静岡県知事選、自民陣営に難題続出「うまずして」上川外相発言、リニア湧水…異例の「公約保留」で激戦の行方は?(2024年5月23日『JBpress』)

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静岡県知事選での発言を撤回する上川陽子外相。決起集会の応援弁士だったが、自らがマスコミの注目を集めていた=5月19日、静岡市内(写真:時事通信社
■ SPたちが囲んだ決起集会
 川勝平太氏の後継者を決める静岡県知事選は、自民党推薦で元副知事・総務官僚の大村慎一氏(60)と、立憲民主党、国民民主党推薦で元衆院議員・浜松市長の鈴木康友氏(66)が横一線で競り合っている模様だ。
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【写真】「記憶にございます」記憶に残る去り際を見せた元衆院議員も静岡ゆかり
 各メディアの情勢調査で激戦が報じられている2氏にフォーカスし、両陣営の動きを紹介したい。
 19日に開かれた大村氏の総決起集会には、応援弁士として、地元・静岡1区選出の上川陽子外務大臣が駆けつけた。
 だが、注目を集めたのは、前日18日の演説会で不適切発言をした上川氏がどのように対応するかということだった。
 上川氏の登場で、身辺警護をするSPが数多く取り囲んだ。上川氏の周囲だけでなく、会場のいたるところに警備に当たる警察官が配置された。
 まるで、上川氏を中心とした厳戒下での決起集会と言ってもおかしくなかった。
■ 「女性は産む機械」発言も静岡ゆかりの人物だった
 上川氏は18日、静岡市内の演説会で、「(自民系知事を)わたしたち女性がうまずして何が女性でしょうか」と発言した。
 さらに、「うみの苦しみは本当にすごい。でも生まれてくる未来の静岡県、いまの静岡県を考えると、わたしたちは手を緩めてはいけない」などと語っていた。
 女性たちの力で自民系知事の誕生を後押ししてほしい――。
 自らの支持者にそう訴える中で「出産の苦しみ」をたとえに使ったに過ぎないわけだが、共同通信が『うまずして何が女性か』の見出しで記事を配信。本文には「子どもをうまない女性は女性ではないと受け取られかねない不適切な発言だ」という野党幹部のコメントも盛り込まれていた。静岡新聞中日新聞がそのまま記事を掲載した。
 総決起集会を終えたあと、報道陣の取材に対して、上川氏は「真意と違う」などと発言そのものを撤回した。
 かつて、柳沢伯夫元厚労大臣(自民)が「女性は子どもを産みだす機械」との発言をし、やはりマスコミが大問題にしたことがあった。柳沢氏は磐田市掛川市などを中心とする静岡3区選出の衆院議員だった。
 静岡県では、この「女性は産む機械」発言が強く連想されてしまったからこそ、上川氏の「真意」を「誤解」した県民のほうが多かったのかもしれない。
■ 不運が続く自民陣営
 そもそも、派閥の裏金疑惑で内閣支持率が低迷する中で、自民党県連は政党色を前面に出さない選挙戦を展開している。
 最後の選挙サンデーには、党大物や人気弁士らの静岡入りがあるのが通例だが、陣営はすべて断った。そして、首相候補に急浮上し、女性外相として世界を飛び回る地元出身の上川氏一本に絞ったのだった。
 それが結果的には、不適切発言の騒ぎで、上川氏が話題をさらう形になった。
 翌日20日の新聞各紙は、上川氏の発言撤回とともに、知事選の電話世論調査結果が紙面を飾った。
 地元紙の静岡新聞は「鈴木氏を大村氏が激しく追い上げる」と、鈴木氏の一歩リードを伝えた。当然、今回の上川氏の不適切発言騒動などは世論調査結果には含まれない。
 静岡新聞の電話調査サンプルは1041人だから、どこまで正確な事実を伝えているのかわからない。実際のところ、鈴木氏と大村氏とががっぷり四つに組んだ戦いと見て間違いないだろう。新知事の座をどちらが手にするのかは、投開票日まで見通せない状況である。
■ 裏金、パパ活不倫…問題直撃
 大村氏は、川勝氏が4月2日に知事職の辞意表明をしてから間髪入れずに出馬表明し、選挙活動に入った。
 静岡経済界、自民党静岡市議団などが大村氏の支持を表明、自民党県連は推薦を決定して、23日に党本部に上申した。
 その23日、自民党を離党した人物がいた。安倍派座長で、派閥の裏金疑惑で離党勧告処分を受けた塩谷立・元文科大臣である。
 塩谷氏は静岡8区浜松市中心部)を地盤とする。上川氏のあとを受けて、2021年5月から自民党県連会長を務めていた。
 塩谷氏は党の離党勧告処分に対して再審請求を行ったが却下され、離党を余儀なくされた。
 さらに、安倍派の裏金疑惑の際に「暴露発言」をした宮沢博行・元防衛副大臣パパ活不倫問題で週刊誌報道されることになり、辞職表明した。24日に辞職が認められた宮沢氏は、磐田、掛川、袋井など静岡3区を選挙区としていた。
