18日に再び「特捜検事」の尋問へ 真実を話すよう迫った検事ら 自ら立った法廷では「記憶にない」「差し控える」 初めて公開「取り調べ映像」の波紋 プレサンス山岸さん国賠訴訟(2024年6月17日『関西テレビ』)

■史上初 特捜部の取り調べ映像公開
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廷内イラスト
 6月11日、大阪地裁703号法廷。この映像を法廷、そして国民が目にした時にどのような感想を持つのだろう。「これはひどい」と思うのか、それとも「この程度か」と思うのか。取材担当の私は、今までにはない緊張感を感じた。
 「この映像」とは、大阪地検特捜部が巨額横領事件の捜査の過程で行った取調べを記録したものだ。検察特捜部が行った取調べ映像が公開されるのは日本の司法の歴史上、初めて。この映像公開には多くの紆余曲折があったことは後述するが、日本中のメディアの注目を集めていた瞬間だった。
 そしてその後には、実際に取調べを行った検察官の尋問も予定される異例の裁判。裁判長が法廷に入室し開廷。弁護側に設置された大型モニターに映像が流れた。
 
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公開された映像
(令和元年12月9日)
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「あなたの場合、いきなり学校法人の貸付だっていう前提で話しているように聞こえるのね。それって普通の人がとる行為としておかしいでしょう。端からあなたは社長をだましにかかっていったってことになるんだけど、そんなことする?普通」
【K氏】「しないですよね、普通は」
(K氏はプレサンスコーポレーション社長だった山岸忍さんの当時の部下)
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「なんで、そんなことしたの。それ何か理由があります?それはもう自分の手柄が欲しいあまりですか。そうだとしたらあなたは、プレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ」
 「大罪人」という言葉を使いK氏に詰め寄る田渕検事。この後、K氏が話した供述が大きな決め手となり、大手不動産会社プレサンスコーポレーション社長(当時)の山岸忍さんは逮捕された。しかし、刑事裁判では検察の主張は否定され、山岸さんには無罪判決が下された。
 この事件は5年前、大阪市内の学校法人の土地取引をめぐり起きた。学校経営に関心を示していたO氏(有罪判決で確定)が18億円もの大金を借り入れ、その金を使って理事長に就任した。この18億円を貸したのが山岸さんだった。
 O氏はその後、学校の土地を売却して、借り入れていた18億円の返済にあてた。O氏は、理事長就任のために必要とした個人の借金を、学校の財産である土地を売った金で返済したことになる。これは業務上横領罪にあたる。
 特捜部は、山岸さんがこの横領計画を知っていながら、学校の土地欲しさに金を貸したと考え、捜査を進めた。確かにこの土地は、大型マンション建設にとっては絶好の場所。マンション事業を手広く展開していた山岸さんが、手に入れたいと願っても不思議ではない。特捜部は山岸さんの動機は十分と考えていた。
 一方で18億円の金を出した山岸さん。「金をだれに貸したのか」という認識の点で、特捜部の見立てとは大きな違いがあった。
 山岸さんは部下K氏などを通して、O氏個人にではなく、学校法人に金を貸したと思っていた。学校に金を貸し、学校が土地を売って返済したという認識であれば、通常の土地取引で、罪にはならない。
 特捜部は捜査を進めていくものの、山岸さんがO氏個人に金を貸したのだと認識していたことを示す、客観的な証拠が出てこなかった。そんな中で特捜部がこだわったのが、事件の関係者からの証言だ。
 重点的に取調べを受けたのが、映像にも映し出された山岸さんの部下K氏(逮捕、起訴の後、裁判で有罪判決)だった。この土地取引の実務を担っていた K氏自身は、横領計画を知りながら取引を進めていた。しかし「山岸さんには伝えていなかった」と、特捜部の取調べに対して答えていた。
 特捜部としては、どうしてもこのK氏を“割る”必要があった。そのような状況の中で、今回公開された取調べが行われることになる。
