熊本での「聞く力」(2024年4月8日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 「岸田文雄の特技は、人の話をしっかり聞くということであります」。2年半前、自民党総裁に選ばれた直後のあいさつを思い出した。来熊した首相について報じる、きのうの本紙記事を読んだからだ

▼首相はおととい、台湾の世界的半導体メーカー「TSMC」が日本で最初に建設した菊陽町の第1工場を視察。案内したTSMC最高経営責任者が「第2工場も菊陽町で建設する予定だ」と初めて明言した。首相の「聞く力」が発言を引き出したんだ、と一瞬思った

▼いやいや待てよ。そう言えば事前に自民党議員が語っていた。「首相が来るのだから、お土産はあるはず。考えられるのは第2工場の建設場所かな」。この議員の「先を読む力」の方がすごいのではないか、と思い直した

▼首相は熊本市も訪問し、派閥の裏金事件を受けて党幹部が各地で現場の声を聞く「車座対話」に初めて出席した。この企画の初回は3月22日。金沢市茂木敏充幹事長が訪れ、相手は石川県連幹部だった。今回は門戸を広げ、首相自ら「身内」の議員以外とも向き合った

▼一般の出席者は「国民の怒りは沸点に達している」「議員としての倫理観が欠如している」と思いをぶつけた。首相の「聞く力」があってこそか。当人も「重く受け止め、信頼回復に努める思いを強くした」と対話の意義を語った

▼いやいや待てよ。ずっと前から首相は、一般国民の声を耳にしてきたはずだ。もうそろそろ、「実行する力」も特技だ、と胸を張って言える政治をお願いしたい。