 テレビ、新聞は2人の醜聞を繰り返し報道した。「静岡自民」にとって、イメージを悪化させる不運が続いている状況にある。
■ リニア問題、大村・鈴木両氏はどうする? 
 一方の鈴木氏は、大村氏から約1週間遅れ、出馬表明した。共産党を除く、連合静岡、立憲民主、国民民主など野党連合を結集した選挙戦を展開している。
 また、鈴木氏と関係の深い鈴木修・スズキ自動車相談役を筆頭に浜松経済界が一丸となって押している。
 選挙戦における最大の焦点ともされているリニア問題をめぐっては、両者とも「リニア推進」と「水資源保全南アルプス保全」の両立を主張している。
 ただ、その内容は全く違うようだ。
 大村氏は、選挙戦スタートの第一声で、リニア問題を早期に解決させるために「5つの約束」を掲げた。
 「流域の声を反映させる」「大井川の水と環境を守る」「国の関与を明確にする」「静岡県のメリットを引き出す」の4つの約束を掲げ、5つ目が「(その4つの約束に対して)1年以内に結果を出す」である。
 1日も早いリニア問題の解決は、川勝氏に対抗してきた静岡自民の主張でもある。その方針を明確に掲げたわけだが、ここでも予想外の出来事が起きた。
 選挙戦のただ中、丹羽俊介JR東海社長が岐阜県瑞浪市のリニアトンネル工事の問題を取り上げたのだった。
 今年2月頃から工事中のトンネル内に湧水が発生、現在も毎秒20リットルの湧水が出ている。その影響で、地域のため池や井戸で水位の低下が確認され、JR東海はトンネル掘削工事を一時中断し、対応に当たると説明した。
 17日から工事を中断して、地質や地下水を確認する調査ボーリングを6月から開始することになった。
 静岡県の場合、リニアトンネル工事でJR東海は大井川の湧水が毎秒約2トン減少すると試算して、その対応策を発表した。
 毎秒2トンは、瑞浪市の100倍にも当たる膨大な水量である。その影響について、2018年夏から6年近くも協議してきた。
 川勝氏の退場とともに、13日に開かれた県地質構造・水資源専門部会はJR東海の主張を丸のみする方向を示した。しかし、今回の瑞浪市の問題を受けて、そんなに簡単に丸のみしてよいのかと問われるのは間違いない。
■ 大村氏「1年以内に結果」を保留、鈴木氏「まずちゃんと理解する」
 リニア工事による湧水流出問題を受け、大村氏は「1年以内に結果を出す」という公約を保留にすると述べたという。
 2月頃からリニアトンネル内の湧水発生で地域の地下水位の低下などが起きていたのに、JR東海からの連絡が遅れたことを問題にしたようだ。
 選挙戦のスタートで思い切りよく「1年以内に結果を出す」と打ち出したが、その公約を選挙期間中に保留にするという結果になってしまった。
 一方の鈴木氏は、リニア問題について、知事就任後にちゃんと理解した上でさまざまな対応に取り組むとしている。
 一番の問題は、瑞浪市のため池や井戸で水位が低下している問題に対する岐阜県知事の対応である。川勝氏であれば、怒り心頭でさまざまな厳しい物言いをしただろう。
 ところが、岐阜県の古田肇知事はいまのところ、徹底した原因究明と必要な対策を早急に進めるよう求めるコメントを発表したに過ぎない。
 その背景には、JR東海が約350億円のリニア岐阜県駅を建設することがある。
 つまり、リニア中間駅という地域振興策をJR東海が負担することで、岐阜県はリニア建設の円滑な推進のために全面的に支援することになっている。
 この地域振興策が何よりも重要である。
 知事時代、川勝氏は「静岡県にはデメリットしかない。静岡県のメリットを示せ」と何度も訴えた。それに対して、JR東海は「聞く耳」さえなかった。
 静岡県のリニア問題が解決しなかった最大の理由は、「地域振興策」をJR東海から引き出すことができなかったからだ。
 それで、川勝氏はリニア問題を放り投げて辞めてしまったのである。
 大村氏は5つの約束の中に、「静岡県のメリットを引き出す」を挙げた。新聞報道によると、その「メリット」として、JR在来線や大井川鉄道の利活用を挙げていたが、あまり具体的ではない。
 対する鈴木氏は、出馬会見で、「静岡県のメリット」として「ひかりの本数を現在の1時間に1本から3本にする」と具体的な数字を挙げていた。
 あらゆる方角からの逆風に抗う自民陣営。選挙戦を制し、国政でも攻勢を強めたい野党陣営。静岡県知事選の結末は、選挙戦最終盤に入った現在までまったく見えてこない。
 
 ■静岡県知事選立候補者(届け出順)
横山 正文(よこやま まさふみ) 56 諸新 政治団体代表
森 大介(もり だいすけ) 55 共新 党県委員長
鈴木 康友(すずき やすとも) 66 無新 (元)浜松市長=立国
大村 慎一(おおむら しんいち) 60 無新 (元)副知事=自
村上 猛(むらかみ たけし) 73 無新 アパート経営
浜中 都己(はまなか さとみ) 62 無新 コンサル会社社長
 
小林 一哉