2023年10月期ドラマ『セクシー田中さん』(日本テレビ系)を発端とした原作改変問題がテレビ、出版業界を揺るがせています。
【画像】脚本家の伴一彦氏が「自分がテレビドラマとして書きたいものを小説で書いた」
小説 原作者・芦原妃名子さんは自身が執筆した漫画『セクシー田中さん』(小学館)の映像化に当たり、当初「必ず漫画に忠実に」という条件が守られなかったとして、1月26日にブログおよびX(旧Twitter)にて最終2話を執筆せざるを得なかった経緯を説明。この投稿は多くの注目を集めました。※現在は削除済み
脚本家が望んでも…オリジナル作品の実現は難しい
本騒動において、X上で散見されるのが「オリジナルの脚本書いてこそ脚本家」「原作を借りずにTVドラマを作ればいい」「原作だけよこせ、というのがシナリオ作家協会の方針?」などという、“原作ものを書く脚本家=実力のない脚本家”という偏見のポストです。
なかには『silent』(フジテレビ系)の脚本家・生方美久氏のような、敏腕プロデューサーに抜擢されオリジナル作品でデビューする稀なパターンもありますが、ほとんどの脚本家が新人時代から原作ものを経験しています。名前だけで視聴者が呼べるような存在になるまでは、原作ものの脚本から実績を積んでいくことが当たり前となっています。
しかし、映像コンテンツが増え、漫画や小説の映像化へのハードルが以前に比べて低くなった半面、どんなに力のある脚本家でも「自分のオリジナルでドラマを作りたい」と言ってもなかなか実現しにくくなっているのが現状です。
基本的に大手キー局でテレビドラマの企画が決定するのはおおよそ1年前です。オリジナル作品よりも原作ものが多いのは、スポンサーを集めやすい、固定のファンの取り込みでヒットが予測できるなどの事情もありますが、それを含め権限を握る局の上層部が「既存のコンテンツに乗っかることで企画成立の想像がしやすい」。これにつきると感じます。
原作者への打診段階で企画が決定するケースがある
現実として、出版社への確認と原作者への打診を進めるなか、完全な許諾を得ていない時点でドラマの企画会議に出され、制作が決定するという流れがあります。そのため、企画書の時点で企画を通すために大幅な改変が行われることも。脚本家がプロデューサーと共に企画書を作ることもありますが、脚本家へのオファーの多くは企画が成立した後です。この流れでは、どこかで綻びが出てトラブルが起きることは必至でしょう。
今回の件が起こったことによって、万が一、漫画原作や小説原作と映像化のあいだに大きな溝ができ、素晴らしい原作作品も制作側にとって厳しい契約がされたり、及び腰になることによって映像化のハードルが極端に上がってしまうのは残念なことです。
脚本家とプロデューサーが原作を手掛ける潮流
一方、昨今の新しい潮流として、脚本家自身が原作側に参入して映像化を目指す動きがあります。泣ける小説家としても人気の宇山佳佑氏、時代小説作家の土橋章宏氏は脚本家がキャリアのスタートで、両名とも現在・脚本家としても活躍中です。自作の小説出版後にその評価を受けて映像化している作品もいくつかあります。ベテラン脚本家の尾崎将也氏、伴一彦氏もオリジナルの小説を出版し、好評を得ています。
伴氏はXにて、自身の著書である『あなたも人を殺すわよ』(光文社)は「もともとテレビドラマ用に企画」したものであり、「自分がテレビドラマとして書きたいものを小説で書いた」と執筆の理由を述べています。※2024年2月3日、4日のポストより 漫画に目を向けてみても、『マルモのおきて』(フジテレビ系)の脚本家・阿相クミコ氏は集英社のWebマンガサイト「となりのヤングジャンプ」で連載中の『未来のムスコ』の原作者としても人気を集めています。
『VIVANT』プロデューサーが原作企画を担当したドラマも
また、23年4月期にTBSドラマストリームで放映された『私がヒモを飼うなんて』はTBSテレビとマンガ配信アプリ「マンガボックス」の共同制作により誕生したドラマです。このドラマはまず映像化を見越して漫画が連載され、その後ドラマが制作・放映されました。漫画原作は主に脚本家として活動する本山久美子氏が、企画はドラマ『VIVANT』(TBS系)のプロデューサー飯田和孝氏が担当しています。
ほか、脚本家・ドラマ制作会社が出版社と共同でIP開発をし、映像化を前提としたマンガ企画を立ち上げるという話も昨今多く耳にしています。局と距離の近い脚本家が、自身が原作に携わった小説やマンガ原作の企画書を自ら書き、制作会社や局に持ち込み、成立したケースもあると聞きます。
今後、トラブルが起こらないためにすべきことは
このように今後、脚本家側が積極的に原作を作りにいったり、メディア側が積極的にオリジナル執筆能力のある脚本家を起用した漫画原作や小説を作らせ、ある程度人気を作り上げてからドラマ化する例が増えてくるのかもしれません。
しかし、これではどこか視聴者側がメディア側にコントロールされている気分になることでしょう。カラクリが透けて見えるのが、視聴者側が一番嫌うところ。大人の事情や大きな会社の力があるならなおさらです。そもそも局側が十分な時間をとって、ドラマを丁寧に作ろうという姿勢があればいい話なのです。
結局は、オリジナル・原作に関わらず良質なドラマを作るために必要なのは制作する上での十分な期間と、コミュニケーションがとれる風通しのいい現場でないでしょうか。
以前から問題視されつつも、見逃され続けていた映像化に当たっての原作改変問題。『セクシー田中さん』原作者・芦原さんの必死の訴えによってパンドラの箱が開き、多くの議論がいまだ交わされています。昨今騒がれる多くの問題と共に、メディアの中で有耶無耶にされてきたことの変換点に私たちは今立っているのかもしれませんね。 <文/小政りょう>
【小政りょう】 映画・テレビの制作会社等に出入りもするライター。趣味は陸上競技観戦