国語世論調査に関する社説・コラム(2024年9月17・18・19日)

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小学館が発行する「日本国語大辞典 第二版」

読書離れ(2024年9月19日『福島民友新聞』-「編集日記」)
 
 泥の匂いと草刈り後の青臭さが、風に乗って運ばれてくるー。釣り師の佐藤成史さんは、集中豪雨で河川の水位が急激に上昇する鉄砲水の前兆を、こう表現する
▼渓流の天候急変は日常茶飯事。「今日は夕立が来るぞ」という地元の人の注意を心に留めていたことで、難を逃れたこともあったという。釣りの欲にかまけていては、迫る危険の兆候を見落としてしまう(「鱒虫釣人(ますむしつりびと)戯画」ふらい人書房)
文化庁が2023年度に行った国語世論調査で、電子書籍を含めて、1カ月に本を1冊も「読まない」と回答した人が初めて60%を超えた。18年度の前回調査から一気に15ポイント増えた
▼読書量の減少傾向にも歯止めがかからない。16~19歳が読まない理由は、スマートフォンなど「情報機器で時間が取られる」が70%に上った。読書離れが叫ばれて久しいが、世の中が思っている以上に早く進んでいる。背景にはインターネット動画やアプリの充実などがあると指摘されている
▼懸念されるのは、興味のある情報にばかり接して視野が狭くなり、トラブルに遭ったり、誤った情報を信じてしまったりすること。老婆心ながら本を読んでほしい。きっと危険な兆しを捉え、乗り越える力となる。

新しい言葉に「きゅん」とする 国語の世論調査(2024年9月19日『産経新聞』-「産経抄」)
 
「ぐっすり」という言葉の語源は、英語の「good sleep」である―。よく眠る。グッドスリープ。なるほど胸にすとんと落ちる。よく出来た話に、だまされた人も多いだろう。江戸時代からある歴とした日本語という。
 辞書編集者の神永曉(さとる)氏によれば、江戸期の書物には、財産を「ぐっすり(そっくりそのまま)息子に譲り」との使われ方もあった(『悩ましい国語辞典』角川ソフィア文庫)。語源は定かでなく、いつしか「眠る」の相棒に落ち着いたようである。
 擬態語と呼ばれるこの手の表現は、時代とともに数が増え、若い世代を中心に生息域を広げている。「がっつり食べよう」の「がっつり」は、その筆頭格だろう。「しっかり、たくさん食べよう」の意味合いで使われることに、8割を超える人が「気にならない」と答えている。
 文化庁の「国語に関する世論調査」である。元は大分県など限られた地域の方言と聞く。いつの間にか日常に根を下ろした繁殖力には驚くほかない。「がつがつ」や「ガッツ」とどこか響き合うものがあり、使い始めた人のセンスにも頭が下がる。
 「さくっと終わらせる」(手間をかけずに)や「きゅんきゅんする」(ときめく)も、「気になる」派は2割に届かない。市民権を得た表現だろう。新奇の言葉や表現はSNSで瞬く間に拡散され、激しい生存競争にさらされる。大量生産、大量廃棄は現代の言葉の宿命らしい。
 先の調査を見る限り、新しい表現を使うか使わないかは、50代と60代が一つの境目になるようだ。50代の坂を上る当方、「きゅんきゅん」を恥じらいなく口にできる若さはないものの、新しい言葉に胸のはずみを覚えるアンテナの感度は、常に鍛えておきたい。

ある国にこんなことわざがある。「本がないより靴がない方がま…(2024年9月19日『東京新聞』-「筆洗」)
 
 ある国にこんなことわざがある。「本がないより靴がない方がまし」。北欧のアイスランドである
▼ことわざの大げささを差っ引いたとしても靴より本が大切とは驚く。冬場に靴なしでは過ごせぬ亜寒帯のお国である。読書の盛んな国として知られ、2年前の調査によると国民は1カ月に平均2・4冊の本を読むという
▼「靴よりも本」という国があると思えば日本の場合は「スマートフォンがあれば本なんて」ということになるか。国語世論調査によると1カ月に本を全く読まない人の割合は62・6%。前回調査(2018年度)から約15ポイント増え、過去最多である。かの国の2・4冊は遠く、読書離れに歯止めがかからない
▼読書量が減っている理由として、スマートフォンなどの情報機器の使用に時間をとられているという回答が最も多いそうだ。なるほど、本の世界は楽しいけれど、入り込むまでが骨で深夜に疲れて帰宅し、ソファの上にひっくり返るなら手に取るのは本よりもスマートフォンの方が気楽というのはよく分かる
▼クリスマスに本を贈り合うのはアイスランドの伝統だそうだ。もらった本をクリスマスの夜に読む。お供はホットチョコレート
▼読解力、文章力の向上に役立つから本を読めと訴えても押し付けがましく、逆効果だろう。本を読むのは単純に楽しい。そのことを広める新しい伝統がこの国にもほしい。

夜の本屋さん(2024年9月19日『中国新聞』-「天風録」)
 