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「これ例えば会社から今回の風評被害とか受けて、会社が非常な営業損害を受けたとか、株価が下がったとかいうことを受けたとしたら、あなたはその損害を賠償できます?10億、20億じゃすまないですよね。それを背負う覚悟で今、話をしていますか」
【K氏】「まぁ、背負えないですよね。それは」
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「背負えっこないよね。そんな話して大丈夫?だから、あなたの顔が穏やかになりきっていないって見えるんですよ。見えるんですよ。見てわかるんですよ」「だんだん悪い顔になってきているよ」
【K氏】「いや悪い顔じゃないです。本当に悪い顔で説明するつもりないです」
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「いやいやだって、おかしいじゃない。普通に考えて」
【K氏】「じゃあもしかしたら私の勘違いだとしたら、すみません。ぼくはそういう風に自分では説明したと思い込んでいるのか」
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「どういうふうに」
【K氏】「いや、その移転、移設するために学校に出してくれっていう話を自分がしたと思っているんで」
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「それはね、後からそういう形で説明したということにしようとしていただけなんじゃないの、みなさんが。山岸さんに対する説明はそういう体でやっていたんだってことにしていただけじゃないの」
【K氏】「そこは本当に」
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「だって、スタートがやっぱりおかしいじゃない。どう考えてもおかしいですよ」
 山岸さんに横領計画について報告していないとしたらプレサンスが被った損害を一人で背負えるのか…そう迫り、特捜部の見立てに合わない供述は徹底的に否定にかかる。無罪判決の中で「必要以上に強く責任を感じさせ、その責任を逃れようと真実とは異なる内容の供述に及ぶ強い動機を生じさせかねない」と厳しく非難された取調べだ。
 誘導的と感じる部分がある一方で、この部分だけを見ればそこまで大きな問題があるようにも感じない人もいるかもしれない。だが、取調べには“流れ”のようなものがある。映像が公開された取り調べの前日から、一連のものとして見ると大きく印象が変わる。
 12月8日、田渕検事は家宅捜索でK氏のデスクから押収したメモを、「山岸さんは関与していない」と社内で口裏合わせした際の証拠だと主張していた。
(令和元年12月8日/取り調べを文字起こしした裁判資料より)
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「なんでこんなものがあるの?いや知ってるでしょ。なんでこんなものがあるの?なんであるんですか?」
【K氏】「社内の同僚に相談をしたからですね」
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「さっきしてないって言ったじゃん」
【K氏】「はい」
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「で、なんであるの?なんで嘘ついたの?」
【K氏】「嘘っていうか同僚…」
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】(右手を自分の顔のあたりまで振り上げ、振り下ろし手の平で机を1回たたく)「嘘だろ!今のが嘘じゃなかったら何が嘘なんですか!」
 机を叩き威圧する田渕検事。取調室に大きな音が響き渡り、取り調べはこう続く。
大阪地検特捜部(当時)田渕大輔検事】「もうさ、あなた詰んでるんだから。もう起訴ですよ、あなた。っていうか有罪ですよ、確実に」「命かけてるんだよ!検察なめんなよ!命かけてるんだよ、私は」「かけてる天秤の重さが違うんだ、こっちは」
 K氏はこの日およそ50分間、一方的に責め立てられ、15分間は大声で怒鳴り続けられた。K氏はそもそも任意の段階から、連日、密室で取り調べを受けて精神的にも肉体的にも疲弊していた。さらに、この高圧的で威圧的な取調べ。公開された映像の取り調べは、そのような状況を経てのものだった。
 「大罪人」「プレサンスの被った損害を一人で背負えるのか」そう迫られたK氏はこの後「山岸さんはO氏個人へ金を貸すと認識していた」と供述を変え、山岸さんは逮捕された。
■認められた映像と認められなかった映像
