兵庫県議会の百条委で、自身のパワハラ疑惑などに対する証人尋問に臨む斎藤元彦知事。元県幹部の告発について、公益通報には当たらないとする従来の見解を繰り返した=神戸市中央区で2024年12月25日(代表撮影)
所属する組織の不正を告発した人が報復を受けるようなことがあってはならない。勇気を出して声を上げた通報者を守る仕組みを強化したい。
三菱自動車のリコール隠しや雪印食品の牛肉産地偽装などが内部告発で発覚したのを受け、2006年に施行された。大企業などに通報窓口の設置を義務付け、担当者には通報内容について罰則付きの守秘義務を課している。
だが、実効性が疑問視されてきた。最大の問題は、通報者が十分に守られていないことだ。国連の作業部会も、日本政府に対策の強化を勧告している。
このため政府は、事業者が報復や不正隠しの意図で解雇などの懲戒処分をすれば、新たに刑事罰の対象とする方針だ。通報者を探したり、通報を妨げたりすることも、禁止行為として明記する。
また、懲戒処分が違法だとして通報者が訴訟を起こした場合は、通報との関連がないことを立証する責任を事業者側に負わせるルールも導入する。報復人事を抑止する効果が期待され、一歩前進ではある。
一方、見送られた対策もある。
報復としての配置転換は、刑事罰の対象には加えられなかった。異動が多い日本企業の慣行を考慮したためという。
だが、消費者庁の調査によると、通報を後悔した人が約2割おり、その半数近くが理由として人事異動や待遇面などで不利益な扱いを受けたことを挙げた。
通報目的ならば資料の収集・持ち出しを窃盗罪などに問わない免責規定の導入も、先送りされた。
しかし、通報者の保護より事業者の事情を優先するようでは、制度の信頼性は損なわれてしまう。
公益通報できるのは国民の生命や財産などを害する恐れがある違法行為に限られ、海外に比べ対象が狭い。報道機関など外部への通報には根拠の提示も必要だ。これらの要件は緩和されない。
公益通報が機能すれば、早い段階で不正が是正され、組織の健全性が保たれる。通報をためらわせない体制の整備が急がれる。
組織の不正を正そうと思っても、これで安心して通報できるのかはおぼつかない。
内部告発を「公益」とする法の趣旨を徹底させ、対応を強化する方向だ。法が禁じる通報者への解雇、降格、減給、配置転換、嫌がらせなどの「不利益な取り扱い」が後を絶たないためである。
ただ、抜け穴は多そうだ。解雇にしなくても、一人部屋に置き続けたり、生産性のない仕事ばかりをさせたりして退職に追い込むことはできてしまう。
懲戒処分ではない降格や減給、配置転換などは、「違法行為の範囲や定義についてさらに検討が必要」として罰則の対象から外した。これにも言い逃れの懸念がつきまとう。人事評価だと言えば、事実上の報復対応が可能になってしまうからだ。
さらに、事業者が通報者を特定する“犯人捜し”(探索行為)への対応も、禁止規定は設けるべきだとしつつ罰則を見送った。
案件によっては通報者の協力が必要な場合が考えられ、すべてを違法とひとくくりにしにくいのは確かだ。仮に罰則を設けたところで、事業者の解釈一つで正当な調査だとも言えてしまう。
そもそも、何が公益通報なのかを事業者が判断できてしまう問題も積み残された。
兵庫県知事のパワハラ疑惑などを県幹部が外部に訴えた問題で、知事は告発文書を「うそ八百」と断じ、幹部を懲戒処分とした。鹿児島県警は組織の不祥事情報を報道関係者に送った幹部を守秘義務違反とし、逮捕までした。
こうした例に見られる危うさは検討会でも指摘されたが、具体的な提案にはなっていない。
組織の不正を正すことは本来、組織にとっても有益なはずだ。その原点を社会で共有しながら、通報者を徹底して守り、通報の妥当性を第三者的に評価できる何らかの仕組みが要る。議論を深め、実効性のある制度に育てたい。
公益通報制度 声上げた人を守らなければ(2024年12月26日『読売新聞』-「社説」)
勇気を出して組織の不正を告発した人が不利益を被るようでは、誰も声を上げられなくなってしまう。社会の健全な発展のためにも、通報者を守らなければならない。
公益通報者保護法は、通報者への「不利益な取り扱い」を禁じている。だが、現在は罰則がなく、消費者庁の調査では、人事面などで不利益を被る人が少なくないという。その結果、通報したこと自体を後悔している人も目立つ。
公益通報制度の狙いは、内部に不正があることを企業や団体に気づかせ、自浄作用を発揮させることにある。通報者の解雇や処分といった報復的な対応は、法の趣旨に著しく反している。
しかし、昨年、保険金の不正請求が発覚した中古車販売大手・旧ビッグモーターでは、公益通報の窓口が社内に整備されていなかった。法の理念が社会に十分浸透しているとは言い難い。
違法性の高い対応だとして、専門家から批判が出ているのは当然だ。現在、県議会百条委員会と弁護士による第三者委員会が調査を進めている。対応の問題点を明らかにすることが重要である。
一方、通報者側も公益通報と称して意図的に虚偽情報を伝えることがあってはならない。告発された側が多大な迷惑を被るだけでなく、調査に無駄な時間を要し、業務に支障が出かねないためだ。
法改正にあたっては、こうした点も十分検討する必要がある。
公益通報に当たるかどうかの判断は難しい。企業や団体が制度を適切に運用できるよう、国は判断基準なども示すべきだ。制度の周知も忘れないでほしい。