◆最大高さ約60m19階建てマンション4棟に商業棟…
「突然、大きな『衝立』ができる。この計画を見てから、まともに眠れない。ものすごく、強い憤りを覚えている」。計画地に隣接するマンションに住む男性の静かな口調に、抑えきれない怒りがにじむ。
8月上旬に開かれた住民説明会。集まった約200人の前には、建築主の野村不動産や、同社の委託で住民対応を担うユーエスアイ・エンジニアリングなどの担当者が並び、男性の意見に淡々と答えた。「条件が悪化する人がいるのは承知している。だが、法令、条例にのっとった計画だ」
計画地は江東区越中島の隅田川流域に面した、約1万8000平方メートル。JR越中島駅まで約4分、東京メトロ東西線門前仲町駅へ7分ほどで、有楽町線月島駅も徒歩圏だ。ここに、最大高さ約60メートル19階の定期借地権(定借)付き分譲マンション4棟667戸、商業棟、サービス付き高齢者住宅(サ高住)などを造る。東側地下を走るJR京葉線を避け、西側の川沿いに横長の板状1棟、道路と並行に3棟と商業棟を設ける。
◆元国有地、東京医科歯科大が地主、来春着工
住民の怒りの一因は、ここが国立大の東京医科歯科大の土地で、元国有地という特殊な場所だからだ。もとは4階と10階の職員住宅計3棟があった。だが、解体が決まり、大学と野村が今年3月、跡地の活用事業や一般定期借地権設定の契約を締結。「地域との連携・交流」「いる(住む・来る)だけで健康になる街づくり」をうたっていた。
取り壊しが進む旧職員住宅。かつて敷地内には大きな木々が植わっており、子ども用の遊具などもあった=東京都江東区で
しかし、雲行きが怪しい。次に質問した女性が「産学連携で通常の開発とは異なる印象があった。地域の人にもいい場所になるのかな、と。でも、住宅をできる限り建てて、店舗を若干置いて人が通るだけに見える」と違和感を伝えた。
事業者側は、商業棟は地域で利用し、サ高住では入居者が健康的な生活を送ると抗弁。会場から失笑が出た。他の住民男性が「なんで公園にしないの。大学の土地に金もうけで19階の『壁』を造られ、あなたたちのためになると言われても、納得しない」と畳みかけると、賛同の拍手がわいた。
近隣住民でつくる住民の会は、この動きを知った昨年8月に、開発の方向性を野村に尋ねた。だが、「行政協議中」と具体的な話がないまま1年たち、突然、詳細な計画が明かされた。
別の男性が「なぜ説明会が今なのか。住民との交流という割に、コミュニケーションがない。どんな建物がいいか、ヒアリングもなかった」とただしても、事業者側は「『交流』は、どんな施設を造るかで皆さんとコミュニケーションすることではない」と、どこ吹く風。「区の手続き上、中途半端なもので説明しないよう言われている。ある程度まとまった段階で示した」と語る。着工は来年3月で、根本から見直す気もないと強気だ。会場は「白紙撤回」「こりゃ、反対運動だ」と声が上がった。
◆大学は厳しい懐事情から「土地貸し」に
江東区はどう対応したのか。「住民に随時、正確な情報を説明するよう野村に指導してきた。うちが詳細を知ったのは、7月末。正直、あの内容は驚いた」と区まちづくり推進課の担当者は困惑する。「『地域との連携・交流』に即した計画にしなくては。住民の要望に配慮するよう、東京医科歯科大と野村に伝える」
だが、「地主」の同大は「住民に対し、理解を得るべく対応すると野村不動産から聞いている」と、人ごと。野村に地元の反発や要望への対応などについて尋ねたが、「関係者や地域住民に真摯(しんし)に対応する」などと通り一遍の回答だった。
物議を醸す土地貸しは、大学の厳しい懐事情と絡んでいる。2004年の国立大の法人化後、文部科学省は大学の基盤的経費となる運営費交付金を、年々削減。2004年度に1兆2415億円だった交付金は、2023年度には13.1%減の1兆784億円となった。
◆都市部の広い土地、開発業者は見逃さない
一方で、文科省は国立大学法人法を改め、2017年から同省が認可すれば民間に土地を貸せるようにした。同省国立大学法人支援課によると、2023年度までで40件を認可。用途は駐車場の9件が最も多く、他に発電施設や福祉施設など。分譲マンションは、今回を含め4件ある。貸付期間は3〜75年とさまざまで、期限を迎えたら大学に返す。今回の件は75年で認可され、マンション利用が70年、建設と解体で5年を予定している。
認可基準では、騒音や振動で周囲の迷惑になる、公共性や公益性を欠くなどの用途は認めない。特定一者の利益にならないか公平性も見る。ただ、同課の担当者は「申請は全て認めてきた。認可後の取り消しもない。大学は一法人として自主自律の経営をしている。箸の上げ下ろしに口を出せない」と打ち明ける。
大学の土地がマンション化する背景を、不動産コンサルタントの長嶋修氏は「近年のマンション供給数はピーク時の3分の1ほど。分譲する土地が限られ、需給がタイトな状態だ。都市部で大学の広い土地が出れば、開発業者は見逃さない」と説明する。
とはいえ、将来、更地で返す定借マンションに需要はあるのか。「相場の7割ほどで購入でき、固定資産税もかからない。永住を目的にせず、都市部の広い家に住みたい人向きだ」。だが、地代や解体積立金が毎月かかる上、「出口戦略」も難しい。「売却しようにも築年数の経過とともに価格が下落する。融資がつきにくく、買い手も少なくなるからだ」
◆「国が企業に便宜を図ったようなもの」
京都大の駒込武教授(教育史)は「文科省は大学の予算を絞り上げ、一方で規制緩和と称し、土地を使えという流れにした」と看破する。国立大の土地の多くは、元国有地。それで稼げと言わんばかりの状況を「大学の土地で企業がもうける。国が企業に便宜を図ったようなものだ」とみる。
公共性のある開発か野村に尋ねても、回答しなかった。駒込氏は「答えないのは、説明できないからだ。大学の存続は地域にプラスになると期待されて、大学は発展してきた。公共性、公益性を欠いた土地貸しは、大学の社会的信用を傷付ける」とくぎを刺す。
東洋大の大澤昭彦准教授(都市計画)は「民間の活用自体は否定するべきではないが、大学の広大な土地は地域の街づくりに大きく影響する。文科省は街づくりに責任を持てるのか。認可の判断は地元自治体や専門家を交えなくては」と、安易な認可を問題視。江東区も開発の方向性を主導するべきだと苦言を呈する。
その上で、大学のなりふり構わぬ地主業を危ぶむ。「大学が不動産で稼ぎ、経済合理性を優先すると、街のことを考えなくなる。民間に貸すなら、大学が地域の将来像や周辺環境との調和に責任を持たなくては、全国で同じ問題が起きる」
◆デスクメモ
「土地が人を狂わせるんです」。話題ドラマ「地面師たち」に登場する主犯役の言葉が印象的だ。現実世界も負けじと再開発ラッシュに沸く。樹木や遺構もお構いなし。土地の魔力が人々から平静さを奪い、大切な何かを見失わせる。せめてドラマだけの世界であってほしいのだが。(岸)