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プレサンスコーポレーション元社長 山岸忍さん
 山岸さんは無罪判決を受けた後、国に対し損害賠償を求める裁判を起こした。今回の映像は、その裁判の証拠として提出されたものだったのだが、机をたたく、大声で怒鳴る部分の映像の公開は現時点で認められていない。なぜなのか。
 そもそも弁護団は、この冤罪事件がなぜ起きたのかを解明するためには、裁判所が特捜部の取り調べ映像を見ることは不可欠だと考えている。弁護団は取り調べ映像を刑事裁判の証拠として持ってはいるが“刑事裁判の証拠は刑事裁判でしか使えない”ということを定めた法律がある。いわゆる刑事証拠の目的外使用禁止規定だ。
 そこで弁護団は改めて、国家賠償請求訴訟の証拠として映像の提出を国側(検察)に求めていた。しかし、国は頑なに拒否。
 そのような経緯を踏まえ、大阪地裁は去年9月、田渕検事が行った5日間、計約18時間に及ぶ取調べ映像の提出を命じた。この中には、机をたたく、大声で怒鳴る取調べも含まれていた。
 これに対し、国側は即時抗告を行い、大阪高裁は今年1月、提出範囲をおよそ1時間に狭める決定をしたのだ。大阪高裁はその理由について「山岸さん側が報道機関などを通じて録画録音を公開した場合、元部下のプライバシーを侵害する恐れがある」などと説明した。
 山岸さんの弁護団はK氏のプライバシーには十分配慮したうえでの公開を従前から約束し、現に今回の公開もそのような形で行われた。さらに、そもそも冤罪被害にあった山岸さんが、自身の冤罪がどのように作り上げられたのかを立証するために重要な証拠である取調べの映像を、その裁判で使えないという事実が極めて理不尽だ。その判断は今、最高裁に委ねられている。
 事件の真実を追求することは、検察が最も大切にしていることだ。その検察が引き起こした今回の冤罪事件。検察は自ら、その取調べで何があったのか、明らかにするべきではないだろうか。
■「特捜部事件」担当の検事が尋問受ける
 6月11日。映像公開の後、法廷にはその田渕検事が裁判の証人として尋問の場に立った。田渕検事は今、検察幹部の立場で、特捜部事件の捜査を担当した検事が尋問を受けるのは異例だ。山岸さん側の秋田弁護士・西弁護士が質問をした。
【秋田真志弁護士】「なぜあのような取り調べをしたんですか?」
【田渕大輔検事】「真実を話そうという姿勢がなく、私の話に正面から向き合ってもらう必要があると思いました」
【秋田真志弁護士】「K氏が真摯に向き合っていないから、そういう取り調べ(机をたたく、大声で怒鳴る)をしたんですか?」
【田渕大輔検事】「言葉だけでは進まないと思い、挙動も混ぜたほうが誠実に向き合っていることが伝わると思ったので」
【秋田真志弁護士】「取り調べに反省すべきところはありましたか?」
【田渕検事「使った言葉に不穏当な言葉はありました」
【秋田真志弁護士】「また同じような取り調べをしますか?」
【田渕大輔検事】「まずしないと思います」
 自身の取調べについて不適切な部分があったことを認めた田渕検事。尋問を行った弁護士に対しては、こんな発言をする場面もあった。
【田渕大輔検事】「そんな怖い顔で聞かれても…」
【秋田真志弁護士】「怖い顔してないし、私とは距離もあるし、机もたたきませんよ」
 数時間にわたって行われた尋問だったが、その最終盤。特に印象に残った場面があった。
【西愛礼弁護士】「無罪判決が出て、どう感じましたか?」
【田渕大輔検事】「残念な判決だと感じました。私は有罪維持に十分だと思っていた。しかし、公判ではK氏の供述の信用性も否定された」
【西愛礼弁護士】「山岸さんはいまでも有罪だと思っていますか?」
【田渕大輔検事】「それは立場的に… 答えを差し控えます」
 このやり取りから、検察は今でも山岸さんを有罪だと信じているのだと、私は感じた。そして、山岸さんに対する謝罪の気持ちや、後悔や反省のようなものはないのだろうと、改めて認識した。
■「逮捕は待った方が…」進言した検事 聞き入れなかった主任検事
 6月14日。11日に引き続き、別の検事の尋問が行われた。
 午前中に法廷に立ったのは、山岸さんの取引先会社の社長Y氏(有罪判決が確定)を取り調べた検事。Y氏は一度、山岸さんの関与を認める供述をした後に、その供述を撤回した人物だ。これまでの取材で、この検事はY氏の供述撤回を受けて、捜査を主導していた大阪地検特捜部の蜂須賀三紀雄主任検事(当時)に「山岸さんの逮捕を待った方がいいのでは」と進言したことが明らかになっている。拘置所から電話し、Y氏が供述を撤回したことを話し、「逮捕を待った方がいいので」と伝えると、蜂須賀主任検事は、ほかの証拠もあるので令状が出たら山岸さんの逮捕を執行すると言った…そう話した。
