子どもの生きづらさ 心の避難をためらわずに(2024年8月29日『毎日新聞』-「社説」)

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国の指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」が展開している「#逃げ活」のPR画像=同センターのウェブサイトから
 夏休みが終わる。この時期、SNS(ネット交流サービス)では「学校に行きたくない」「生きるのがつらい」といった声が増える。
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子どもが悩みを吐き出せる「チャイルドライン」は全国に開設され、ボランティアが電話相談に応じている=宇都宮市で2023年5月、渡辺薫撮影
 深刻なのは、子どもの自殺が増加傾向にあることだ。小中高生はコロナ下の2022年に過去最多の514人を数え、23年は513人に上った。今年の上半期も249人と、昨年同期を上回る。
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国内で最初に「こども食堂」の名が付けられたとされる東京都大田区の「気まぐれ八百屋だんだん」に集まった子どもたち=2018年9月20日、丸山博撮影
 日本財団の22年の若者調査では、約半数が「死にたい」と思ったことがあり、うち4割は準備したり実際に行動に移したりしていた。10~20代の死因の1位が自殺なのは、主要7カ国(G7)では日本だけだ。
 いつの時代にも、生きづらさを抱える子どもや若者がいる。だが今、死にたくなるほど苦しんでいる人が多いのはなぜだろう。
背景には自尊心の低さ
 国のさまざまな意識調査から浮かぶのは、自尊心の低さだ。
 「自分は駄目な人間だ」「人並みの能力がない」と感じる子ども・若者が多く、大切な人を幸せにしているという自信も持っていない。日米欧5カ国で自分の価値を10点満点で聞いたところ、日本は最も低い5・8点だった。
 ネット社会では人と簡単につながることができ、子どもの世界も家庭や学校の外に広がった。一方で自分の責任で人間関係を作ることが求められ、周囲に合わせようと意識するあまり、主体性を持ちにくくなった。子どもの生きづらさを研究する山下美紀・ノートルダム清心女子大教授(家族社会学)は、そう分析する。
 家庭の経済状態も、子どもの精神面に影響を与えている。
 子どもの貧困対策に取り組む公益財団法人「あすのば」が支援家庭の子に実施したアンケートでは「イライラする」「消えてしまいたい」と感じている割合が、中高生全般が対象の別の調査より高かった。学校が「楽しくない」という子も2割を超え、ほぼ倍だった。
 子どもの9人に1人が貧困状態にあるとされ、子育て世帯の収入格差は拡大傾向にある。塾通いや習い事、夏休みの体験などを十分にさせてあげられず、子どものやる気の喪失を心配する親は多い。
 苦境にある子どもたちのSOSに耳を傾け、支援につなげなければならない。だが、声を拾うのは簡単ではない。
 大学在学中の20年に子ども相談事業のNPO法人「あなたのいばしょ」を作った大空幸星(こうき)さんは「SOSを出してくれる子どもは少ない」と話す。周囲との関係を壊したくないと考え、精神的に追い詰められても、それを素直に認めたがらないという。
 このNPOでは、若い世代がためらわずに話せる場として、無料・匿名で使えるチャットを開設している。30カ国以上に日本語を使えるボランティア相談員を置き、深夜や早朝でも独りぼっちにしないよう24時間対応の体制を敷く。
逃げ場となるつながり
 学校から小中学生に1人1台配布されたタブレット端末で「死にたい」などと検索すると、相談窓口案内が自動表示されるシステムを作った民間団体もある。
 こうした取り組みで生まれるつながりは、子どもが追い詰められた時の「逃げ場」になり得る。
 国の指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」は今月、「#逃げ活」と題する啓発活動を始めた。「死にたいほど追い込まれる前に『逃げる』選択肢があるよ」と呼び掛け、その方法・効果を友達や身近な人たちと話し合おうと促している。
 地域の人たちの手で全国約9000カ所に広がった「こども食堂」も、家庭や学校とは違う居場所として助けになるだろう。
 その上で必要なのは、専門家によるサポート体制の充実だ。
 中高年層の自殺は、ここ20年で約3分の2に減った。失業やうつ病などリスクのある人の情報を福祉や司法など関係機関と精神科医ら医療者が共有し、対応に当たったことが奏功したとされる。
 だが、児童精神科医は全国で小児1万人につき2人程度しかいない。国立国際医療研究センター国府台病院の宇佐美政英医師は「圧倒的に数が足りない。養成を急ぎ、多職種が連携して支えるネットワークを構築すべきだ」と訴える。
 子どもは無限の可能性を持つ存在だ。安心して過ごせる場所があり、寄り添ってくれる大人がいる。そうした環境を整えることが、国が掲げる「こどもまんなか社会」の実現につながるはずだ。

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