医師不足や違法残業、是正勧告が相次ぐ医療現場…「働き方改革と言っても変わらない」(2024年2月12日配信『読売新聞』)

 4月に始まる「医師の働き方改革」を前に、医療現場に苦悩が広がっている。読売新聞の調査では、違法残業で是正勧告を受ける病院は後を絶たず、病院側からは「医師が足りず、労働時間の削減は簡単ではない」と悲鳴が上がる。課題は山積している。(大阪社会部 田中健太郎、西井遼)

今も月150時間超

 西日本の公立病院に勤務する30歳代の男性医師は「多くの医師が疲弊し、使命感で何とかやっている。働き方改革と言ってもほとんど変わらない」と漏らす。

医師の違法な長時間労働を指摘する是正勧告書
医師の違法な長時間労働を指摘する是正勧告書

 昨年末のある日、男性は午前7時過ぎに出勤し、まもなく手術を始めて終了したのは午後11時過ぎだった。術後の患者の経過を見守り、帰宅したのは午前2時。3時間ほど睡眠を取って出勤し、また手術をこなした。

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 男性の病院は数年前、労働基準監督署から是正勧告を受けた。だが、申告する残業時間を調整するよう指示されただけで負担は変わらない。今も時間外の業務は毎月150時間を超える。男性は「日本の医療は医師の自己犠牲で成り立っている」と訴える。

専門や地域で偏り

 

 本紙の調査では、2018年以降、都道府県と政令市が運営に関わる公的病院で医師の違法残業で是正勧告を受けた病院は42に上る。

 今年4月以降、勤務医の残業時間に罰則付き上限が設けられる。原則年960時間、研修医など特別に認められた場合は年1860時間となる。医師は適用を5年間猶予されていたが、違法残業が続いている。

 コロナ禍の20~22年は勧告を受けた病院は少なかった。労基署の調査が困難だったためとみられ、実際は多くの病院で違法残業が行われていた可能性がある。

 原因として挙がったのが「医師不足」だ。

 厚生労働省によると、医師数自体は増えている。しかし、勤務が不規則な外科や産科など一部の診療科はなり手が少なく偏在し、地方では確保も難しい。今回の調査でも、一部の専門医に業務が偏ったり、離島など他の医療機関が乏しかったりする病院が勧告を受けていたケースが目立った。

 産科医3人の違法残業で18年に是正勧告を受けた愛媛県新居浜病院は県東部の周産期医療や新生児の治療を一手に担う。医師を1人増やしたが、担当者は「妊産婦や患者の数は制御できるものではなく、集中すると長時間労働にならざるを得ない」と話す。

 沖縄県石垣島にある県立八重山病院も22年に是正勧告を受けた。担当者は「離島は都市部に比べ圧倒的に病院数が少なく、医師の確保も難しい」とこぼす。

「自己研さん」名目で

 比較的医師数が多い都市部も患者が集中すれば、労働環境は悪化する。兵庫県立西宮病院(西宮市)は19~23年に3回勧告を受けた。幹部は「目の前に患者がいるのに、『違法になるので』と言えない」と打ち明ける。

 各病院が残業削減を進める中、課題となっているのが医師が知識や技能を習得する「自己研さん」だ。

 昨年8月、神戸市の「甲南医療センター」に勤務していた専攻医(当時26歳)が過労自殺した問題が発覚した。労基署は長時間労働が原因と認定したが、センターは「『自己研さん』が含まれる」と主張している。

 厚生労働省は19年7月の通達で、上司の指示や業務と関連があれば労働、それ以外は自己研さんとする。だが、その線引きは曖昧だ。

 22年に是正勧告を受けた千葉市立青葉病院は、研修医が時間外に行っていた治療や診察を自己研さんとしていたが、労働にあたると判断された。労務管理の担当者は「自己研さんのとらえ方が曖昧だった」と釈明する一方、「自己研さんが幅広く労働と認められると、残業時間の上限に抵触し、医療サービスが維持できなくなる」と話した。

 医師の働き方に詳しい荒木優子弁護士(第二東京弁護士会)は「自己研さんは労働時間を削減したい病院にとって都合がよく、4月からの残業規制が骨抜きにされかねない。 恣意しい 的に運用されないよう、労基署は実態に即して指導していくべきだ」と指摘している。

IT技術で改善も

 労働環境を改善する取り組みは手探りで進んでいる。

 2016年に女性研修医が過労自殺した新潟市民病院は17年6月以降、業務削減のため、症状が落ち着いた患者を地域の診療所に「逆紹介」する取り組みを導入した。22年度の外来患者数は24万人と16年度より3万人減ったという。担当者は「地域で連携し、医師を守りながら医療サービスも維持したい」と話す。

 昨年、医師41人の違法残業で勧告を受けた富山県立中央病院(富山市)では残業時間は医師の自己申告制だった。4月以降、医師に位置情報を把握できる機器を持たせ、客観的に労働時間を把握する。同様の機器は各地で導入されている。

 厚生労働省は、医師の業務を看護師などに振り分ける「タスクシフト」やデジタル技術を使った業務効率化を呼びかけている。また、医師の偏在解消のため、都道府県に医師の確保計画を策定するよう求めている。

 地域医療に詳しい伊関友伸・城西大教授(行政学)は「個々の病院が医師を増やすことは難しい。病院の再編を進めて医師を適正配置し、患者の症状に応じて大規模病院や診療所に振り分ける医療機関間の連携が重要だ。医師の健康を守り、医療提供体制を維持するためには、患者側の理解も必要となる」と話している。