     関 夕三郎  静岡県弁護士会会長   梅田 欣一
山梨県弁護士会会長    三枝 重人  長野県弁護士会会長   山崎 勝巳
新潟県弁護士会会長    中村  崇