女性検事は容疑者に「社長、いらっしゃーい」、男性検事は「検察、なめんなよ!」…冤罪事件「国賠訴訟」で判明した大阪地検特捜部検事たちの呆れた所業の数々(2024年6月25日『デイリー新潮』)

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大阪地裁に入る山岸忍さん(6月11日、撮影・粟野仁雄)
 東証スタンダード上場の大手不動産会社「プレサンスコーポレーション」(大阪府大阪市)の創業者で代表取締役だった山岸忍氏(61)が、2019年に業務上横領の容疑で大阪地方検察庁特捜部に逮捕された事件。のちに冤罪が明らかになり、山岸氏は国家賠償訴訟を起こした。6月11日、大阪地裁で行われた証人尋問では、大阪地検特捜部の4人の検察官が出廷、取り調べ映像が法廷で公開された。【粟野仁雄/ジャーナリスト】
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「怒りで体が震えました」と話すプレサンス冤罪事件の山岸忍氏
 大阪市天王寺区の学校法人「明浄(めいじょう)学院」の土地取引をめぐり、法人の理事になろうと画策していた女性(66)が、2016年4月、プレサンス社の山岸氏から18億円を借り入れて理事に就任する。理事長に昇格して経営権を持つと、学校の土地を21億円で売却し、山岸氏から借り入れた18億円を返済した。
 大阪地検特捜部は19年12月、「法人の土地を勝手に売却し、私的に流用した」として業務上横領罪の容疑で理事長らを逮捕。この際、山岸氏は「理事長が横領することを知りながら融資した」との容疑で共犯とされた。すでに理事長は有罪が確定している。
 しかし、山岸氏は理事長個人ではなく学院に対し融資を認めたが、横領の意図は知らなかった。ところが、特捜部は「社長は横領を知りながらマンション建設の土地が欲しくて金を貸した」と見立てた。
 そして、山岸氏の部下にあたるプレサンス社のA氏(59)から「見立て通り」の供述を取ろうとする。「社長には横領計画を伝えていなかった」と主張していたA氏は、取り調べの中で様々な脅しに屈し「社長は知っていた」と供述してしまう。
 大阪地裁は21年10月、大阪地検の不当捜査を糾弾、A氏の証言を否定し、山岸氏に無罪判決を下す。検察は控訴できなかった。
「大罪人ですよ」と迫る検事
 6月11日、法廷ではA氏を取り調べた田渕大輔検事(52)が不当な言動で迫っている音声の一部が流れた。
「あなたは、プレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ。会社から今回の風評被害を受けて非常な営業損害を受けたとかになって(損賠賠償請求をされて)賠償できますか。10億や20億では済まないですよね。それを背負う覚悟で話していますか?」と田渕検事はA氏に迫る。
 A氏が小声で「背負えません」と答える音声からは、不安に陥ってゆく様子がありありと伝わる。
 特捜部はこうした取調べを行う中で、A氏から「山岸社長は横領を知っていた」という主旨の調書を取った。
 他にも、山岸氏の代理人弁護団が入手した映像記録では、田渕検事は「検察舐めんなよ」などとA氏に大声で迫ったり、机を叩いたりしている。しかし、法廷で公開された映像にはこうした部分は含まれなかった。
 山岸氏は自身と元部下を含む3人への取り調べの音声や映像の提出を求めたが、検察に拒否され、大阪地裁に提出命令を申し立てた。地裁は18時間分の音声と映像の提出を国に命じたが、検察は抗告し、大阪高裁は50分に制限する決定を出した。山岸氏側は最高裁に特別抗告している。
 いずれにせよ、民事裁判で検察特捜部の取り調べ映像が証拠として法廷に流れたのは、日本の司法史上初めてだった。
「怒りで体が震えました」
 田渕検事は原告側代理人の秋田真志弁護士の反対尋問に「(Aさんが)が不自然な話をしており、自分の言葉の重みを実感してほしかった」などと抗弁した。
「10億や20億じゃすまない」などの発言や机を叩いたことなどには「不穏当だった。全く非がないとは言わない」と反省はしてみせた。しかし「山岸さんは今も有罪と思っていますか?」と問われると「答えることができない」と逃げた。
 山岸氏は閉廷後の会見で「怒りで体が震えました」と話した。「田渕検事は(取り調べで)命かけているとか、腹を切るなんて言っていましたが、腹切るなんて簡単に言う言葉ではない」。
