江戸末期の医師を描いた森鷗外の『渋江抽斎(しぶえちゅうさい…(2024年3月21日『東京新聞』-「筆洗」)

 江戸末期の医師を描いた森鷗外の『渋江抽斎(しぶえちゅうさい)』の中に流行病の麻疹(ましん)(はしか)に薬効があるとされた二つの葉のことが出てくる。「御柳(ぎょりゅう)の葉」と「貝多羅葉(ばいたらよう)」。民間薬として用いられ、流行時には渋江の家にもらいにくる人が大勢いたと書いている

▼「貝多羅葉」とはモチノキ科の「タラヨウ」。この葉の裏に爪などで傷をつけると黒く変色するので字を書ける。葉書(はがき)の語源と伝わるが、この特性を生かした使い道もあった。<麦殿は生まれぬ先にはしかして かせたる後はわが身なりけり>。この歌を葉に書いて川に流せば、はしか除(よ)けになると信じられていた

▼はしかを退治する大明神の「麦殿」の力をあてにしたくなる。はしかの感染者が国内で相次いで報告されているそうだ

▼「麻疹は命定め」とは江戸時代のたとえだが、感染力が極めて強く、今も重症化や死亡のリスクもある。警戒したい

▼世界的に流行しており、昨年、欧州では前年比で約30倍の症例が確認されている。コロナ禍で、はしかワクチンを接種する子どもが減ったことも影響しているとも聞く。その流行が列島にも手を伸ばす

▼あの歌の<生まれぬ先にはしかして>とは生まれる前に一度、はしかにかかっており、免疫があるという意味だろう。残念ながら、あくまでもおまじないの文句で、免疫を得るにはやはりワクチン接種ということになる。

 

強い感染力を持つ「はしか(麻疹)」の症状と感染経路、予防接種 ...