◆原爆のキノコ雲が高校のシンボルマーク
「米国では、マンハッタン計画の拠点としてはロスアラモスが知られるが、リッチランドはほとんど知られていない。秘密の町という存在だ」。6月中旬、オンラインでのインタビュー取材に応じたルスティックさんがこう切り出した。
「リッチランドという場所は対立し合う、矛盾するような現実がある場所。暴力的で複雑な歴史と共存しなければいけないのに、見つめていない。それが映画のテーマとなっている」
リッチランドはアメリカ北西部のワシントン州にあり、シアトルから南東約250キロに位置する。マンハッタン計画でプルトニウムの生産拠点となったハンフォード・サイトに従事する労働者やその家族が住む町として新たにつくられた。ハンフォードで生産されたプルトニウムから長崎原爆「ファットマン」が製造された。
第2次大戦後も、東西冷戦による核兵器の開発競争があり、町はさらに発展。現在は約6万人が住む。原爆のキノコ雲が高校のシンボルマークとされ、留学した日本人の高校生が問題提起したことでも知られる。
◆「殺しのシンボルじゃない。この町の業績だ」
ルスティックさんが初めてリッチランドを訪れたのは2015年。別の映画の撮影のために足を運んだ。「丸1日の滞在だったが、キノコ雲のシンボルマークが視覚的に迫ってきた。なぜキノコ雲を町の誇りとしているのか、いろいろな疑問が湧いた」と振り返る。
「保守的な町で、当初は住民の考えとは距離があった」。4年半かけてリッチランドに通い、住民の心情を聞き出すことに力を注いだ。「歴史的によそ者への警戒が強いのは当然。ネガティブに報じるためにさまざまな取材がやってきて、自分たちのコミュニティーを悪く描かれることを長年経験している。心を開くのは楽な作業ではなかった」
映画の中では、住民らが相反する心情を吐露する。
リッチランド高校の放送部のロゴ。このほかにも町中には核を連想させるものが多く見られる=宮本ゆき教授提供
ある男性は「キノコ雲は殺しのシンボルじゃない。この町の業績だ」と静かに語る。一方で、祭りに訪れていた老夫婦は「川の魚は食べない」と明るく話す。ハンフォードで働いていたという男性はカメラに向かってこう言葉を紡ぐ。「もしも原爆を落としていなかったら、いまごろ私たちは日本語を話していただろう。良かったとは言わないが、悪いものでもなかった」
◆「歴史に向き合うことを避けるのは人間の本質」
高校のシンボルマークの変更を訴えたという元教師の男性は「もどかしかったのは、キノコ雲に反対することがこの町の業績の否定だと誤解されたことだ」と訴える。核施設で作業員として働いた父親が被ばくの影響で死亡したという女性は「亡くなる直前、『信じる相手を間違えた』と父は言っていた」と涙した。
ルスティックさんは複雑な住民感情を解説する。
「なぜ何世代もこの地に残るのか、なぜ誇りを大事にするのか。プルトニウムを製造した能力があり、それが環境や人体にダメージを与える側面がありながらも、家族を養ってきた。歴史に向き合うことを避け、目を背けているのはリッチランドだけの話ではない。人間の本質的な部分だ」
ハンフォード・サイトを見学する人たち(映画「リッチランド」から)=©2023 KOMSOMOL FILMS LLC
◆唯一、核兵器を使用した米国が忘れてはいけないこと
日本では3月に「原爆の父」を描いた映画「オッペンハイマー」が公開されるなど、米国の核兵器開発の歴史を振り返る作品が相次いでいる。ルスティックさんは「これらの映画が現在の米国の風潮や時代のムードを表しているのかは分からない」と話す。
昨年に米国で公開された後、世界各地で上映されてきた。「昨年11月のポーランドや今年5月の台湾では、核兵器の使用や核軍備への不安が広がっていることが観客の反応から感じられた」と語る一方、「当初から、リッチランドと日本で上映することを目指していた。映画を見て思いを聞かせてほしい」と訴える。
◆プルトニウム生産地を福島復興のモデルに?
福島第1原発=2022年3月撮影
今年4月に訪米した岸田文雄首相は、福島の復興で司令塔役を担う福島国際研究教育機構(F‐REI)と、リッチランドにあるパシフィック・ノースウェスト国立研究所(PNNL)が覚書を結ぶ方針を確認した。PNNLはマンハッタン計画にルーツを持つが、PNNLを中心に放射性物質の汚染から大きな発展を遂げたと評価されている。
こうした動きについて、ルスティックさんは「プルトニウムの被害によって豊かになったことがすばらしいことなのか」と疑問を投げかける。
「確かにリッチランドには、ある種の富があると思う。だが、それがディザスターキャピタリズム(災害資本主義)と呼ばれるようなものから得たものであれば、モデルにすべきなのか。ハンフォードと福島に類似点があるとしても、ハンフォードが模範を示しているか、私には分からない」
◆「核兵器が国を守った」説が被害を隠す
ハンフォードの施設周辺の汚染は過去の話なのか。
米デュポール大の宮本ゆき教授(倫理学)は「ハンフォードは全米で最も汚染された地域と言われていて、除染は進んでない。『核兵器が私たちの国を守った』という大きな言説が被害を隠しており、リッチランドの住民がそれを自覚していない」と話す。
それだけでない。
米ハンフォード核施設の対岸に立てられた原子爆弾製造の歴史を伝える看板=2014年
「本来は環境問題であり、子どもや女性の健康にかかわる問題であり、経済の問題でもあるにもかかわらず、ほとんど声が上がっていない。声を上げようとすると、その土地にいることが難しいのがハンフォードだ。外からの声だと地元の政治的なテーマにはなりづらい」と述べ、異を唱えづらい空気感を挙げる。
◆リッチランド住人と福島被災者に通じる葛藤は
「視察の報告書は、研究開発の成果が中心。当時、映画のように被害に苦悩する住民の声を聞いたわけではないのだということが分かる。結局、見たいものしか見ていない」
吉田さんは、福島原発事故で避難先から帰還したくても被ばくの恐怖から葛藤を抱える被災者の胸中を、映画で描かれるリッチランドの住民の心情と重ねる。「コミュニティーの中で反対や違和感を言葉にすることができないという構造は、全国の原発立地自治体でも置き換えられる問題だ」
◆デスクメモ
特報面では何度もリッチランドやハンフォードを扱ってきた。福島の復興のモデルにしていいのか、と。その点を考える上で今作は貴重だ。現地の映像を通じ、核開発の肯定感、汚染の波紋を鮮明に浮かび上がらせる。それでもモデルにする不可解さを多くの人に知ってもらいたい。(榊)