 無罪判決について田渕検事が「残念だった」と答えたことについて山岸氏は「控訴しなかった検察の言う言葉ではない」などと話し、田渕検事について盛んに「男らしくない」と繰り返した。
 山岸氏は248日間も不当拘留された。さらに、逮捕が報じられたことでプレサンス社の売上は激減し、株価は下落、顧客へのローンもストップした。山岸氏は社長を退き、自社株を売って食いつないだ。
逮捕状を手にして「こんなん出してもたやんかぁ」
 この事件では、末沢岳志検事(46)に調べられた別の会社社長が「山岸社長は知っていた」との供述を途中で「知らなかった」と撤回した。末沢検事は「山岸社長の逮捕は待ったほうがいい」と主任の蜂須賀三紀雄検事(51)に進言したが、蜂須賀検事はこれに耳を貸さなかった。
 尋問で蜂須賀検事は「思い出せないが、末沢検事が言うなら否定しない」と答えた。
 会見で山岸氏が「レベルが低いと感じた」と話した通り、田渕検事はある意味、単純で幼稚ではある。同氏が「さすがやなと思った」と言うのは、彼自身を取り調べ、6月11日に尋問された山口智子検事(55)だ。
「社長、いらっしゃーい」
 山岸氏は山口検事の初めての取り調べでは桂文枝よろしく、親し気な言葉で検事室に迎えられたという。
 山口検事は山岸氏が同じ同志社大学の出身だったことなどを利用し、いかにも山岸氏に親身になっているかのように装いながら取り調べを進めた。接見した弁護人のアドバイスを聞き出したり、弁護人の解任を迫ったりしながら目的通りの供述を得た。逮捕した際には「社長、こんなん出てしもたやんかぁ。悔しいわ。どうする?」と逮捕状を持ってきて大袈裟に嘆いて見せた。
記憶力抜群のはずが…
 原告側代理人の中村和洋弁護士に問われた山口検事は「山岸社長とは真摯に向き合っていた」「誠実に話した」などとし、「このような所に呼ばれるのは心外」と反省の言葉のかけらもなかった。
 記者会見で筆者が山岸氏に「裏切られた思いの相手である山口検事にどう訊いたのですか?」と訊くと、「本当は私が訊きたかった。本にも書いたように『逮捕状が出てしもた。私、悔しい』と言っていたことを中村弁護士が訊くと、間髪入れずに彼女は『記憶にありません』と言った。『記憶にある』と言ったら次(の質問)を訊かれて困るからでしょう。記憶力抜群の彼女が記憶にないということなので、敢えて訊きませんでした」と話してくれた。
 弁護士から黙秘するよう言われたAさんに、取り調べで山口検事は「私が弁護士だったら、絶対黙秘(しろ)なんて言わない」と言った。黙秘権侵害に当たる可能性があるが、この日の尋問で中村弁護士から理由を問われると「言い分をちゃんと言ってもらいたかった」などと答えた。
 今回、「机を叩いた」「怒鳴った」「大罪人ですよ」などという田渕検事の発言が注目されたが、反省の色を全く見せなかったのは山口検事である。
 6月18日、証人尋問の最終日には、小田真治裁判長 が蜂須賀検事にM&A(企業の合併・買収)のことを盛んに尋ねた。裁判長はプレサンスの事件構造が経済世界での常識とかけ離れていることに違和感を覚えていたのだろう。
 中村弁護士は「裁判長は民事担当なので経済に明るい。検事らは全くそういう知識がないのに刑事事件にしようとしていただけ」と指摘した。中村弁護士は元検察官なので相手の手の内を知り尽くしている。山岸氏が無罪を勝ち取れたのは、大阪で冤罪に強いと定評のある秋田弁護士と、この中村弁護士のコンビだったことが大きい。
 この日の記者会見で筆者は山岸氏に「新聞などで検事らの名が伏せられることをどう思いますか?」と質問した。読売新聞や関西の民放テレビの一部は名前を公表しているが、毎日新聞朝日新聞NHKは完全に伏せている。山岸氏は「当然、名前を出すべきですよ。出さないのがおかしい」と即座に答えた。
郵便不正事件の反省はゼロ
 プレサンスの横領事件で大阪地検特捜部は「手柄拡大」のため山岸氏に目を付けた。山岸氏は同社を東証スタンダード上場企業に育て上げ、マンションの売上件数で全国トップに押し上げた風雲児としてマンション業界に広く知られていたからだ。
