頼清徳(らいせいとく)総統就任に関する社説・コラム(2024年5月21日)

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台湾総統の就任式で市民に手を振る頼清徳氏(中央)と蔡英文(さい えいぶん、ツァイ インウェン)氏(左)=台北市20日、AP
 
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台湾の新たな総統に就任した民主進歩党の頼清徳氏(中央)
 
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就任式典で手を振る(左から)蔡英文前総統、頼清徳新総統、蕭美琴(しょう びきん)新副総統=20日、台北の総統府前(共同)
 
頼清徳総統が就任 緊張緩和へ中台は対話を(2024年5月21日『毎日新聞』-「社説」)
 米中対立が長期化する中、台湾情勢の行方は東アジアの安定を左右する。中台は対話を通じ、緊張緩和に努めるべきだ。
 台湾の新たな総統に民進党の頼清徳(らいせいとく)氏が就任した。中台関係を巡り頼氏は「現状を維持する」と蔡英文(さいえいぶん)政権の路線継承を表明した。
 頼氏は行政院長(首相)だった2017年に「私は独立を主張する政治家だ」と発言したことがあり、就任演説で中台関係にどう言及するかが注目されていた。
 1996年に総統直接選挙が導入された後、同じ政党が連続3期にわたって政権を担うのは初めてとなる。主要閣僚も蔡政権のメンバーが多く、新政権は独自色より継続性に重点を置いている。
 一方、中国は民進党を「独立勢力」と敵視し、中台融和路線の最大野党・国民党との交流を進めてきた。対話の条件として、台湾が中国に属するという「一つの中国」原則の受け入れを求めている。
 頼氏は「一つの中国」には言及しなかったが、「対等と尊厳の原則の下、対抗を対話に、包囲を交流に変えて協力を進めよう」と中国側に呼び掛けた。
 蔡政権と同様に防衛力の強化と経済安全保障の構築を進め、世界の民主主義国と連携していく方針も打ち出した。
 台湾海峡では、中台の事実上の停戦ラインとされる中間線を中国軍機が越える事態が相次ぎ、台湾が実効支配する海域への中国公船の侵入も常態化している。
 台湾の後ろ盾として米国も関与を強めており、偶発的な衝突にも発展しかねない状況が続く。
 中国は軍事的な威嚇を直ちに停止し、台湾海峡の安定に資するよう対話に応じるべきだ。
 台湾と連携を強める日米は抑止力を高めるとともに、武力行使の口実を中国に与えないように慎重に振る舞う姿勢も必要だろう。
 民進党は立法委員(国会議員)選挙で過半数を維持できず、強力な政権基盤を得られなかった。頼氏には、野党に協力を求めつつ、政策に対する世論の理解を広げる努力が求められる。
 政権運営で難しい局面に立たされる事態も予想されるが、現状維持路線を堅持することが重要だ。それが地域の平和と安定につながることを忘れないでほしい。
 
食品の輸入額でエビがトップに躍り出たのは…(2024年5月21日『毎日新聞』-「余録」)
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20日台北市での就任式典で演説する頼清徳新総統=AP
 
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岡山理科大が内陸での魚介類の養殖につなげようと開発した「好適環境水」で飼育されたブラックタイガー=2016年2月1日、原田悠自撮影
 食品の輸入額でエビがトップに躍り出たのはバブル前夜の1986年。原動力は台湾から輸入されたブラックタイガーだ。安価ながらクルマエビと同サイズでグルメ志向を強めた消費者に歓迎された
▲養殖技術を確立したのが東大の水産学科に留学し、博士号を取得した廖一久(りょう・いっきゅう)さんだ。68年に台湾に戻り、エビ養殖を一大産業に育て上げた。ブラックタイガーの台湾名から「草蝦の父」と呼ばれる
▲その後、ウイルス性の病気が流行し、台湾の生産量は減少。主要な産地は東南アジアに移り、病気に強いバナメイエビが主流になった。だが、エビ産業の隆盛は独自の庶民文化を生んだ。エビに特化した釣り堀だ
▲釣り上げたばかりのエビを塩焼きにし、冷えたビールを飲むのが至福の時間という。8年間の蔡英文政権の後を継いだ頼清徳(らい・せいとく)新総統は就任式前日、老若男女が楽しむ社交場に外国の賓客を招いた
▲生後まもなく、父が炭鉱事故で亡くなり、母に育てられた。苦学して医師になり、政界入りした庶民派。以前にも台湾駐在の日米などの代表とエビ釣りを楽しんだ。自身も愛好家なのだろう
▲内戦に敗れた蔣介石政権が台湾に移って75年。庶民文化も世界をリードする半導体も営々と築き上げてきた成果だ。歴史を顧みずに「一つの中国」を叫んでも心には響かない。頼氏は「習近平氏が台湾に来れば、名物の蝦仁飯(エビ飯)をごちそうする」と語ったことがある。威嚇するより誘いに乗った方がよほど互いの距離を縮められそうだが……。
 
