ホントのことが言えない企業はどうすれば? 「ちゅ~る」いなば食品騒動に学ぶ 社員採用に求められる姿勢(2024年4月18日『東京新聞』)

 
 ペットフードなどを手掛ける「いなば食品」(静岡市)。グループ内で扱う猫用おやつ「CIAO(ちゃお)ちゅ〜る」で名をはせたが、今は混乱の渦中にある。入社辞退が相次いだのだ。社宅の激しい傷みなどが問題になったという。「採用時の説明と違う」と退職するのは、その人にも会社にも不幸なこと。会社の弱みは採用時にどう伝えるべきか。(西田直晃)

◆社宅が雨漏り…新入社員少なくとも16人退職

 「問題となった建物は大改修が必要。社宅としては使わないことにした」
 17日、いなば食品の担当者は東京新聞こちら特報部」の取材にそう答えた。
 同社によると、借り上げ社宅6棟のうち、1棟で畳の交換や雨漏りの修繕が追い付かず、新卒一般職の入社辞退が相次いだ。少なくとも16人に達したという。

◆地元静岡での知名度は高い…「今後は改善したい」

 今月に報道され、SNSなどで批判が殺到すると、同社は公式サイトで謝罪文を掲載。新卒受け入れに信頼を置いた副社長が1月に亡くなり「改修業務に残った期限に余裕がなく、修正が極めて遅れました。その結果、新卒一般職の16名の方々がご入社辞退となり、心より深くお詫びします」とつづった。
一連の混乱の謝罪文を掲載する「いなば食品」のサイト

一連の混乱の謝罪文を掲載する「いなば食品」のサイト

 社宅の実情が入社直前まで知らされなかった疑惑も指摘されており、担当者は「分からないことが多く、辞退者に確認している。不信感を抱かせてしまった落ち度はこちらにある。今後は改善したい」と話した。
 いなば食品は缶詰を主製品とする食品メーカー。静岡での知名度は特に高く、プロ野球2軍の新球団の本拠地「ちゅ〜るスタジアム清水」の命名権を得た。

◆謝罪文も「的外れ」 ネット時代に隠し事は通用しない

 こうした企業でも批判の嵐に巻き込まれる。
 企業の危機管理に詳しい「エイレックス」の河端渉氏は謝罪文を踏まえ、「入社前に提示した労働条件との相違、労働環境に触れず、改修の遅れだけに言及しているのは的外れだ。問題点を明確にしておらず、さらなる追及や炎上を招きかねない」と警告する。
いなば食品の関連企業が販売する、ネコ向けおやつ「ちゅ~る」などのペットフード

いなば食品の関連企業が販売する、ネコ向けおやつ「ちゅ~る」などのペットフード

 若手社員の早期退職という面では、他の企業にとっても人ごとではない。厚生労働省によると、2020年3月に高校・大学を卒業した新卒社員の3年以内の離職率は、それぞれ37%、32.3%に達する。事業所の規模が小さいほど割合が高くなる傾向がある。
 「今はすぐに会社を辞めたって、世間から『使い物にならない』とは思われにくい。人手不足の影響で、新たな就職先にもすぐに恵まれる」。そう語るのは、日本大の安藤至大(むねとも)教授(労働経済学)だ。
 「SNSの発達でブラック企業の実態が可視化され、誰もが違和感を公表しても大丈夫だと思っている。内定時には良い面だけを見せ、入社後に厳しい現実を突き付けられたのは昔の話だ」

◆弱みは正直に、魅力と一緒に もし魅力がないなら…

 それでは、企業側はどう向き合うべきか。
 安藤氏は大前提として、労働環境の「明確な伝達」を強調する。関係法令の改正によって、今年4月からは労働者の募集や契約締結に際し、将来的に想定される就業場所・業務の範囲の明示が義務付けられた。ミスマッチを防ぐため、転勤や配置転換の可能性を事前に伝える。
 「人手不足の企業は良いことばかり言いがちだが、ごまかして入社させてもいずれ辞めてしまう。絶対にうそをつくべきではない」と安藤氏。「労働条件というものはパッケージとして評価される。高収入のハードワークもあれば、定時に帰れて自由時間が多い安月給もある。企業に弱みがあっても、その点を補うメリットと組み合わせ、実情を正直に伝えたほうがいい」と語り、こう続けた。
 「その上で一つの魅力も打ち出せないなら、売り手市場のこの時代に企業は存続できない。市場から撤退するしかない」