 思い出すのは、2010年に冤罪が明らかになり、大阪地検特別捜査部の主任検事や部長、副部長が逮捕された「郵便不正事件」だ。特捜部は高級官僚(当時は厚労省課長)だった村木厚子氏の部下の係長を障碍者団体(自称)に郵便物を安く扱える便宜を図った「公文書偽造」などの罪で逮捕した。それに飽き足らず、「キャリアウーマンの星、弱者に理解がある高級官僚」などとメディアでも評判だった村木氏を逮捕して手柄を大きくしようとした。
 担当検事が係長をあの手この手で不当に攻め立て、「課長が認めていた」という虚偽供述を引き出す。まったく今回と同じである。ただ、郵便不正事件では係長が無断で使用した村木氏の印鑑が捺印された書類があったため、検察にとって物証らしきものはあったと言える。しかし、プレサンス事件では山岸氏が関わっていたなどということを示す物証は全くない。
 山岸氏は会見で「見立てをして、その通りに捜査する。それでは冤罪が起きますよ」と話した。
 捜査側がある程度の事件の筋書きの見立てを立てること自体は不思議ではない。問題は、それだけで突っ走り、他の情報や他言に一切耳を貸さないことだ。
 山岸氏は「(検察は)私に『本当のことを言え』と言ながら自分らは覚えていないとかばかり」と怒った。郵便不正事件にも関わっていた秋田弁護士は「山口検事は肝心なところは覚えていないと言い、あとは組織の決定なので答えられないとか、終始、組織防衛だけでした」と話した。
 14年前、村木氏の事件で評価を地に堕とした大阪地検特捜部は、そこから何も学んでいない。
 
粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件』(ワック)、『検察に、殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)、『アスベスト禍』(集英社新書)など。
デイリー新潮編集部
 

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負けてぇ!東証一部上場企業社長vs地検特捜部 単行本ハードカバー – 2023年4月12日
山岸 忍(著)
 
無実の罪によって逮捕され、創業した会社証拠、248日間にわたり勾留された男が、最強弁護団とともに完全無罪を勝ち取るまでの全記録。
●プレサンス元社長冤罪事件とは?
2019年12月、大阪の不動産ディベロッパー、プレサンスコーポレーションの山岸忍社長は、業務上横領容疑で大阪地検特捜部に逮捕・起訴され、以後248日間拘留された。しかし特捜部の捜査はずさん極まりないもので、一審で無罪。大阪地検が控訴を断念するほどの「完勝」だった。捜査官の見立ては誤りで、ここまでひどい捜査は珍しく、第2の村木事件と称される冤罪事件となった。
 ●上場企業社長が逮捕されたとき、何が起きる?
プレサンスコーポレーションは東証一部上場、売上2000億円企業だった。その創業社長が逮捕された影響はすさまじかった。株価は急落金融機関は資金をストップ。瞬く間に会社は危機に陥った。打つ手は自分の辞任のみ――山岸氏は拘置所の中から辞任届を受け取る。さらにライバル企業のトップと拘置所の面会議室で会議をし、上場企業を売却したのだ。
●録音・録画が明かした密室の取調べ
本書は事件の発端から、山岸氏と、元・元事・刑事弁護の専門家・企業法務の専門家などの最強弁護団が完全無罪を勝ち取るまでを、描き出すものだ。特に、大阪地の証拠捏造事件の結果導入された可視化策により、録音・録画された取調べの様子を、膨大な努力によって解析したことは大きかった。法で、初めて密室での取調べの模様が明らかになったのは画期的だった。そこでは罵倒、恫喝、脅迫まがいの取調べが堂々と行われていたのだった。 (
目次)
プロローグ社長、逮捕される
第一章 危機感はゼロだった
第二章 拘置所からの辞任届
第三章 通らぬ保釈請求と持ち株売却
第四章 最強弁護団(ドリームチーム)が結成されて
第五章 わたしはこうして2000億円企業を育てた
第六章 法に響いた完全無罪
第七章検察は正義ではなかった
エピローグ わたしは運がよかった
山岸忍(やまぎし・しのぶ)
1963年、滋賀県生まれ。同志社大学法学部卒業後、大京観光(株)入社。(株)創生を経て97年に(株)プレサンスコーポレーションの前身会社設立。2020年全国分譲マンション供給戸数トップの業界大手に成長させる。19年12月、大阪地検特捜部に横領容疑で逮捕されるも、21年11月、無罪判決確定。