世界の選挙が問う「与党NO」の意味(2024年8月18日『日本経済新聞』-「社説」)

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欧州議会選の結果に歓喜するフランスの極右政党、国民連合(RN)の支持者(6月、パリ)=AP・共同
 今年、世界で目白押しの大型選挙は与党勢力が相次ぎ大敗や苦戦に追い込まれたのが目を引く。11月には注目の米大統領選を控える。日本でも岸田文雄首相の退陣表明を受け、衆院選が早まるとの観測が高まっている。
 国家リーダーや議会の構成を決める選挙後に国内政治のありようが大きく変われば、世界情勢に影響をおよぼす。国際秩序の混乱は中国、ロシア、北朝鮮といった強権勢力を利しかねない。
共通する経済への不満
 民意に映る共通の課題から教訓を得て民主主義を強くしたい。
 インドネシア、メキシコなどの大統領選は路線継承を訴えた候補が当選した。一方で英国、フランス、インド、韓国などの議会選では与党が議席を大きく減らしたり、半数に届かなかったりした。
 仏下院選と英総選挙はそれぞれマクロン大統領、当時のスナク首相が率いる与党が敗れた。英国では野党の労働党が14年ぶりの政権交代を果たした。カナダでも与党が牙城だった最大都市トロントの下院補欠選で敗北を喫した。
 主要7カ国(G7)やアジアでみられる与党退潮の要因として、既成の政治に対する国民の失望や怒りが挙げられる。
 「選挙イヤー」の口火を切った1月の台湾総統選では、与党・民主進歩党民進党)の頼清徳氏が当選したものの、同時に実施した立法委員(国会議員)選で同党は第2党に転落した。中国との関係だけでなく、インフレや所得格差といった国内の経済問題に有権者の関心が向かった。
 韓国、インドの総選挙で与党がそれぞれ惨敗と予想外の辛勝に終わったのも同様だ。物価高や失業などが解消されない現状に対する国民の不満が政権を揺さぶる。
 韓国の尹錫悦大統領、インドのモディ首相の権威主義的な手法にも批判が集まった。主要野党が1月の総選挙をボイコットしたバングラデシュでは、ハシナ首相の強権統治と格差に反発する反政府デモが激化し同首相は辞任した。
 欧州で若者の間に広がる物価高や住宅難などへの批判を吸い上げたのが極右政党だ。反欧州連合EU)・反移民の立場で、欧州議会選と仏下院選で台頭し、ドイツでも勢いづく。欧州統合の推進役だった仏独の政治不安の波紋は国外に広がる。
 政権与党に「NO」を突き付けるのは民主主義が機能している証左だ。各国の政権は民意を重く受け止めなければなるまい。
 警戒すべきは、有権者の不安をあおるポピュリスト政治は自国優先や国家主義に走る危うさがあることだ。内向き志向が強まることで安全保障や自由貿易環境政策などの国際協調に亀裂が生じないよう日本は友好国と協調し分断を防ぐ一層の努力をすべきだ。
 5年前の前回欧州議会選は環境重視の政党「緑の党」や親EUのリベラル政党も躍進したが、今回は極右への支持が広がった。
 欧州に限らず若者はその時々で関心の高い社会問題で投票先を決める傾向が強い。組織化されていない若者の不安や不満をすくい、民主主義陣営につなぎ留められるかは国際秩序の未来を左右する。
 欧州議会選で極右政党が勢力を伸ばしたのは、動画共有アプリに代表されるSNSの活用が影響した。選挙や候補者への関心をもってもらう有力な手段になる半面、生成AI(人工知能)の急速な発達で精巧な偽音声や偽動画が使われる危険が高まっている。
民主主義を立て直せ
 SNSを悪用した選挙介入への対策は国際社会の課題だ。7月の東京都知事選で動画投稿サイトを駆使した選挙戦が話題をさらうなど日本も人ごとではない。選挙の混乱は民主主義の根幹を揺さぶる。あらゆる手段で公正な選挙を守らなければならない。
 ウクライナ侵略を続けるさなかの3月のロシア大統領選でプーチン氏が通算5選を決めた。反対派候補を排除するなど「圧勝」を演出した。強権固めに選挙を利用する行為は受け入れられない。
 米国でバイデン大統領が今期限りで退く。新大統領が誰になっても、内政重視の流れは大きく変わらないとみておくべきだろう。
 世界を覆う分断の深まりで善悪二元論の政治が幅を利かせ、対話や寛容さが失われている。民主主義や自由貿易、多様性などを守っていくのは日本の国益である。
 9月に自民党総裁選があり、来秋までには衆院選がある。新しく誕生する首相は国際協調を立て直す先頭に立つべきだ。野党も体制と政策をしっかり整えて政権担当能力を示してほしい。