 閉店後の本屋さんで朝まで自由に過ごしていいと聞くだけでワクワクする。美容室を併設するなど、複合経営で知られる庄原市東城町のウィー東城店で21日にある「夜の本屋さん」。立ち読みはもちろん、ごろ寝読みもし放題らしい
▲きっかけは、午後7時の閉店時にいつも「もう少しいたいなあ」という表情を見せる女子高校生と店員の会話。じゃあ、布団や軽食、お気に入りの飲み物の持ち込みもOK、お店の本を好きなだけ読んで―と企画した。どんな本と出合えるだろうか
▲読書離れが叫ばれて久しいが、ここまで進むとは。文化庁の国語世論調査で昨年度、ひと月に読む本が電子書籍を含めて「0冊」の人は62・6%に上った
▲10~20代はスマホに、30~40代は仕事に、50代以上になると視力低下などの健康問題に、読書の時間を奪われていることも浮き彫りになった。本読みが減ってしまえば本屋さんが消える。負のスパイラルが止まらない
▲「本は人間の経験や生き方、考え方が詰まっている鉱脈」。かつて作家の石田衣良さんは本紙で語っていた。ならば人生のよすがを掘り当てる時間を大切にしたい。私たちも本屋さんという営みの一員のような気がする。

読書と滋養(2024年9月19日『高知新聞』-「小社会」)
 
 仕事柄、原稿を書くために必要な本を優先して読む。その分、ただ楽しむ読書の時間は減っていないか。そう反省して、「私の読書術」という本を読んだ。文士の方々にもさまざまな本との付き合い方、流儀があるようだ。
 ルポライター鎌田慧さんも、読むのは題材の「資料」が多くなる。仕事関係のものばかりでは「頭が硬直し、心がかさかさになってしまう」。取材先に向かう列車では文庫の小説を読むそうだ。「脳に新鮮な酸素を供給してくれる」
 作家で精神科医の故なだいなださんは、筆が進まなくなると買い込んでおいた本を猛然と読んだ。「感心した言いまわし、するどい比喩、などを見つけると、ボールペンでカギじるしをつけ、ページの角を折って…」。これも一種の気分転換なのだろう。
 読書のスタイルは変わっているようだ。文化庁の昨年度の国語世論調査で、電子書籍を利用する人が4割を超えた。たまに使うが、確かに便利。ただ、カギ印やページの角を折るのは勝手が違う。なださん、どうしようか。
 心配なのは、1カ月に1冊も読まない人が6割を超えたことだろう。理由は「情報機器で時間が取られる」が最多。SNS(交流サイト)の文は短く、ショート動画も人気。直感的、反射的な思考だけが世を覆わないか案じる声もある。
 作家の故遠藤周作さんは、読んだ本を「滋養」と書いた。読まない人も滋養を得ていればいいのだが。

国語世論調査 読書習慣の喪失は危機的だ(2024年9月18日『読売新聞』-「社説」)
 
 「れ」が急速に進んでいることを示す極めて深刻な数字である。スマートフォンに多くの時間を割く毎日でいいのか。社会全体で考えねばならない時期に来ている。
 文化庁が2023年度の「国語に関する世論調査」の結果を公表した。5年に1度調べている「1か月に読む本の冊数」は、電子書籍も含めて「読まない」が過去最多の63%に上った。
 08年度の調査開始以来、4割台で推移してきたが、今回急増する形となった。以前と比べて、「読書量が減っている」と回答した人も過去最多の69%に達した。理由は「情報機器で時間が取られる」が最も多かった。
 文化庁は「スマホのアプリやSNSなどサービスの多様化」が背景にあると分析している。本の売り上げが好調だったコロナ禍の巣ごもり需要がなくなったことも、影響しているのだろう。
 本を読むことは、新しい知識を得るだけでなく、登場人物に感情移入して喜怒哀楽を共にしたり、深く考えて内省したりすることで、人格形成にも大きな影響を及ぼす。一冊との出会いが、その後の人生を左右することもある。
 本は読まなくても、SNSの投稿やインターネット記事は毎日読んでいる人が75%に上る。だが、SNSの刺激的な短文は、瞬間的な怒りの感情などに結びつきやすい。デジタルは紙に比べて、記憶に残りにくいとも言われる。
 腰を据えて本と向き合い、じっくり考え、冷静に判断する。そうした時間を大事にしたい。
 学校現場では「長い文章を読む忍耐力が低下している」といった声が聞かれる。しかし、このような傾向は、子供たちや若い世代ばかりではあるまい。
 電車内や寝室で、ついついスマホを触ってしまうという人は多いはずだ。意識的にスマホから離れ、本を読むための時間を作らない限り、読書離れに歯止めをかけるのは難しいのではないか。
 スマホは確かに便利だが、それ以外の時間をなくしてしまうような使い方は疑問だ。付き合い方を広く考える機会としたい。
 全国各地で書店が減少している。地域に書店が一つもない「無書店自治体」は全体の4分の1に上る。国は、街の書店を守るプロジェクトをスタートさせた。
 フランスや韓国でも、書店の活性化や本の売り上げ増につながる文化支援に取り組んでいる。読書は知の基盤である。大切な活字文化を守っていかねばならない。