 重要な証拠に位置付けていたY氏の供述が撤回されたこと。そして「逮捕は待った方がいい」という検事の進言。それにも関わらず、山岸さんの逮捕は、その日に執行された。当時検察内部では何が起きていたのか。14日の午後の法廷で、捜査を主導していた大阪地検特捜部主任(当時)蜂須賀検事の尋問が行われた。山岸さん側の中村弁護士が質問した。
【中村和洋弁護士】「逮捕は待った方がいいのではという場面についてどのように記憶していますか?」
【蜂須賀検事】「本当に覚えていません」
【中村和洋弁護士】「非常に重大な局面だったと思うのですか?」
【蜂須賀検事】「撤回した、という報告は記憶にあるが、ここは本当に出てこない」
 「逮捕は待った方がいいのでは」と進言された場面について記憶にない、と答えた蜂須賀検事。さらに…
【中村和洋弁護士】「供述撤回について訂正調書を作った方がいい、と進言を受けた場面についてはどうですか?」
【蜂須賀検事】「覚えていません」
【中村和洋弁護士】「ものすごく不自然ですよ」
【蜂須賀検事】「覚えていたら言いますよ、というのが私の思いです」
特捜部にとっては、巨額横領事件の捜査の過程で、東証一部上場企業社長・山岸さんを逮捕するのかどうかという極めて重要な場面だ。蜂須賀検事は“記憶に残っていない”という、不可解と言わざるを得ない返答に終始した。
■法廷の温度が上がったような場面 「上級庁に報告は?」「答えてください」「差し控えます」
 また国側代理人の反応が変わり、法廷の温度が一瞬にして上がったように感じられた場面もあった。
【中村和洋弁護士】「山岸さんの起訴の決裁は上司にとったんですよね」
【蜂須賀検事】「特捜部の副部長、部長。地検の次席と検事正の決裁はとっている」
【中村和洋弁護士】「高検、最高検にはとっていないんですか」
【蜂須賀検事】「(高検)検事長の決裁はとりました」
【中村和洋弁護士】「Y氏の供述の揺らぎについては伝えたんですか?」
【蜂須賀検事】「捜査で必要な書類は共有して…判断過程については…」
【中村和洋弁護士】「上級庁に報告はしたんですか?」
【蜂須賀検事】「必要な証拠関係を精査し、適切な…」
【国側指定代理人】「異議があります!!職務上の秘密にあたるため…」
【中村和洋弁護士】「職務上の秘密にあたるかどうかは本人が判断することです!教唆しています!」「異議には理由がない!答えてください!!」
【裁判長】「答えてください」
【中村和洋弁護士】「報告していないんですか?」
【蜂須賀検事】「差し控えます」
 肝心な部分になると連発される「記憶にない」「答えを差し控える」という返答。結局この日の尋問でも、なぜ大阪地検特捜部は山岸さん逮捕に踏み切ったのか、その核心部分について明らかにされることはなかった。
■試されている検察組織の姿勢
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 大阪地検特捜部は以前にも大きな過ちを犯している。いわゆる「村木事件」だ。
 2009年、自称障害者団体に偽の証明書を発行したとして、厚生労働省局長だった村木厚子さん(当時53)を逮捕・起訴したものの、裁判で村木さんの関与を証言していた関係者が次々と供述を翻し、強引な取調べの実態も明らかになった。結局、裁判所は村木さんに無罪判決を言い渡した。その後、証拠の改ざんまで発覚することになる。
 関係者の供述を強引に引き出し、逮捕起訴につなげるという特捜部の捜査パターンが大きな非難を受け、様々な検察改革が行われた。特捜部が行う独自事件に関しては、すべて取り調べが録音録画されるようにもなった。
 しかし、10年以上たって再び同じ過ちは繰り返された。なぜ録音録画されていることが分かりながら、大声で怒鳴り、机をたたく取り調べが今も行われているのか。なぜ客観証拠よりも自分たちの見立てに合う自白を重要視し、逮捕・起訴に至るのか。検察は突き付けられた問題に、正面から向き合うことを避けているように見える。
 村木事件を経て、検察は自らの役割と使命を示した「検察の理念」を制定した。その中に、このような一説がある。
・被疑者・被告人等の主張に耳を傾け、積極・消極を問わず十分な証拠の収集・把握に努め、冷静かつ多角的にその評価を行う
 18日、蜂須賀検事は最後の尋問に臨む。
関西テレビ記者 赤穂雄大
 
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