頼新総統就任 緊張緩和へ中台は対話を探れ(2024年5月21日『読売新聞』-「社説」)
 民主主義と公正な政治が定着した台湾は、東アジアで存在感を増している。中国との緊張を高めることなく、地域の安定に努めることが新総統の重要な責務となる。
 台湾で、民進党の頼清徳氏が第16代総統に就任した。
 前任の民進党蔡英文氏は2期8年の任期中、中台関係の現状を維持する姿勢をとり、住民の信任を得ていた。頼氏も同様の方針を引き継ぐとみられる。
 頼氏は就任演説で、対中関係について「へつらわず、高ぶらず、現状維持に取り組む」と述べるとともに、中国側に「対等で尊厳のある原則の下で対話と交流を進めることを望む」と呼びかけた。
 他方で「台湾と中国は互いに隷属していない」と明言し、「一つの中国」原則の受け入れを前政権同様、拒む姿勢を鮮明にした。
 頼氏はもともと、「台湾独立」志向が強いとされてきた。だが、台湾メディアの世論調査では、住民の7割以上は対中関係の現状維持を望んでいる。
 台湾海峡の緊張を高める口実を中国の習近平政権に与えないためにも、頼氏には独立色を抑制する冷静な態度が欠かせない。
 台湾には、電子部品や化学工業の製造拠点が集まっている。中でも最先端半導体は世界の9割のシェアを占めており、台湾を象徴する産業となっている。一方で、住民の間には、住宅価格の高騰や賃金格差への不満が募っている。
 また、一院の立法院(国会)では、頼氏を支える民進党少数与党にすぎない。
 頼政権にとって住民生活の改善は重要な課題だ。様々な政策を遂行し、政権を安定させるには、対中融和路線の最大野党・国民党と協調する柔軟さも求められる。
 一方、習政権は頼氏を「独立派」とみなして敵視しており、強硬姿勢で臨むのは確実だ。
 総統選直後には太平洋 島嶼とうしょ 国のナウルが台湾と断交し、中国と国交を樹立した。習政権が断交を働きかけたとみられる。こうした振る舞いは、アジアの安定に責任を持つ大国のものとは言えない。
 中国が威圧を強めるほど、台湾住民の「中国離れ」は加速しよう。習政権は、そうした事態は自国の利益にならないことを認識し、台湾との対話に応じるべきだ。
 中台対立が激化して地域が不安定化する事態は、日米にとっても好ましくない。日米は中台双方に対し、対立の先鋭化を防ぎ、緊張緩和に向けた取り組みを進めるよう促していくことが必要だ。
 
