学んで社会を変えよう 障害者が自分らしく働くためのビジネススクール(2024年2月18日『毎日新聞』)

D-Biz Collegeのオンラインセッション。異なる障害を持つ受講生が学びを深めている=ウェブ会議システム「Zoom」から(画像の一部を加工しています)拡大
D-Biz Collegeのオンラインセッション。異なる障害を持つ受講生が学びを深めている=ウェブ会議システム「Zoom」から(画像の一部を加工しています)

 「働けるのなら、どこでもいいです」

 障害者から諦めの声を何度となく聞かされた。障害にかかわらず、さらには障害があればこその強みを発揮できれば、豊かな社会が実現し、障害者も自己実現を果たせるはず――。そんな願いを実行に移したビジネススクールが2023年10月、東京に誕生した。

 「D-Biz College(ディービズカレッジ)」(東京都墨田区)。ネット上で学べる「eラーニング」を中心に、ロジカルシンキング(論理的思考)▽SNS(ネット交流サービス)マーケティング▽財務分析▽事業開発――など20講座以上、計約200本の動画が入会金3万3000円、月額1万1000円で受講し放題。聴覚障害者向けには字幕も付く。

 特徴は、既に一線で活躍している障害当事者も「コーチ」として伴走支援することで、ロールモデルを身近に学べるという点だ。

 「チーフコーチ」を務めるのは、筋力が徐々に低下する難病「筋ジストロフィー」を患いながらシンガー・ソングライターとして活動する小澤綾子さん(41)。本業は日本IBMで人材育成に取り組んでおり、23年1月に第1子を出産して子育てにも励む。妊娠中の22年11月には初めてのミュージカルにも出演した。

設立発表パーティーで登壇して小澤綾子さん(右)らにエールを送る東ちづるさん(中央)=東京都港区南青山5のBENE-で2023年9月30日午後2時17分、錦織祐一撮影拡大
設立発表パーティーで登壇して小澤綾子さん(右)らにエールを送る東ちづるさん(中央)=東京都港区南青山5のBENE-で2023年9月30日午後2時17分、錦織祐一撮影

 コーチは、網膜色素変性症による重度の視覚障害を持ちつつその視点を生かして経営コンサルタントとして活躍する成澤俊輔さん(39)、視覚障害者らによる5人制サッカー「ブラインドサッカー」日本代表として長年活躍した落合啓士(ひろし)さん(46)ら多士済々。顧問弁護士は日本で3人目の全盲の弁護士、大胡田(おおごだ)誠さん(46)が務める。

 23年9月に都内で設立発表のパーティーがあり、俳優で社会活動家の東ちづるさん(63)らが登壇してエールを送った。小澤さんは「私はこの会場に時間通りにたどり着くことすら難しい。社会は(移動手段など)バリアーだらけで『自分らしく働くって何だろう』と考えるきっかけすらない。みんなで一緒に考え、学んで、バリアーを少しでも取り除き、そんな現実を変えたい」と力を込めた。

 代表を務めるのは、経営コンサルタントと、目標達成のためのコミュニケーション手法「コーチング」を教える会社を経営する渡辺佑さん(37)。障害を持たない渡辺さんがスクールを設立したきっかけは、渡辺さんのコーチ養成講座を、知人から紹介されて小澤さんが受けたことだった。

 渡辺さんは初めこそ「『社会的弱者』に対する社会貢献」という意識でいたが、小澤さんが「障害者」の常識を飛び越えて精力的に活躍している姿に「全然弱者だとは思えない」と認識を改めた。その後も多くの障害当事者に出会うと、人生にしっかりと向き合っている印象が強く「人生の目的地まで導く」コーチングに向いていると感じた。

 一方で、小澤さんや仲間から、障害者雇用の実態も聞かされた。法定雇用率を満たすことだけが重視され「職場にいればいいから」と仕事を与えられなかったり、在宅勤務で他の社員の誰とも関われなかったり……。「社会側が障害者のポテンシャルを抑え込んでいる」と理不尽さを痛感すると同時に、実は障害当事者の多くもこうした待遇に心が疲れ、自分らしく働くことの追求を諦めている――と気付いた。働き口を確保した、その後を充実させる。コーチングを中心としたスクールの構想が固まった。コンセプトは「働ければいい、のその先へ」だ。

 現在は、視覚▽聴覚▽四肢▽発達▽精神――と異なる障害を持つ7人が受講生として在籍する。それぞれのゴールは「現在の働き方を充実させたい」「起業したい」などさまざまだ。

 2月8日に開催されたオンラインセッションは記者(原)も参加し、それぞれが自身の悩みや目標への進捗(しんちょく)を活発に報告し合っていた。

 聴覚障害を持つ受講生の女性(43)はスクールに通い始めてからプログラミングを学ぶようになった。これまでは「日々の仕事が嫌で『しんどい思いをしてまで成長しなくてもいい』と自分に言い聞かせ、諦めていた」という。それが、ポジティブな言葉を積極的に使うことで「日々のストレスが減り、他に目を向ける余裕ができたことで、新しいことに挑戦したくなるといういいサイクルが生まれ、毎日とても充実しています」と生き生きと語る。

 渡辺さんは「最初は『自分は駄目だ』と思い込んでいる人が多いけれど、チャレンジしている仲間を見て変わっていく。勇気を持って踏み出してほしい」と呼び掛けている。詳細はサイト(https://d-biz-college.jp/)へ。【原奈摘、錦織祐一】