頼新総統就任 緊張緩和へ中台は対話を探れ(2024年5月21日『日本経済新聞』-「社説」)
 民主主義と公正な政治が定着した台湾は、東アジアで存在感を増している。中国との緊張を高めることなく、地域の安定に努めることが新総統の重要な責務となる。
 台湾で、民進党の頼清徳氏が第16代総統に就任した。
 前任の民進党蔡英文氏は2期8年の任期中、中台関係の現状を維持する姿勢をとり、住民の信任を得ていた。頼氏も同様の方針を引き継ぐとみられる。
 頼氏は就任演説で、対中関係について「へつらわず、高ぶらず、現状維持に取り組む」と述べるとともに、中国側に「対等で尊厳のある原則の下で対話と交流を進めることを望む」と呼びかけた。
 他方で「台湾と中国は互いに隷属していない」と明言し、「一つの中国」原則の受け入れを前政権同様、拒む姿勢を鮮明にした。
 頼氏はもともと、「台湾独立」志向が強いとされてきた。だが、台湾メディアの世論調査では、住民の7割以上は対中関係の現状維持を望んでいる。
 台湾海峡の緊張を高める口実を中国の習近平政権に与えないためにも、頼氏には独立色を抑制する冷静な態度が欠かせない。
 台湾には、電子部品や化学工業の製造拠点が集まっている。中でも最先端半導体は世界の9割のシェアを占めており、台湾を象徴する産業となっている。一方で、住民の間には、住宅価格の高騰や賃金格差への不満が募っている。
 また、一院の立法院(国会)では、頼氏を支える民進党少数与党にすぎない。
 頼政権にとって住民生活の改善は重要な課題だ。様々な政策を遂行し、政権を安定させるには、対中融和路線の最大野党・国民党と協調する柔軟さも求められる。
 一方、習政権は頼氏を「独立派」とみなして敵視しており、強硬姿勢で臨むのは確実だ。
 総統選直後には太平洋 島嶼とうしょ 国のナウルが台湾と断交し、中国と国交を樹立した。習政権が断交を働きかけたとみられる。こうした振る舞いは、アジアの安定に責任を持つ大国のものとは言えない。
 中国が威圧を強めるほど、台湾住民の「中国離れ」は加速しよう。習政権は、そうした事態は自国の利益にならないことを認識し、台湾との対話に応じるべきだ。
 中台対立が激化して地域が不安定化する事態は、日米にとっても好ましくない。日米は中台双方に対し、対立の先鋭化を防ぎ、緊張緩和に向けた取り組みを進めるよう促していくことが必要だ。
 
頼総統の就任 抑止力強化で台湾を守れ(2024年5月21日『産経新聞』-「主張」)
 1月の台湾総統選挙で当選した民主進歩党の頼清徳主席が総統に就任した。
 頼氏は就任演説で、「民主と自由は台湾が譲歩できず堅持すべきものだ」との原則を表明し、中国の圧力に対して民主主義陣営と連携して防衛力を強化する姿勢を示した。
 日本は頼政権を後押しし、台湾海峡の平和と安定を保っていくべきだ。
外交安全保障政策について、頼氏が蔡英文前総統の路線を踏襲するのは妥当だ。頼政権の中核メンバーには蔡前政権の要人が多く登用された。
 蔡前政権は中国が台湾周辺で軍事活動を活発化させ、一部の台湾農産物の輸入を禁止するなど圧力をかける中、米国との連携を推進し、欧州諸国との関係も強めた。台湾の安保強化に努めた功績は大きい。
 頼氏は行政院長(首相に相当)時代に「私は台湾独立のための堅実な仕事人」と述べたことがある。だが、総統としては「台湾独立」を唱えず、現状維持を図ることで台湾の自由と民主主義、繁栄を守る姿勢だ。
 国際社会には「台湾海峡の平和と安定の重要性」へのコンセンサスがある。頼氏は自信を持ち、同時に細心の注意を払って対中政策を進めるべきだ。
 台湾併吞(へいどん)をねらう中国の習近平政権は先月、対中融和を掲げる台湾の最大野党、国民党の馬英九元総統を中国に招き厚遇した。国民党への影響力を強め、内政に介入したいのだろう。台湾周辺で中国軍は多数の艦船を航行させたり、軍用機を飛行させたりして威嚇している。
 だが、力による一方的な現状変更は許されないし、成功しない。台湾人は自由と民主を享受している。香港の自由の圧殺を目の当たりにもした。共産党統治を歓迎するはずがない。
 頼氏は総統就任前、日台関係について「私たちは同生共死(=共に生き共に死ぬ)だ。台湾有事は日本有事であり、日本有事は台湾有事である」と語った。対中抑止へ日本の協力を期待した発言だ。中国の侵攻による台湾有事が日本有事と連動するのは、西側の安全保障関係者にとって常識である。
 日台が対中抑止力を向上させれば互いの安全が高まる。岸田文雄政権は防衛力の抜本的強化を進め、日台、日米台の安保対話に乗り出すべきだ。